オカルトと嘘




 天崎誠一は怪談やオカルト系の話を収集するのが趣味である。
 今日も先輩に紹介してもらった人に、先日体験した怪談を聞かせてもらっている。
 誠一が連絡をすると、吉野真弓は誰かに聞いて欲しかったのだろう、快く了解してくれた。朝の十時、怪談をするにはまだ早い時間であるが、友達と買い物に行く前に、繁華街の駅近くにあるファミレスの窓際の席で吉野は話し始めた。早朝ではあるが、吉野はケーキと紅茶を頼んでいる。
「先週だったかな、ケンジと友達と友達の彼氏で肝試しをしようって事になってさー」
 語尾を伸ばしてだるそうに話す吉野は、誠一より一つ上の大学二年生。同じ大学ではあるが、学部が違うので学校内で見た覚えはなかった。ウェーブがかった長い金髪、化粧は濃いが元がいいのか、不快な感じではない。服装も、コンビニに置いてある女性向けのファッション雑誌の表紙を飾っている様なお洒落なものである。洋服には疎い誠一でも、かなりファッションにお金を使っているように思える。一見して怪談などとは縁遠そうな人で、確かに吉野は今まで心霊体験をしたことが全くなかった。
「知ってる? K区にある廃病院。あそこに行ったの」
 相変わらずだるそうに話すが、快く了解してくれた事を考えると、これが吉野の普段からの話し方なのだと推測する。
 K区にある廃病院には誠一の行ったことがあった。元々は五階建ての立派な総合病院だったらしいが、経営難に陥って廃業になったらしい。一階と地下が外来、二階が手術室、三階が消化器外科・循環器外科と産婦人科、四階が整形外科と内科系、五階が眼科や耳鼻科、となっているらしい。誠一が住んでいる周辺では有名な心霊スポットだというが、行ってみると特に変わった心霊体験はなかった。
「友達の彼氏以外お酒入っててさ、その人も飲まなくてもテンション高い人でさ、ずっとはしゃぎながら行ってたんだよねー。一つ一つ部屋見てってさー、何もなくても叫んじゃって。でも、三階だったかなー。三階だよ、確か。最後の部屋見て、奥に進もうと思ったら、行き止まりでさ、じゃあ次の階行こうか、って振り向いたら、さっき最後に見た部屋の中に女の人が立ってたんだよねー。本当に驚いた。本当に怖いときって、叫び声もでないんだねー。でもねー、みんな見てないって言うんだよねー。私だけしか見えなかったみたい」
 口調のせいで、いまいち怖いと思えない。
「その幽霊はどんな格好でした?」誠一は訪ねる。
「うーんとね、こう、うらめしやー、って感じ」そういって、吉野は両手首を垂らして腕を胸の前に持ってくる。典型的な幽霊像だ。
「服とかは?」
「うーんとね、とにかく地味だったかな、男の人が着るような服だった」
「だったら、どうして女の人だと思ったんですか?」
「髪の毛が長かったからねー。顔の前にも垂れてた。そう貞子、貞子みたいな感じ」
「そういう格好の人に覚えはありますか? 亡くなった親戚とか知り合いに、存命中の方でもいいですが」
 吉野は少し考えるような素振りを見せて言った。「うーん、ないねー」



「それじゃ、もう時間だから」と言って吉野は行ってしまった。ケーキは半分くらい残していった。
 誠一はまだファミレスに残っている。自分が注文したフライドポテトを何気なしにつまみながら、さっきの話を反芻する。はっきり言って、ありきたりな話だった。それに嘘くさいと思った。『幽霊が見える』と言って周囲の気を引こうとする人には何度か会ったことがある。ただ、どの人も多少精神が不安定そうで、癇癪持ちの様だった。吉野も一見として落ち着いている風に見えたが、意外と神経質なのかもしれない。
 不意に誠一の対面に人が座った。その人物は手に持っていた紙を、誠一が達が注文した領収書も入っている円柱を斜めに切ったプラスチックに突っ込んだ。
