サンライズ・オーバー




 高校二年の春。
 あの日、三人の幼馴染の嘘が終わり、沈む夕陽とともに四人の新しい世界が始まった。
 ボクたちの青春―――


始めからの、カンチガイ


 ピピピピピピピピピピピピピピ
 目覚ましの音がなっているのが遠くで聞こえる。
 意識が強制的に引きずられ、音がどんどん大きくなってくる。
「うあー」
 仕方なく起きる。顔を洗い、制服に着替えて朝ごはんを作る。そろそろイズミも起きている頃だろうか。
 簡単な朝食をとり、支度をして家を出るとちょうどイズミが家から出てくるのが見えた。
「おはよう、今日は早いな」
「あ、マーちゃんおはよー。がんばって早くおきたよ~」
 おっとりしたイズミのキレイな声が耳に心地いい。
 イズミがオレの頭から足先までをさらっとチェックしていく。
「うん、オッケー。今日もカッコいいよ」
 イズミは毎朝オレの容姿をチェックする。オレは油断すると寝癖とかついたままで出てくるから、習慣になったのだ。だらしない格好をするとすごい怒られる。
「じゃ学校行くか」
「うん」
 緩いウェーブのかかった髪、小学校の頃からほとんど変わらない背丈。140cmくらい。だがこの幼馴染はどんどん美しくなっていくように感じる。てゆーかかわいい。

 バス停に近づくとサクラがいるのがわかった。180ある身長は遠目からでもわかりやすい。
「おー、おはよう」などと朝のあいさつを交わす。
 サクラを見るといつも軽い嫉妬感をおぼえる。高身長に整った顔立ち、おまけに頭も良い。オレもイケメンに生まれたかった。ちなみにオレの身長は160cmである。ちょうど20cmずつ差の3人。もうちょっと背がほしかったけど、イズミとの差はこんなものでいいかな。

 しかしもう高校生にもなるというのに、この幼馴染三人組はよく一緒にいるものだ。特に男女ならそろそろ疎遠になるものではないだろうか。いや、自分たちのことなんだけど。
 オレが危惧しているのは、サクラもイズミのことが好きなんじゃないか、ってことだ。だとすれば最強のライバルである。ファンクラブまであるサクラにオレの勝ち目などあるのだろうか。

 とはいえ、サクラには彼女がいる。となりのクラスの超美人だ!…だけどあまり深い付き合いをしている様子がないのである。たまにいっしょに出かけているようだけど、なんかオレとイズミと一緒にいるほうが多いのだ。もうちょっと彼女を大事にしろ。

 バスを降りると、サクラの彼女が待っていた。登校時はいつもここで合流する。
 毎日彼氏を待つ少女・・・朴念仁のサクラにはもったいないくらいの良い彼女だ。
「おはようございます、みなさん。」
「おはよっ」「おはよー」「おはよう、ミズキ」
 オレとイズミとサクラが返す。
「おはようございます、サクラ君」
 サクラにだけもう一度。
 良い彼女なのだ。

 まあ登校の描写など特になにがあるわけでもない。誰もが何千回とくりかえす、自分の登校風景を思い浮かべてもらえれば、大差はない。

 ・・・ないはずだった。


2人目のカクシゴト


「わっ」
 下駄箱を開けたイズミが声をあげる。オレも近づいてのぞきこむ。
 ラブレターだった。いや、おそらく、だが。

 イズミの話では、どうやら放課後に話がある、という内容だったそうだ。十中八九、恋の告白なんだろう。オレは衝撃を受けつつ、聞いた。
「行くのか?イズミ」
「え、だって待ちぼうけにさせるのもかわいそうだし、きちんとお返事したいしね」
「そ、そうだよな」
 急に焦りが込み上げてきた。なんだか現実感がない。イズミはどう応えるのだろうか。

 その日の授業はまったく身に入らなかった。思えばオレはイズミのことが好きなはずだったのに、現状の関係に満足していた。イズミが誰かに取られる可能性を考えていなかった。たとえそれが今日じゃないとしても、いずれ・・・。
「どうしよう」
 放課後が近づいてくるにつれ、焦りは募っていく。午後の授業は受ける気にならなかった。

 午後の授業はすでに始まっているが、オレは一人で校舎の屋上にいた。
「マーちゃん」
 急に声をかけられてびっくりする。
 一瞬、先生かと思ったが、それはサクラだった。
 サクラは何も言わずにオレの横にきて座る。オレを探しにきたのだろうか。連れ戻す気はないようだが。
「マーちゃん、大丈夫か?」
「・・・。」
「まあ俺たちも高校生になったし、そういうの意識する時期がきたんだってことか」
「そうかもな」
「ちなみに俺も迷ってる。いや、迷ってはいないけど、躊躇してるんだ」
 なにを言っているのかわからないが、サクラもイズミに告白したいとか思っているのだろうか。

