「掃除当番の人たちは、ちゃんと掃除をするように。それではみなさん、さようなら」
「「さようなら!」」

 終わりの会の後、ランドセルを背負い、机の上に椅子を乗せ、机を後ろに運んだ。そういえば今日は賢悟の班が掃除当番だったっけ。
「今日掃除当番でしょ。先に帰るね」
 そう一言告げ、先に帰ろうとしたのだが、賢悟が呼びとめ話しかけてきた。
「なぁ誠一。今日って用事あったりする?」
「特に今日は用事ないけど…どうしたの?」
 どうやら、家の用事で早く帰ってくるように言われているらしく、掃除当番を代わって欲しいとのことだった。今日は特に用事もなかったので承諾した。
「わかった。いいよ。代わってあげる」
「ありがとう!助かるよー。じゃあ俺先生に言ってくるなー」
 先生に掃除当番を代わる旨を伝えた後、よほど急いでいるのかあわてて教室から出て行った。そんな賢悟の姿を眺めながらも、ぼくは背負ったランドセルを戻し、掃除を始めることにした。

「竹内。一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいよー」
 今日は賢悟と同じ班の人と帰ることになった。普段一緒に帰らないような人と下校するのは嫌ではなかった。いつもと違った帰り道も通れるし、話す内容も…いや、話す内容はあんまり変わりなかった。テレビアニメの話だったり、新しく発売されるゲームの話、口うるさい教頭先生の悪口だったり。
「そういえば、あのゲームそろそろ発売だっけ。今日だったかな?」
「確かそうじゃない?あのゲームほしいよな。母ちゃん買ってくれないかなあ…」
 そうだねと相槌を打つ。ぼくも欲しいと思っていたけど、誕生日までは我慢することにしていた。ぼくのお母さんはなかなか厳しく、遊び関連の物は特別な日を除いてはめったに買ってくれなかった。あのゲームは賢悟も欲しがっていたっけ。

「じゃあまた明日なー」
「うん。また明日」
 ぶらぶら家へと足を運ぶ。今日のこの帰り道だと、公園のそばを通ることになって、遊ぶのにちょうどいいかもしれない。といっても、一旦家に帰りもせずに道草を食うと、怒られることが目に浮かぶので、諦めた。そんなことを考えていると、ベンチの周りに群がる人だかりが見えた。ランドセルを背負っている人も見えたので、下校中の生徒も交じっているようだった。ウオー!とか、すげー!とか歓声が聞こえてきた。何をそんなに盛り上がっているのだろうと気になり、ぼくは近づいて行った。よく見るとその中心には賢悟の姿があった。

 …あれ、家の用事はどうしたんだろう?

 まずその疑問が浮かんだ。ひょっとしたら家の用事を済ませた後なのかもしれないが、時間的に早すぎた。そんなに早く終わるなら、掃除してからでも十分間に合っただろうし…といっても、本当のところはまだわからないのだが、それでも、賢悟に対する嫌な疑問しか浮かんでこなかった。

 賢悟は昔からよく嘘をついた。


「おかあさん。せいいちと、あそんでくるね」
「あら、ケンちゃん。部屋の片づけは済ませたの?」
 うん!と、元気な声を上げ、一緒に公園へ向かった。
 後で賢悟から聞いた話なのだが、このとき部屋の片づけなんてしていないと言っていた。嘘をつかないぼくからすると、驚きは隠せなかった。第一すぐにばれちゃうじゃないかと。

 また別の日、賢悟がぼくの家へ遊びの誘いに来た時。

「おかあさん。けんごと、あそびにいってくるね」
「誠一。部屋の片づけは終わったの?」
 あっ…と、忘れていたことに気づき、その日は賢悟に謝り遊びに行くのをやめて、部屋の片づけをした。

「やってなくても、やったっていえばよかったじゃん」
「うそはよくないよ…」
 なんで?と賢悟に聞かれた。


 そんなことを思い出しながら、すっきりしない気持ちを抱え、家の帰り道へと踵を返した。もうベンチの方を見ることはなかった。


 次の日、登校中に賢悟が話しかけてきた。
「おっはよー。誠一」
「あ、おはよう」
 いつも通り、話をしながら歩く。しかし、いつも通りではないところもある。ぼくは迷っていた。会話が、少し淀む。
「あれ、誠一、今日テンション低くない?風邪でも引いた?」
「いや、その…昨日のことなんだけど…」
「あー!昨日はほんとありがとな。助かったよ。いや、母さんもさー、掃除を手伝え、買い物付き合えっていろいろうるさくってさー、ほんと昨日は大変だったよー。だいいち子供をこき使うなってんだよな。夕方までつきあわされちゃったよ」