 突然の事に驚きながらも、顔を見ると知り合いだった。彼女は近くを通ったウェイトレスに声をかける。
「コーヒー、ホットで」
 彼女の名前は橘明香。背は一五〇センチ程。ストレートのセミロングを後ろで一つにまとめ、半袖の白いシャツと紺色のジーンズを履いている。細い金属フレームの理知的な眼鏡をかけている。小顔で涼しげな感じの美人である。K区の廃病院へ行った時に一緒に行ったのが、この明香であった。一つ年下だが、誠一の知る人の中で最もオカルト関係に造詣が深く、また最もよく『見える』人であった。
「い、いたんだ」やましい事はないが、驚いたせいで少しどもる。
「居ましたよ。あなた達が入る前から居ました」
 そう言いながら、明香は無表情に吉野の残していった食べかけのケーキの皿や飲みかけんの紅茶のカップを端に寄せる。さっきねじ込んだ紙は、自分の所の領収書だろう。誠一に奢らせる気である。
「なんでこんな所に居るんだ?」
 吉野と違い、明香はオカルトにばかり飛びつく様な女である。心霊写真をニヤニヤと眺めてるのは見かけても、繁華街でショッピングを楽しむ姿は想像すらしにくい。
「私がここにいちゃいけませんか? 新しい服が欲しいんですよ。それで朝ご飯食べてなかったから、ここで軽く食べようと思ったんです。私がこんな繁華街で買い物することが? そんなお洒落な服を着ちゃいけませんかね? おかしいですかね?」明香は誠一を睨みながら低い声で言う。
「い、いや、全然おかしくない。全然おかしくないよ」その威圧感に少したじろぐ。
「そうですか。ところで、さっきのギャルみたいな人から、またオバケの話でも聞いたんですか?見えてましたけど、良く聞こえなかったんで聞かせてくださいよ」
「ああ、わかった」
 誠一は、さっき吉野から聞いた事を話した。明香は途中で来たコーヒーを飲みながら、時々相づちをうって聞いていた。
 最後まで話した後、明香が聞いてきた。
「それで、あなたはどう思うんですか?」
「あれは嘘だろ。嘘っぽい」
「どうしてそう思うんですか?」
「どうしてって、ありきたりな作話っぽい。かまって欲しいんじゃないか? なにより、前にお前言ってたじゃないか。『ここには何もいない』って。自分に自信がないのか?」
 以前、K区の廃病院へ行ったとき、実は明香と一緒だった。その時、彼女はそうはっきりと言っていたのだ。誠一は、今まで明香と行動を共にして散々怖い目に遭ってきた。彼女が『見えている』と確信出来る事も何回かあった。誠一は彼女が『見える』ことを疑っていない。その彼女が断定していたのだ。
「自信が無いわけじゃないです。けれど、あの人、嘘付いている様子はなかったですよ」
 かつて明香はこう豪語していた。『幽霊っていうのは人間の精神の残滓です。その幽霊が見えるんだから、生きてる人間の精神だって当然見えますよ。大体の感情は分かりますし、言ってることが嘘か本当かの二択ぐらいは確実に当てられますよ』実験してみると、確かに明香は人の嘘を九割以上の確立で看破することが出来た。
「それはおかしいだろ。言っている事が矛盾しているぞ」
「私だって人間ですよ。見逃すってこともあります。ありますけど、今回は少し違いますね。少しおかしい所があります」
「………、というと?」
「とりあえず、ギャルと私が言ったことをそれぞれ検証してみましょう」明香は指を一本づつあげながら言う。「まず、ギャルが言ったことから。K区の廃病院の三階で、女の幽霊をみた。典型的な幽霊みたいに手を前に垂らした地味な服を着た女。これがちょっとおかしい。どこがおかしいと思いますか?」
「どこって…、そんな幽霊、典型的過ぎるだろ。怪しすぎる。あからさまに作り話っぽい」
