その日から5日間僕にとってはいつもの風景はクラスの朝にはなかった、いつも横目で見ていた、黒髪が映える後ろ姿は見つからない。あの日からずっとCDは鞄に入れていた。
その日の放課後少人数で折った千羽鶴を渡しにいくことになった。持っていくのは学級委員長と女子数名だった。
僕は立候補はしなかった。行きたかったけど、あまり大人数で行くと迷惑になるとわかっていたし、皆の目も多少ならず気になった。
「いいのかよ、行かなくて。なんやったら俺も全然いくで。寒い寒い部活さぼれるし。」
昼休み、三輪がすこし冗談めかして言った。
「いや、いいよ。行って状況が良くなるわけでもないし。正直少し怖いしね。聞くのと見るのじゃ全然違うやろうし。」
「そっか。」
三輪は少し納得したように相槌を打ってくれた。
土曜日僕は三輪からの電話で目を覚ました。窓からは日がさしており、時計を見ると11時過ぎだった。布団に入ると辻さんの事を考えてしまい、溢れてくる考えを無視して眠ることができなかった。
「もしもし?どうした?」
僕はベットに横たわったまま電話にでた。
「お、ごめん寝てた?今日昼は暇?」
「まぁ特に用事はないけど。」
ラジオドラマのシナリオを考えなくてはいけなかったけど、どうせ手を止めると辻さんのことしか考えれないから進むわけがない。
「3時に辻さんの見舞いに行かない?」
「いや、どこの病院か知らないで。」
「いや、昨日彼女が行ったときに直接親御さんに連絡先聞いて、またお見舞いに来ますって伝えたみたい。だから彼女も一緒に行くことになるけどいいやろ?」
「そんな連続で行って迷惑じゃないか?」
僕は思いがけない展開に驚いた。
「誰も来ないよりはうれしいだろ。とにかく、俺の家に2時半に集合な。」
たしかに誰も行かないよりはいいんだろう。僕は覚悟を決めて部屋を出た。
三輪の家に着いてすぐ電話をした。待ち合わせより10分ほど早いが、すでに彼女さんの来ていた。
「じゃ、少し早いけどいくか。」僕らは自転車に乗って20分程度の病院まで行った。
彼女さんの後について病室へと向かった。しばらく奥へ進み彼女さんが足を止めた。そしてすこし僕らの方を振り返り、個室をノックした。
「はい。」返事を聞きドアを開けた。
「失礼します。こんにちわ。今朝電話させていただいた者です。」
「あぁ、吉田さんね。」
礼儀的に辻さんのお母さんはすこし微笑んだ。
「はい、突然すいませんでした。」
「いえいえ、うれしいことよ。明穂もきっと喜んでいるわ。今日はお友達も一緒ですか。」
僕は会話を聞きながらベットに横たわる辻さんを見た。僕が想像していた呼吸器などの管まみれの姿ではなく、ただ点滴を受けて眠っているように見えた。
「はい、僕は三輪雄介と言います。こいつは松本達也。初めまして。」
三輪が言葉を失っている僕の腕をつかんで一歩前にだした。
「はじめまして。」
僕は会釈をしながら挨拶をした。
「来てくれてありがとうね。」
すこしかすれた声で返してくれた。
吉田さんは空いていた椅子に座り、辻さんの手を握った。
「また来たよ。今日は松本くんと雄介も一緒だよ。」
僕らは吉田さんの肩越しに辻さんの眠っている姿を見た。
「ほら、挨拶ぐらいしたら。」
僕の顔を見て吉田さんがすこし怒ったような顔をした。
僕は思い切ってベットの脇に進み出た、
「こんにちわ。えー、なんと言っていいのか。辻さんが休んでるから、クラス全体がなんというか、寂し
いです、辻さんからまた、CDの感想を聞きたいな。」
辻さんのお母さんがゆっくりと涙をぬぐっていた。
「今日も一応約束してたCDを持ってきたから親御さんに預けとくね。」
僕は鞄からCDを取り出した。syrup16gのセカンドアルバム。そもそもCDを貸すきっかけを作ってくれたバンド。僕が恋心を抱くようになって1年後、初めて話しかけてくれた。
「松本君、今日の放送でかかっていた曲なんていうの?」
昼休みの廊下で僕は跳ね上がる心臓を抑えながら音楽の話をした。そして三輪の好アシストもありCDを貸す約束をしたのだった。
初めて話かけ、CDを手渡した時の飛び跳ねたい気持ちを未だに覚えている。ありがとう。そう言ってくれた。冬の寒さで赤くなったほっぺは笑顔に色を与えているみたいで、いつも盗み見している笑顔よりも鮮やかに見えた。
でも僕がCDの話をしても今日は笑ってくれない。僕はCDを預けて三輪に場所を譲った。
僕らは週末に病院に行くようになり、部活で三輪が来れない時は一人で行った。二人で行った時は学校であったこととか身の回りに起こったことなんかを話した。一人で行く時は持って来たCDをかけ、一緒に聞いたりした。
辻さんの親御さんはいつもうれしそうに迎えてくれた。
やがてぼくが一人でお見舞いに行ってることが学年で噂になった。たぶん誰もが僕が辻さんを好きだと気づいていると思うけど、誰も直接尋ねることはしなかった。
しばらくして、辻さんが遷延性意識障害、つまり植物状態であると診断されていると、辻さんのお母さんから教えてもらった。
「植物状態ってそもそもどういうことなんやろな。」
そのことを三輪に話すと僕が思ったことと同じことを口にした。
「なんか状態によって違うみたいやけど、辻さんの場合は呼吸機能が人口呼吸機器をつかわなくてもいいみたいで、植物状態には意識もあるんやって。昨日ネット調べたけど植物状態から目が覚めた人がずっと意識はあったと言ってる記事を読んだわ。声とか音は聞こえるんやって。」
「なるほどね。じゃ、CDをかけるのとかは全然いいことなんやね。」
「まぁ、結果的にね。」
そもそも植物状態と脳死とは違っていて、脳死は呼吸器官を人口機器に頼らないと延命は出来ない
。だから初めてお見舞いに行った時呼吸機器をつけていないのを見て、ネットで調べている内に植物状態ではないかと思っていた。
結局辻さんの病名がはっきりとわかっても僕らには病室に行って音楽を聴くことしかできなかった。
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