ふーっ

 サクラが大きなため息をつく。
「お前、俺のことが好きか?」
 身構えていたのとは違う展開に一瞬安堵をおぼえる。こいつは何をいまさら、言いだすんだろう。
「え、もちろん」
「じゃあ愛してるか?」
 言われた瞬間真っ白になった。
 1分間ほどフリーズした後。
「え・・・?」
 そんなまぬけな声しか出せなかった。
「俺はお前のことがずっと好きだった」
 急に、なんだかカッとなって言い返す。
「どういうことだ、オレは男だぞ!」
「いいや、お前は女だよ、舞子」
「そりゃ、戸籍とか生物学的には女だけど。でもオレの心は男だ」
 小学生のとき、オレは自分が男なんだと気付いたんだ。
 サクラが何かを決意したかのように言ってくる。
「お前、イズミのことが好きなんだろ?」
「あ、ああ。そうだよ」
 サクラの顔が一瞬だけ歪んだ気がした。
「お前はさ、勘違いしちゃってるだけなんだ」
「サクラにオレの何がわかるんだよ!」
「わかるよ、ずっとお前を見てきたんだ」
 何を言ってるんだこいつは。 
「お前はさ、小学生のときたぶんテレビかなんかで、性同一性障害のことを知ったんだろう。それで勘違いしたんだ」
「勘違い・・・?」
「なあ、舞子。女の子が女の子を好きになってもいいんだぜ」
 グサッときた。
 なんだか言ってる意味がまだ理解できない。理解できないけど、でもその言葉が胸に突き刺さった。
「お前はイズミを好きになって、女の子を好きになる自分は男なんだ、って思ってしまっただけなんだよ」

 気づけばオレはボロボロと泣いていた。サクラの言葉はストンと心に降りてきた。そうだったのか、オレはイズミを好きになって、それで、自分を男だと思いこんだんだ。
「なあマーちゃん、イズミに、気持ちを伝えろよ」
「…うん」
「俺はさ、もうお前への気持ちはとっくにカタがついてんだ」
「あ…」
 サクラの気持ちはうれしいけどやっぱりオレは、あらためてイズミが好きなんだと気付いていた。
「ごめんね、サクラ」
「ああ、やっぱり、言えてよかったよ。すっきりした。もう行きな」
「うん…」
 オレはサクラを残して屋上から出て行った。胸に一つの決意を秘めながら。


3人目のゴマカシ


「よっ」
 放課後、みんな帰って誰もいない教室でオレはイズミを待っていた。
 相手の告白を邪魔するわけにもいかなかった。
 そして、イズミが来たら今までのことを、自分のことを告白しようと思った。
 オレは、女だったってことも。
 イズミのことを女として、好きだってことも。
「告白、なんて答えたの?」
 イズミの答えがどうであろうと、告白する気持ちは変わらない。でも、やっぱり気になる。
「ごめんなさい、って答えたよ」
 それを聞いてやっぱり安心した。
「そっか。…オレ、イズミに話があるんだ」
「どうしたの?」
 緊張。一呼吸。
「オレ、女の子だった。自分に、嘘ついてた…!」
 突然の告白にイズミは驚いている。
 まだ。まだ告白は終わっていない。イズミが好きだってことも、伝えなくては。
「そう…。気づいちゃったんだね」
「え…?それってどういう…」
 予想していなかった返しが来た。その言い方だと、オレが女の子だってことを、イズミは最初から知っていたみたいな…。
「わかってて黙ってたんだ、私。マーちゃんが自分の心を男の子だって思い込んでるだけだって、知ってた」
「どうして!?」
 わけがわからない。イズミが言っていることが。教えてくれれば今まで何年もこんな恥ずかしい勘違いなんてせずに済んだのに!
「ごめんね、マーちゃん。私ずっと、マーちゃんは男の子だね、って嘘ついてたの。だって、マーちゃんが男の子だったら、私がマーちゃんを好きな気持ちも、愛してる気持ちも、いつか叶うかもしれないって、思ったから」
 衝撃だった。イズミはオレのことが好き?
 イズミは目に涙をためている。あああ、もう!
「イズミ、オレも!オレもイズミが好きだ!女の子として。だから勘違いしてたんだ。女の子を好きになる自分は、男なんだって。だけど、オレは女だった。女だけど、イズミが好きだ。子供のころから今でもずっと、和泉を愛してる!」
「マーちゃん!ホント?…うれしい。マーちゃんと両想いだなんて、夢みたい。私はマーちゃんが男の子でも女の子でもよかったの。私が好きなのはマーちゃんだから」
 抱きしめた。女の私よりも頭ひとつ小さな女の子を。放課後、窓から夕陽が差し込んで、教室はオレンジ色に染まっている。グラウンドからは部活中の生徒たちの声が聞こえてきている。キスをした。静寂だった。