「そう、そこなんですよね。随分冴えてるじゃないですか、誠一さんにしては」
「馬鹿にしてるのか? いいから続けてくれ」
「ただ、今回は彼女の発言は全て真実としましょう。ところで、なんで幽霊って手を垂らしてるか知ってますか?」
「なんでって、怖いからじゃないのか? 柳みたいに揺れてる感じで」
「子供みたいな答えですねぇ。良い大学行ってるんでしょ? もっと頭が良さそうな事を言ってくださいよ」明香があきれた様に言う。「幽霊みたいに手首が垂れ下がる事を、下垂手と言います。橈骨神経麻痺の症状です。ここら辺を通る神経ですね」言いながら、明香は自分の上腕二頭筋から、肘の辺りで前腕の表側に移り、親指の方まで白い腕をなぞっていく。「ここの神経が麻痺すると、幽霊みたいに手が垂れるんですよ。ハネムーン麻痺とも言います。ハネムーンでお泊まり、しっぽり、腕枕で朝チュンすると、二の腕がずっと圧迫されるからです」
「しっぽりって…」なんというか親父くさい。ハネムーン麻痺という言葉もそのまま表現しすぎではないだろうか。ここで言及することではないだろうが。「だけど、それと幽霊がどう関係するんだ」
「さっきも言ったとおり、橈骨神経麻痺は神経の圧迫や骨折などで神経が傷害されることによって起こります。ですが、鉛中毒でも起こるんですよ」
「鉛? 鉛っていうとあれか。すっごい重い。蓄電池とかに使われる。あの鉛で幽霊みたいな手になるのか? じゃあ、典型的な幽霊っていうのは、みんな鉛中毒だって言いたいのか? どうして?」
「その典型的な幽霊って、基本的に女の人でしょう。男の人が手をぶらっとさせているのを見たことありますか?」
「考えてみればあんまりないな」
「そう。じゃあ、女の人ばかりが暴露して鉛中毒になる。その原因はなんだと思いますか?」明香はコーヒーを一口飲んで言う。「おしろいですよ」
「おしろい? あの顔に塗る白いやつ?」
「そうです。当時のおしろい等の顔料には、鉛が多量に入っています。それを日常的に利用する遊郭の女性に鉛中毒、つまり下垂手が多かったらしいです。当時の幽霊の手が下垂手に鳴っている原因は、この説が有力らしいです」
「へー、なるほど。勉強になったよ」素直に感心した。
「いや、勉強になったよ、じゃなくて」明香は呆れた様に言う。「ここで何かおかしいと思いませんか?」
「おかしいって?」誠一は考えるが、何も思い浮かばない。
「前に誠一さんと廃病院に行ったとき、私が見逃していたとします。下垂手の人が三階の、ギャルが幽霊を見た場所で無念の死を遂げていたとします。だけれど、ここでまた一つおかしい事になるでしょう?」
 言われて初めて、誠一は違和感を覚えた。三階は確か…。「鉛中毒って、産婦人科とか外科で看るのもんなのか?」
 我が意を得たりと、満足そうに明香は言う。「そうです。普通、鉛中毒とかは内科で治療するんじゃないですかね。他の病気の合併症としてはあるかも知れませんが、鉛中毒を合併する病気は私は知りません。あるとしても、そんなに頻度が高いものではないでしょうし。神経の障害があったとしたら神経内科、骨折だったら整形外科、どっちも四階でしょう」
「確かに」
「それじゃ、次の仮説です。私達が廃病院へ行った日よりも後、下垂手の女性が三階で無念の死を遂げた。どうですか?」
「ありえないだろ。そんなニュースも噂も聞いたとないし」
「そうでしょう。じゃあ、もう分かったでしょう。『私達が行った時は廃病院に幽霊はいなかった』、『それ以降に幽霊が発生するような出来事もなし』、けれども『先日、吉野が行った時は幽霊が居た』。どこから幽霊が来たのかなんて、明白じゃないですか」
 しばしの沈黙。誠一は明香が言いたいことが分かった。
「吉野さんに憑いてたのか…」
「そう考えるのが妥当じゃないですかね」
