次の日、席には辻さんの姿がなかった。
あれ、珍しく遅刻かな。マフラーをとり席に着いて窓の外に見える正門を見た。三輪が正門を過ぎる姿が見えた。まだHRには余裕がある。
僕は1限目の数学の宿題を確認するため鞄を開けた。今日は辻さんにCDを返してもらうので、頼まれていた他のCDをもってきていた。同じバンドのCD。どうやら気に入ってくれたみたいだ。
「おーす、おはよう。お、何のCD?」
いつの間にか入ってきていた三輪み肩をたたかれた。
「辻さんに貸すCDだよ。」
そう言えることがすこしうれしかった。
「けどまだ来てないみたいなんだ。」
三輪は辻さんの席を振り返った、「あれ、いつも早いのにな。」
HRが過ぎても辻さんは来なかった。たぶん欠席だろうな。昨日寒かったし。放課後にメールでも打つか。めったにメールを送ることはないけど、お見舞いメールならハードルが低い。
昼休み僕らはいつものように廊下に出た。
すると僕らを追いかけるように、三輪の彼女が教室から出て来た。
「聞いた?昨日辻ちゃん倒れたんだって。」
「え?」僕は声を出せなかった。
「どゆうこと?なんかの事故?」
三輪が聞きたいことを聞いてくれた。
「いや、テニスしてたら突然なんだって。今は病院で安静にしてるんだって。救急車とかきて大変だったって、ほかのテニス部の子から聞いたよ。」
そう言いながらちらっと僕の方を見た。たぶん三輪から僕が辻さんのことを好きだと聞いてるんだと思う。
「そっか、じゃ大丈夫なんやな」
「詳しくはわからないけど、まぁ、それだけ。」
彼女さんはそう言い残して教室に入っていった。
「何もなければいいけどな。」
三輪が一言も発しない僕の顔を見た。
「そうやな、ホントに何もなければいいけど、救急車って結構な騒ぎやもんな。」
僕はどこか半信半疑の気持ちを払拭できないまま答えた。
放課後、教壇の上に立った担任は少し緊張した面持ちで切り出した。
「えー、皆さんの耳にも入っているかと思いますが、辻さんが一昨日のテニスの練習中に突然倒れて、そのまま病院に運ばれましたが、今現在も昏睡状態が続いているそうです。」
僕は少し焦りを感じた、何に対してなのかはわからないが、心臓の鼓動は早くなり、話を聞く耳に全神経を集中していた。自分の息遣いすら気になる。
「詳しい説明が学年主任のほうからありますので、体育館に移動してください。」
言われるがまま体育館へ向かった。
「昏睡状態って意識ないってことやんな?」
まったく自分の世界にはなかった出来事が起こっていた、名前は知っていても知らないことが起こっている。
「そうやろな。でもきっとそのうち回復するって。」
三輪は元気づけるためだろうか、力強い根拠のない言葉を僕にかけてくれた。
悪い方に考えてはいけない。それは三輪が試合中に常に思うことだと常々語っていた。
大丈夫、大丈夫。きっとまた僕のCDを聞いてくれる。そしてきっとあの綺麗な瞳で僕をまっすぐ見て、笑顔でお礼を言ってくれる。
体育館に移動して、校長の口から説明を受けた。辻さんは昏睡状態であるいうこと、なぜそうなったか原因がわからないということ。聞かされたのは理解のできない最悪の事態だった。
その日の放課後クラスの皆で折り紙の鶴を折ることが決定した。クラスの一人が昏睡状態になってできることはそんなことしかない。
翌日地元紙に高校生倒れると小さな記事が載った。
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