 嘘だった

 顔が引きつり、ひどくもやもやした気持ち。まだ賢悟は何か言っていたようだが、耳に入らなかった。次第に歩くのが速くなっていった。
 賢悟がぼくの肩をつかみ、話しかけた。
「おい、どうしたんだよ?」
 眼を合わせ、賢悟が公園にいたところを見た旨を伝え、さっさと学校へ向かった。賢悟はそれ以上何も言わなかった。
 
「竹内君。今日掃除ないよね?一緒に帰ろー」
 一週間が経った。あれから賢悟とは口を利いていなかった。登校中は一人で、休み時間や下校中は別のグループの人たちと行動を共にしていた。

 賢悟の嘘は今に始まったことではない。今まで行動を共にしてきて、何度も嘘をつく場面に出くわしたことがある。「嘘なんかついたらだめだよー」とでも聞き流せばいいものなのに、今回のこの嘘に対して何故ぼくは ここまで思い悩んでいるのか。戸惑いがいらだちへ、いらだちが怒りへ変化していったのは覚えている。今は……怒りというより意地の方が強かった。賢悟とはまだ話しをする気にはならなかった。
 喧嘩をしたことは過去にも何度かあったが、大体はぼくが一歩引き謝罪をして、すぐに仲直りする、それで終わりだった。しかし、今回に限っては、すぐには終わりが見えなさそうだ。
 賢悟の嘘が、ぼくへ対して向けられたことは今まで一度もなかったと思う。嘘へのいらだちではなく、ぼくに嘘をついたことへのいらだちだということに、なかなか気がつかなかった。今までの他人への嘘に対して、何も思わなかったことを自覚することが嫌だったのかもしれない。親友だと思っていたのに、親友なら、親友だからこそ。嘘をつかれたことがショックだった。
 
 帰る準備をしながら、賢悟の方をちらりと見た。今日は掃除当番で、嫌そうな表情を浮かべていた。賢悟は口先が上手だから友達には困らない。ぼくはどちらかというと友達があまり多くないので、少し羨ましく思う。いや、少しではなく結構…。
 そういうわけで友達であった賢悟と喧嘩していることに少し後悔もしていた。しかし、ぼくにだって意地がある。こちらから謝ってやるもんか。むしろこちらに非はないのであるから当たり前だ。むしろ今までがおかしかったのだ。そうだそうだ!と、自分に言い聞かせた。

 賢悟は…賢悟はどう思っているのだろう。ぼくが見ていた限りでは、嘘をついた後は特に変化なく平常通りだった。今までの度重なる嘘と同様に、特に変化はないように見えたし、何も思ってないのだろうか。ぼくは意外と気にしているというのに。…ぼくって結構女々しいのかも。女々しいというか、気が小さいというか…根暗?まあ、あまり男らしくないのは確かだ。
 内容は詳しくわからないけども、賢悟たちのグループは新発売のゲームの話題で盛り上がっているようだ。あのゲーム、次の誕生日のプレゼントとしてねだる予定ではあるが、内容を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが両方あった。そういう意味ではグループから外れてよかったのかもしれない。

 そういえば、ふと思い出す。幼稚園ぐらいの頃、嘘はよくないと言ったものの、なぜと言われて特に理由も答えられなかったっけ。じゃあ今は答えられるか?と言われても自信はない。自信はないというか、理由を考えることなく先延ばしに、保留してきた。成長してないんだなと、ため息をついた。
 こんなことを心底考えながら、下校していた。会話には、ほとんど相槌しか打たず、内容も右から左へ流れていくだけだった。話を振るのを躊躇させるくらいの反応の薄さだったと思う。帰宅し部屋に入り、ただでさえ少ない友達が、さらに減ることのないようにしないといけないなと、反省した。
 賢悟については、もうあんまり考えすぎないように決めた。同じようなことをぐるぐる考えてしまうばかりで、ちっとも気が晴れない。気が晴れないばかりか、友達まで無くしかねない。お父さんもよく言っていた言葉を口にした。なるようになる。



