初恋

初恋

僕は教室に入るといつもの癖で辻さんが来ているか確認した。辻さんの席にはいつものように友達が集まって、いつものように話しているらしかった。

僕は席に着き、巻いていたマフラーをとって近寄ってきた三輪に寒い寒いと愚痴をこぼした。
今朝は昨日の降った雪が積もり、通学に苦労しているらしく、HRの5分前にもかかわらず、クラスの3分の1がまだ来ていなかった。

僕は三輪と昨日のサッカーの話に花を咲かせ始めた。三輪は僕の親友とも言うべき存在だ。高校に入ってからの付き合いだが、気の合った僕らは学校ではいつも一緒に行動した。他のクラスの奴らには、よくなんであの二人が仲いいのかと言われているらしい。そのぐらい僕と三輪の間には違いがある。サッカー部でエースの三輪と放送部の僕とではたしかに一般的に見ると全然合ってないんだと思う。でも1年の時以来僕らは肩書きを取っ払ったお互い自信を気に入って、自分を話すことでより仲良くなったんだと思う。

「今日の練習は雪かきと筋トレかな。」

三輪が外を見ながら不満そうにつぶやいた。

「まぁ、しょうがないだろ。」

そういって僕も窓の外を見た。昨日はこの冬一番の大雪で、僕らの地元は滅多に積もらない雪が町を白く染めれるだけ染めていた。

「ホントよく降ったな。お前は室内の活動でいいよな。」

「まぁ、外よりは寒くはないしな。」などといつもと変わらないくだらない話をしていた。

いつものようにチャイムが鳴ると共に僕らの会話よりもくだらない話を先生が教壇の上で話し、遅れて入ってくる生徒を雪なんだから少し早く出発しないと、などと少し怒った。

雪が校舎の外で積もっていようとあまり僕らの学園生活には変わらないのだ。

その日の昼休み。僕はひょんなことで三輪に彼女とはうまくいっているのかと聞いた。
三輪は肩書きだけではなく顔も性格もいいから大概の女性には好かれる人間であった。だから三輪が好きになる女性はかなりの確率で三輪に惹かれるのだ。

「いや、最近どうも調子悪いみたい。昨日も電話かかってきたわ。」

三輪の彼女は少し家庭に問題を抱えていて、彼女自身、過呼吸に襲われることが度々あるみたいだった。その時は心を落ち着かせるため電話で助けを求められるらしかった。受け取る電話の先には苦しそうな声。三輪はそのたび何か袋を持って息をするよう言って、ゆっくりなんでもないことをしゃべりだす。彼女が落ち着いて来たら、次第に会話をして、彼女のありがとうの一言で電話を終える。

その話を初めて話されたとき、学校の彼女から想像できない現実の彼女に驚きしか覚えなかった。
女子のムードメーカーである彼女は普段は元気が一番の取り柄のように感じた。
だから本当に三輪が彼女の支えになっているんだろうと感じれた。

「そっか。」

僕は自分から聞いたにも関わらずマイナスの返事に対する答えを用意しておらず、少し歯切れの悪い相槌を打ってしまった。

「お前はどうなの、辻さん?」

三輪は困った僕の顔を察してか、少し明るく話を変えた。

「どうってどうもないよ。」

辻さんは僕がこの2年近く片思いをしている人だ。辻さんが僕の気持ちに気づいているかどうかは知らないが、時々漫画やCDの貸し借りをする仲までになっていた。

「もういい加減告白しろや。向こうも待ってるかもよ。」

辻さんの話題になるといつも三輪は僕をせっついてくる。結局こいつは俺が成功しても振られてもどっちでもおもしろいのだから、とにかく告白をしろしろとうるさかった。

けど、これ以上の進展を期待するならやはり一歩が必要なんだと自分でもわかっていた。

その日はいつものように僕は部活を終え自転車置き場へと歩いて行った。
隣のテニスコートにはボールを拾う辻さんの姿が見えた。できるだけノロノロと支度をし、長い黒髪をポニーテールにした姿を盗み見していた。だが運悪く、ボールを拾おうと振り向いた時に目があってしまった。

「あれ、今帰り?」

幸い辻さんは僕の視線に気づいてないみたいで、いつもみたいに話しかけてくれた。

「うん、今帰るとこ。」

僕は心臓の速度が緩まるようにゆっくり話した。

「そっか、そういえば借りてたCD明日返すね。」

「わかった。じゃ、また明日。」

「うん、また明日。」
そう言うと辻さんはポニーテールを揺らしながらコートへ戻った。

よっしゃ。まだまだ緩まらない心臓の音を聞きながら僕は心の中でがっつポーズを決めた。CDや漫画を貸し借りする仲になったとはいえ、まだ学校で堂々と話すほどの仲ではなかった。
だからほんの挨拶とはいえ、その日言葉を交わせるというのは僕にとってはこの上ない喜びであった。

僕はまだ雪の残る道路を転ばないようにゆっくりと走りだした。帰りながらさっき交わした会話を思い出してはうれしさを心に染みこませた。あ、ポニーテール似合ってるね、とか言った方がよかったのかな。などとかけれもしない相手の気を引く言葉を考えたりした。


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