山の夜陰は闇そのものだ。
 闇の濃淡に溶けこむように少年は歩いていた。
 腐葉土に敷き詰められた落ち葉がかさりと音を立てる。
 少年は震えていた。
 寒くはない。藪蚊飛び交う山中はむしろ暑いぐらいだった。
 震えの原因は恐怖だ。
 闇を恐れているのではない。確かに視界は利かないが、それだけだ。がたがたと震えるほどではない。
 少年は、これから自分たちがやろうとしている邪行を恐れていた。
 しかし、そう感じているのは少年だけのようだった。
「こんなに歩くなんて聞いてないわよお……足が痛くなってきちゃった」
 木々が風に揺られる音に混じり、背後から間延びした声が聞こえてきた。
 その声を聞いて、体の奥底まで侵食しようとしていた恐怖が少しずつ薄らいでいく。
「木成(こなり)くん、ちょっと休まない?」
 少年は――木成は声の主へと向き直った。
 闇の中にショルダーバッグが浮かんでいる。その肩ひもは、木成とさして年の変わらぬ少女の首筋へと伸びていた。
 彼女の名は野根(のね)。宵闇の山中へと木成を誘った張本人。
 二人は同じ高校の生徒だ。
 木成は一年生、野根は二年生。
 年に差はあれど、成長期の只中にいる木成の方が随分と背が高い。
 野根も成長期の恩恵を受けているはずなのだが、残念ながら髪と爪以外、特に成長した箇所はなかった。
 小学生の集団に混ざっても違和感はないだろう。
「これからよ。私にはまだ第三成長期があるんだからっ!」
 身長に関して軽口を叩くと、彼女は決まってそう言った。
「そんな日がくるといいですね」
 そして、いつも木成はそう応えた。
 何の役にも立たない無益な会話。
 ほどほどに愉快な話をして、そこそこに面白い返答を期待する。
 義務教育のころから何も変わりはしない。きっとこれから先も変わらず、普通の高校生活を送るのだろう。
 木成はそう考えていた。
 夏休みの終わり、野根があんなことを言いだすまでは。

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