「さて、そのようなことをした人が、もしこの教室にいたら、正直に手を挙げてほしい」
 そんなことを言っても、手を挙げる人なんていないだろう、と思った。だって、教室にクラスのみんながいる中で、私がやりました!だなんて、どんな顔して手を挙げられるだろうか。ぼくなら耐えられないな、とか考えていた。
「あるいは、そのことについてもし何か知っていることがあれば、先生に教えてほしい」
 ………知っているといえば知っていた。
「せんせー、この教室の生徒の中にはそんなことをやった人はいないですよー」
 賢悟がけだるそうにこたえる。終わりの会が延びていることにかなり嫌気がさしているようだった。
 ぼくからすれば、そんなことをお前がやったんだろうが!と大声で叫びたくなる気持ちだ。そう、ぼくは賢悟が行った現場を、偶然にも目撃してしまったのだった。
「先生も、このクラスの生徒が犯人でないことを信じてはいますが、万が一もあるからね。まあ、今日はこれで終わりにしましょう」
 終わりの会が終わった。いつもより30分拡大版だった。今日は掃除がなくてよかったとほっとしていた。
 賢悟と口を利かなくなってから1カ月が経った。それぞれ別々のグループに所属するのもだいぶ慣れてきた。これから縁が切れて、ずっと会話もしないまま小学校を卒業することもありうると思った。なるようになった結果がそれなら、仕方ないと思った。
 しかし、今回のこの事件については、終わりの会の間、どうしようかと迷っていた。クラスの生徒全員がいる中で、つるしあげることもできたのだが、全くそのようなことをしたいという気持ちはなかった。でも、見過ごすようなつもりもなかった。
 先生が教室から出ていくまで待ち、周囲にクラスの生徒がいない場所を見計らって、先生に打ち明ける。先生は教室へ戻っていった。賢悟が職員室へ連れられて行き、ぼくは職員室の前で出てくるのを待った。



「よう」
 賢悟が出てきた。こってり絞られたようで、元気がなさそうだった。
「お前に見られていたなんてな」
「たまたま、偶然にね」
 ランドセルを置きっぱなしだったので、賢悟と一緒に教室へ向かう。
「…はぁ。友達なら黙っておいてくれよな」
「まあ、そういうの嫌だったんだよ」
 一緒に下校し始める。
「まあでも、クラスのやつらがいる中で言わないでくれてありがとうな。喧嘩していたんだし、嫌がらせで恥かかせることなんて簡単にできたのにさ」
「そういうの、嫌だったんだよ」
 苦笑交じりにぼくは応える。先生には大っぴらに事を荒立てないように懇切丁寧にお願いしていた。普段の生活態度が功を奏したのかもしれない。お願い通りに行動してもらえた。
「それにしても、お前ってほんと真面目っていうかなんていうか。あんなちっちゃいこと、見て見ぬふりして過ごせそうなものなのに。どうせ、どうしようか悩んでたんだろ?」
「…なんでわかったの?」
「そりゃわかるよ。長い付き合いじゃん」
 夕日で延びた影に目を落とし歩いた。しばらく沈黙が続いた。
「あー…この間のことだけど。嘘ついて悪かったな」
「…うん。本当の理由話してもらっていても、普通に掃除代わってあげたのに。長い付き合いなのにわからなかったの?」
「お前…こっちが謝ってるっていうのに、まだ怒りたりないのか?」
「いや、もう謝ってもらえたし怒ってないよ。実は1週間経ったくらいで、仲直りはしたかったんだよね」
「じゃあ、いつも通りお前から変な理由つけて謝ればよかったじゃん」
「今回ばかりは、ぼくから謝りたくなかったんだよ」
 ふーん、と賢悟は夕焼け空を見上げた。そして、うーん、と腕を組みながら何か考えているようだった。
「うーん…俺あんまりお前のこと好きじゃないのかもしれない」
「そうなの?」
「でも、正直なところは好きなのかも」
 まだ腕を組んで考えているようだった。
「ぼくもあんまり君のこと好きじゃないよ。でもうそつきなところは好き」
「おいおい。それどういう意味だよ」
「長い付き合いならわかるでしょ?」
 笑みを浮かべてぼくはそう答えた。

ぼくの嘘


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