人間って、どうしてみんな同じ形をしているのにわかり合うことがないんだろう。
どこか他人を思う気持ちがあったとしてもそれは突き詰めて無限大にまで範囲を拡大したならば
自己愛へと収束される。みんなみんな、誰も彼も。
自分が世界の中心に在るのだと知覚している。
自分こそが主役であり脇役はそのほか人類生物無機物有機物。
それでも僕が不思議に思うのは、その認識が定理であり覆そうと考える人がいないことである。
すなわち人間と世界を同列に扱う人は、僕は未だかつて出会った事がない。
したたかなのか、愚劣なだけなのか。

決して重なる事が無い人間、ひいては同種の生物の関係はキラルであると僕は思う。
キラル、光学異性体、右手と左手の関係。
鏡に映った像と実物は、前後左右回転振動、いかなる動きを要しても重ね合わせることが出来ない関係。
アシンメトリーの世界に生きる僕たちは、みんながそれぞれ右手と左手。
似たような形をしていても、よくよく観察してみるとみんな何処か異なっている。
すべての因子が不斉の役割を持つから、重なることが出来るのはほんの一部だけ。
右手と左手だったら、唯一重なるのは中指くらいかな。
きっと人間同士の繋がりも五分の一の繋がりだって事だろう。

満恋月



――肌に刺さる冬の風。ぴい、ぴゅう、ぴゅるる。
十二月半ば。僕はストーブを付ける事もせずに、窓を開け放っている。
新鮮な空気で部屋を満たすためではない。
僕の持つ臭気を解放するためだ。これもキラルな構造なのだろうか。

気温は十度を下回っているが空は澄んだ瓶覗色。僕は冬の空の色が好きだ。
凛と張り詰めた外気にはどこか危うげな所がある。冬はつとめてと言ったのは清少納言だったか。
幾重にも積み重ねられた時を超えても、感じる世界が一緒である事は僕に安堵感をもたらす。

ただでさえ人間は重なる部分が少ない。だから僕は少しでも他人と重なる事ができる部分があるのなら、
そこを尊重すべきだと考える。意志の疎通が三割可能であるのならば、それは成功であり完遂なのだろう。

炬燵布団にくるまり脚を伸ばしながら僕の部屋を眺める。
天井に突き刺さる程伸びた本棚にはびっしりと文庫本・新書が積み込まれており、
その四方をさらにハードカバーが囲んでいる。表紙や背表紙にも埃は見受けられない。
視線は本棚の上段へと進み、そこから天井をぐるりと見わたす。
部屋全体を覆う壁紙はどこを切り取っても真白で、
僕がきれい好きだという事の証明材料に使うことはできるだろう。

僕は目線をそのままに炬燵から抜け出し洗面所へと向かう。その際にはもちろん右手で口と鼻を覆う。
洗面所にて、口を漱ぐ事二回、うがいをする事三回、歯を磨く事一回。顔は起きた時に洗ったが、
もう一度洗っておく。ぬるま湯でやるよりも、こういう日はきりりと冷たい水の方が目が冴える。

再び僕の部屋に戻る。
足下を見ないように気を付け、窓際まで行き、煙草に火を付ける。はふう。
細い煙草の先から伸びる煙も、僕がはき出す煙も、すべて外から吹き込む風によって部屋に押し戻される。
何度繰り返しても同じで、これじゃ窓を開けている意味がないなと苦笑する。

炬燵に潜り込む。この部屋に閉じこもって、もう何日になろうだろうか。
学生のひとり暮らしとはいえ、大学の講義が通年通りに行われている状況で
自主休講を何日も続けているのはさすがによろしくないのか。
年末に向けて講義内容の調整も行われているだろうし、新年を迎えたらすぐに
試験期間が始まる。講義を受けずに教科書を見て勉強が出来る学生の鑑とも言うべき
性質はあいにく僕は持ち合わせていない。もとよりまともに講義を受けた記憶も無いのだけれども。

目をつむり、深呼吸をする。鼻穴に飛び込み牌に吸い込まれる空気は強い香水のにおいがする。
脳を溶かしてしまいそうな程に甘いにおい。それにほんの少し、さっき吸った煙草の煙の残り香。

こたつの周りに積んである未読本の山の中から一冊の本を手に取る。
タイトルと表紙の持つインパクトに駆られて買った本だが、タイトルは読めない。
他の文庫本と比べてもその厚さが目立つ。いつか読まなくてはならない本だとは
思っていたがまさかこの時期に読むことになるとは思わなかった。
読書には慣れているので本の厚さは気にならない。