 どうして、その考えが浮かばなかったのか。見た目からして、心霊とは縁遠いと決めつけていたからか。いや、そのせいもあるだろうが、明香に会話を誘導されていたのだろう。全くもって、回りくどい。だが、そうすると新たな疑問が湧いてくる。
「まぁ、分かったよ。分かったけど、どうして鉛中毒の女の人が、吉野さんに憑くんだ? それはそれで、滅多にないことだろ」
「そうですけど、吉野さんの出身高校ってY女子校じゃないですか?」
 驚いた。確かに、先輩に紹介される時に、Y女子校出身だと聞いていた。Y女子校は近所でも有名な、長い歴史のある名門高校である。だから、先輩も紹介する時に言ってくれたのだろう。
「なんで分かったんだ?」
「鉛中毒になる原因の一つにペンキがあるんですよ。鉛含有塗料。鉛中毒が問題になって、最近の塗料は鉛の含有量が少なくなってるらしいですけど、古い建物ならまだ残ってるんじゃないですかね。この周辺で、それだけ古いのはY女子校ぐらいです。その壁からカリカリと少しペンキを削って口の中に入れる。すると消化管から吸収されて鉛中毒になる」
「それ、こそこそやってた訳じゃないだろ。本人が知ってるんだから。つまり…」
「いじめでしょうね」明香は淡々と続ける。「鉛中毒自体、よっぽどの事が無い限り死に至る事はないです。吉野って人に憑いてる人も、死因は別にありそうですね」
 確かに、数年前にY女子校で自殺があったという噂を聞いた事がある。その後、その生徒が化けで出たという噂も聞かなかったので、すっかり忘れていた。さっきの吉野の気怠そうな顔を思い浮かべる。人間一人を死に追いやったとは思えない。誠一は正義漢ではない。けれども、そんな人間が平然と生きている現実を見るとやりきれなさや不条理さを感じる。
「あの人、そんな人だったのか。あんなに平然と生きて、罪悪感はないのか…」
「もう何年も前の事でしょう。それに罪悪感はないのか、っていうのは少し微妙かもしれないですね」明香は平然と言う。
「どういう事だ?」
「遠くから見て、吉野は終始嘘をついてる様子はありませんでした。でも、おかしくないですか? さすがに自分がいじめて自殺させた人の顔は覚えてるでしょう」
「そりゃそうだろ。だけど、『覚えてない』って嘘をついてるわけでもない。なら本当に忘れたんじゃないか」
「人一人を自殺にまでいじめた、というのは結構な罪悪感ですよ。それに上手く対処する為の自己防衛と言いましょうか、彼女を嘘をついたんでしょう、自分自身に。『恨まれていない。自分は悪くない。勝手にあの子が死んだだけだ』と。それがいつしか吉野の中で事実になっていった」
「………、どっちにしろ逃げてるだけじゃないか」
「誰だって嫌なものから眼を逸らすでしょ。悪い事じゃないすよ。誠一さんだって、私だって。眼を背けたいものが違うだけです。自分は無関係だ、みたいな顔するのは偽善者でしかないですよ」明香はつまらなそうに、コーヒーを一口飲んで言う。「私は吉野の肩をもつつもりはありません。そういう人も居ますからね。ですけど、そもそも心霊関係の話を収集してる誠一さんだって、端から見れば大概不謹慎な人間です」
 そう言われると反論のしようがない。「…分かった。俺が悪かった」
「分かってくれればいいんです」
 少し私にもください、と明香は手を伸ばし、誠一が注文したフライドポテトをつまむ。
「しかし、誠一さんは本当に騙されやすいですね」そこで明香はニヤリと口の端を歪めて笑う。「詐欺師に狙われますよ。何かおかしいと思わなかったんですか?」
「えっ? どういうことだ。お前、嘘言ってたのか?」
 言われて明香が言っていたことを思い出すが、特におかしな所は思い当たらない。