 二人で帰る帰り道はいつもと同じはずなのに、今日はまったく別の景色に見える。
「でもさ、なんでみんなオレが女だってわかってんのさ」
 サクラにしろ、イズミにしろ、子供のころからの付き合いだからまあ、仕方ないのかもしれないが、それにしてもである。
「だってマーちゃんの趣味、完全に女の子だし」
「え?」
「部屋とかみたら一目瞭然だよぉ。小物とかいろいろ」
「たしかに多少の小物はあるけれど、全然女の子の部屋じゃないでしょ。イズミと比べてもさー」
「私のは特別ね。マーちゃんに負けないように女の子意識してたし」
 そ、そうだったのか。
「それにね、仕草がね。ときどき女の子でもドキッってするような色気があるよ」
「な、なんだよそれー!」
 なんだかよくわからないけど、自分に嘘をつきながらも、自分は正直だったのかな。
「あ、そうだマーちゃん」
「ん?」
 嫌な予感がする。イズミのこの顔は、オレに対して何か企んでいるときの顔だ。
「もう女の子だって自覚したんだから、言葉使い、なおしていこうね」
 そうきたか。
「えー、いまさら、なんか恥ずかしいよー」
「そうね、まずは『オレ』っていうのやめようか」
 実に楽しそうである。
「わ、わ、わたし…?」
 顔が火照ってしまう。ダメだ。恥ずかしすぎる。せ、せめて…
「ボク…じゃダメ?」
 言ったとたん…。
「きゅーん!」
 と、イズミが飛びついてきたのだった。


4人目のハカリゴト?


 放課後。
 サクラはまだ屋上から帰れずにいた。すぐに家へ帰る気分にはなれず、気がつくと放課後になってしまっていたのだ。
 自分でも意外だった。
 こんなに落ち込むとは、こんなにツライとは思わかなった。
 可能性はほぼ無いとわかっていたし、もう終わっている恋だと自分でもわかっているはずだった。
 だけど、ああ、俺はやっぱりずっと片思いしていて。
 今やっと失恋したのだ。
「キツイな・・・」
「何が『キツイな・・・』よ。キツイのはわたしの方だわ」
 いきなり後ろから声をかけられる。ミズキだった。あまりの驚きに軽くパニック状態。
「なん…でここに?」
「昼休み、3人していなくなれば何かあると思うでしょう。で、探してたの」
「昼間のこと、聞いてたの?」
「ええ、あなたが自滅するところもね」
 ああ、やはりミズキは全部知っているのだ。俺のことを。俺の心を。すべてを告白して謝らなければならない。
「ごめん」
 ミズキは黙って聞いている。
「俺、君と付き合っていながら、好きな子がいたんだ。不誠実なことをしてた」
「そうね。私に手を出していないからといって、許されることではないでしょうね」
 ズバっと言ってくる。普段のしずしずとしたお嬢様な雰囲気からは想像できない―――などと場違いな感想を抱いてしまう。怒っているのだから当然だが。この子はこんな風に怒るのか。
「でもね。そんなこと、付き合う前から知ってたわ」
 いきなり爆弾でも投下されたかと思った。
「そんなこと、知ってたのよ。だってずっと、あなたを見てた。好きだったから!」
「知っててどうして?」
 俺と付き合ったのか。
「あの子を見れば、あなたが勝ち目のない片思いをしているのはわかったわ。だから、あなたがフラれる前に、手を出してもらえばいいと思ったの。そうすれば、あの子にフラれた寂しさと、好きな子がいるのにわたしを抱いた罪悪感であなたを縛れると思って」
 ――――は?
 聞き間違いだろうか。
 いや、確かに今ミズキはすごいことを言った。けど理解が追いつかない。
「他のファンの子たちよりは自分は見込みがあると思ってた。それがたとえ、他の子を寄せ付けないためでも、わたしを選んでくれたから。でも、わたしは手を出してもらえなかった。あなたはわたしに謝って、そしてわたしを捨てるのでしょう?」
 言って、ぽろぽろと泣きだす。一生懸命こらえようとしているが、大きな目から大きな涙のつぶが次々とこぼれてしまっている。
 ああ。きれいだ。
 不覚にも、思ってしまった。
 こんな告白は初めてだ。そんなことを言われて無視できる男なんかいない。フラれたばっかりで、軽い男だと思われるかもしれないけれど。
 俺は、ミズキに惹かれ始めている――
「嫌だぁ、捨てないで…」
 消え入りそうな声。
「こんな俺でよかったら、これからも、俺の彼女でいてください」
 言ってしまった。ミズキは驚いている。でもやっぱり、きれいな、大きな涙のつぶが止まらない。
 ずるい。こんなの。これが全部計算だったとしても、全力で騙されてやる。
「わ、わたし、ホントはこんな子だけど、いいの?」
「うん、君のこと、もっと知りたい」
「ホントに?」
 目を見てうなずく。
「わたし、あなたが浮気しても、泣きながら最後には許してしまうわ。だからもう、わたしは櫻のものなのよ。」
 がまんできなかった。思わず抱きしめた。
「瑞樹、もう君を悲しませたりしない」
 こんなきれいな涙は、だから今度は、喜ばせて、見たい―――。


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