――こき、こき、こき。ベッドの枕元に置かれている安い目覚まし時計が時を刻む。こき、こき。
僕はその音が段々耳障りになり、時計から電池を抜く。こき、と最後の音を立てて時計が停止する。
それでも僕の時間は止まらない。ぴい、ぴいい。風が強くなったようだ。

数時間程で本を読み終わる。僕は本を壁に叩き付ける。カバーがとれて空を舞う。
同じ姿勢で長い時間座っていたので身体の節々が痛い。特に脚は伸ばしっぱなしだった。
炬燵から出て、目をつむり息を止めたまま屈伸運動を数回繰り返す。
まだ完全に膝の調子が良い訳では無いが、動きを止める。炬燵の脇にて仁王立ちする僕。


ここで僕は、そうかと閃く。風呂に入れば解決するんじゃないだろうか。部屋に閉じこもり三日目にして
ようやく思い立った事実はすなわち、僕が三日間お風呂に入っていない事を意味する。
でも三日はギリギリのラインだから、と僕は自分に言い聞かせるような思いで、
すっかり重くなってしまった身体を風呂場へと運ぶ。

上半身を風呂場の壁に立てかけて、僕は風呂場の床に座り込む。
膝を外に折り曲げて鏡を背にし身体と向き合う。三日ぶりのお風呂だから念入りに洗わないと、だよね。
シャンプーのボトルを六プッシュ、トリートメントも六プッシュ。
洗顔剤は一センチ絞り出し、ボディソープは三プッシュ。
念入りに丹念に、世界に触れる皮膚に媚びり付いた穢れをすべてこそぎ落とすように洗う。
洗い落としが無いように何度も何度も。そしてすすぐ。僕はお湯ですすぎたいのだけれども
きっとこの世界でそれをしたならば朽ちてしまうのだろうと思い、しょうがなしに冷たい水で洗い落とす。
お陰で風呂上がりに身体から立ちのぼる蒸気の意味が、普段と異なる物となってしまった。

僕は体をふきふき、身体をふいてやる。水で濡れたところにこの気温はやっぱり寒い。
僕は裸のまま炬燵に入り込み、そこからカタツムリの触覚のように腕を伸ばし、タンスから下着を取りだし、装着する。
猩々緋色の勝負仕様だけど、結局使わずに終わってしまった。機会はあったが度胸が足りなかったから。



瓶覗色だった空も夕方になり、西側からクロムオレンジに染まり出す。
僕は立ち上がり台所へと向かい夕食の準備を始める。
今日のご飯はどうしようか。宅配ピザなどの出前を頼むことは選択肢にない。
冷蔵庫の中には真っ赤に熟れたトマトがあったのでゴミ箱に捨てる。
三日前はまだ青かったから気が付かなかったんだろう。
他にはじゃがいもが二個、人参と玉葱の切れ端が入っている。カレールーも確かあったはずだから
今日はカレーにしよう。お肉は一昨日捨てたから残っていない。よかった、捨てておいて。

台所の換気扇はずっと廻してあるので問題なし。一切の汚れが付いていないいつも以上にキレイに
洗ってある包丁を使って残りの食材を切り分けていく。
ううーん。ちょっと前まではまともに料理も出来なかった僕にしては、なかなか今日の包丁捌きは堂に入っている気がする。
日々の修練の賜物というよりかは精神的に落ち着いたからなのかしら。
ふざけた事を思いながらも食材を炒め、簡単に味付けをし、水を入れる分量を間違えながらも完成!
カレーが入った鍋ごと部屋に持っていったけれどもそれをやめて、台所で食べる。
昨日炊いたご飯をレンジで暖めたからぼそぼそしているけれども、お腹を満たす意味では文字通り満足いく。
味も香辛料が利いていて悪くない。野菜を入れるときに一緒に入れたローリエの葉がさらに食欲をそそらせる。

僕は食事を終えると歯磨きを三セットこなし部屋に戻り、窓際で煙草に火を付ける。
箱の中にはもう一本も残っていない。外に出ることは出来ないから、これが最後の一服になるのだろう。
目をつむり感慨に浸りながら外を眺める。クロムオレンジとセルリアンブルーだった夕焼けも
今はインディゴ一色だ。目覚まし時計に目をやり時間を確認するが電池を抜いているので
それは二時四十三分を指し示したまま止まっている。

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