今日も一日、誰にも邪魔されずに一緒にいられた事の幸せを僕は噛みしめる。

でも僕が時の従属である事は日を追うごとに何度も何度も認識させられる。
昼間の時間帯は陽が出てきちゃうから、所々が鼠色になっている事が目立っちゃうので
目を合わせることが出来なかった。寒いけれども暖房を付けちゃうと"身体"のにおいが
部屋に籠もっちゃうから窓は開けっ放しにしてたけれどもやっぱり時間が経つごとに
においは増すから僕が普段使ってる香水の瓶ごと叩き割って振りかけたけれども
甘いにおいとたばこのにおいとが混濁して気持ちが悪くなるから思い切り息は吸えなかった。
いくら身体を洗ってあげても新陳代謝することのないその"身体"は朽ちて何も無い世界と同一になろうと
する事があってそれこそがエンタルピーの増大であり世界と個人の境目を超える唯一の手段なのかと
死だけが持つエネルギーなのかと僕は思い。

僕がお風呂上がりに"身体"を乾かすことを忘れてしまったので、髪はまだ生乾きになっている。
部分的に水を吸い込んでしまっているのか、変色している肌を指で押すと伸びきったままだらりと
へこんだままだ。目玉は昨日から白目が無くなり芥子色に変色している。瞳孔は開ききっている。
何が見えてるんだろう。きっと僕には見えない次元の物象が見えているに違いない。
羨ましいとは思うけれども僕もそれを見てしまったら「せっかく話そうと思ったのに」と頬を
膨らませて拗ねてしまうんだろうか。見たかったけれどももう見られないかな。

裸のまま床に寝そべっている"身体"を見る。
いつまでも見ていられる。無限の極大ほどの時間をも。
生きているときは決して重なり合うことは無かったけれども、こうやってずっとずっと
見つめ合っていると人間は決してキラルなんかじゃないんだなと思う。

"身体"の下に敷いていたタオルが血に染まっている。替えがあったかなと思って
炬燵から出ないようにタンスの引き出しを開ける。一枚だけが仕舞い込まれている。あと一枚だけかあ。
洗濯はできるけれどももちろん血が付いたタオルを外に干すことは出来ないし、
室内干しでもにおいが付いちゃうからなあ。きっとそのにおい、しばらく取れないと思うから
洗濯する物は溜まってるんだけども洗えないのがネックだなあ。
そう思いながら僕は仰向けに置かれて天井を見つめ続けている"身体"の首の割れ目を撫でる。
ちううと口吻してみようかとも思ったけど、やめた。こういう時は焦らしが肝心。
だめだめ、まだちゅうしてあげないんだからね。

僕はいつまでも一緒にいてあげるからね。
炬燵から下着姿のまま抜けだし、太陽が沈みきった事を目視確認して窓を閉める。
僕にも部屋にも"身体"のにおいが付いてしまうことは嫌だけれども、
一緒に夜を過ごす時に窓を開けられる程おっぴろげな性格じゃない。
もしかしたら君はそんな事知らないのかもしれないけれども、
これから知ればいい事だから大丈夫だよ。不安に思うことはないから。
君が君の形をしなくなったとしても、僕は君がこの"身体"だった事を知っているんだからね。
だから安心して、ずっとそのままでいいからね。こっちの世界の事は僕に任せてね。
頼りないかもしれないけれども頑張るよ。

一度深呼吸をする。体中いっぱいに臭気を吸い込む。


僕は片手でブラジャーのホックを外し、決して二度とは動かない"身体"を見ながら
自慰を始める。"身体"の右手を僕の前の穴に入れっぱなしにしたままで。
もし神様がいるのなら、ふたりの子供を望むけども、ちょっと高望みなのかな。

……あ、と思い"身体"の左手をとり、そこに僕の左手を重ねる。
裏返しにすればぴったり合うんだね、僕たち。僕は右手、生きている時の君は左手。
でも生と死、鏡越しの裏返しなのかな。ほら、こうやって重なるよ。

僕は"身体"の指を穴から抜き、両腕を使って"身体"を抱き寄せ添い寝する。
右手と右手。左手と左手を重ねる。暖かい手と冷たい手。僕たち相性いいみたいだね。
ね、こうすれば、いつまでもいつまでも一緒にいられるね――――<了>

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