「ええ。嘘ばっかですよ。いいですか、鉛中毒で神経症状が出るのは慢性の症状です。慢性的に摂取して骨に沈着していくにつれて症状が出てくるんです。考えてみてください。普通、いじめるにしても毎日定期的にペンキを剥がして飲ませますか? 日課のように。それにですよ。いくら古い学校だからと言って、塗装はやり直してるでしょう。何回かは。新しいペンキになっている筈です。少なくとも、定期的にペンキを飲ませてるという説は、他の仮説と同じ位うさん臭いです。そもそも吉野さんがいじめっ子だった、というのも違うかもしれません。逆にいじめられる側で、そのうさを晴らすために、毎日陰湿にペンキをいじめっ子の飲み物や食べ物に混入させていた可能性もあります。そのペンキが偶然古くて鉛の含有量が多いものだったのかもしれません。ただ、Y女子校というならば、そのペンキ説が幾分かあり得そうですけど、どの可能性もどっこいどっこいです」
 確かにそうだ。「じゃあ、本当は吉野さんが見た幽霊が下垂手だった理由は何なんだ? お前だって分かってないのか?」
「そうですね。ただ幽霊っていうのは、人間の精神の残滓です。その恨んで死んだ人間が、『幽霊はこうだ』っていうイメージがあるなら、その姿で出るという事も考えられます。結局、はっきり言って何故か私も分かりません」
 その言葉を聞いて、肩の力が抜ける。椅子に深くもたれかかる。とどのつまり、明香に担がれたのか。幽霊の典型例の話をしたのも、下垂手=鉛中毒と深く印象づけるためだけだったのか。眼の前で飄々とコーヒーを飲んでいる明香の姿が妙に憎らしく思えてきた。
「なんだよ。結局何も分かってないのか。お前、何がしたかったんだ」
「典型的な幽霊が鉛中毒っていう事は前から知ってたんですが、つい先日、友達にその話をされて思い出したんです。それを機に少し掘り下げて調べてみたんで、誰かに聞かせたかったんです。まぁ、そんな感じですね。ただ、少し誤解があります。分かっている事はあります」
 明香が改まった様子で言う。
「それは何だ?」
「吉野が憑かれているということです」ふふふ、と笑いながら明香は断定した。
「……、何か根拠があるのか?」
 笑った表情のまま明香が言う。「誠一さん。どうして草木も眠る丑三つ時に怪異や怖いことが起きやすいか分かりますか?」
「それは…、草木も眠るからか?」
「そんな頓智みたいな解答しないでください。頭の良い学校行ってるんでしょ」呆れながら明香が言う。「草木も眠るから怪異が際立つんですよ。静かな方が音が良く聞こえるのと同じように」
 確かにそれは理にかなっている様に思える。
「じゃあ、次の質問です」彼女は窓ガラスの外、太陽を指さした。「太陽が出てるとき、星は何処に消えましたか?」
「そりゃあ…、消えてない。見えてないだけだ、太陽が明るすぎて…」
「それと同じです」
 明香が笑う。今までよりも、よっぽど愉快そうに口を歪める。そして、ゆっくりと太陽へ向けていた指を下ろす。誠一の眼はその指先の動きを追う。やがて手は止まる。誰も居ない、窓ガラスの向こうを指して。
「ずっと居たんですよ。ただ明るいから見えてないなかっただけです」
 人が行き交うガラスの外に眼を向けたまま、誠一は呆然とした。寒気がするのは、店内のエアコンのせいだけではないだろう。
「ただまぁ、薄弱な霊ですね。あの廃病院みたいな心霊スポットじゃないと、見えない霊なんて。随分とつまらない霊ですね。ありきたりっていうのは間違いないです。誠一さんの今日の教訓は、もうちょっと嘘に気をつけましょう、ってところですね」
 明香は平然と、むしろつまらなそうに言う。そしてコーヒーを飲み干し、ごちそうさま、と静かにカップを置いた。

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