春は過ぎ僕らにも受験勉強が始まった。僕は三輪や吉田さん、そして辻さんともクラスがかわってしまった。
辻さんが最後に見た雪まみれの学校は、桜が彩っていた。結局辻さんの席は新しいクラスになって一時撤去された。
進学校の生徒である僕らには辛い1年が始まった。進路相談を皮切りに土曜に行われる講習が入り、なかなかお見舞いに行くことができなくなった。1週間に1回が2週間に1回、やがて1か月に1回に減っていった。
成績はというと夏期講習で一気に伸びて、ワンランク上の大学を目指せるぐらいまで上がっていた。僕はやがて国立に入ることに一生懸命になり、辻さんのことはCDを聞いたり、ふとした時に思い出すぐらいとなってしまった。
そして寒くなり、季節は冬になった。病院をこの1年で4度ほどかえており、今は電車で30分のところに移っていた。僕は英単語帳と最近お気に入りのCDを持ってお見舞いに行った。

「あら、来てくれたの。」

お母さんは僕の顔を見ると笑顔を見せてくれた。

「今吉田さんも来てくれてるよ。あの子もよく来てくれるのよ。」

僕はどきっとした。三輪とはクラスが分かれてからたまにしか話さないが、この秋に吉田さんと別れたという報告は受けていた。しかし、そんなことをおばさんに言うこともできず、一緒に病室に向かった。
ドアを開けると、吉田さんが振り向いた。

「あら、松本君も来たの。」

吉田さんもやはりすこし驚いたようだった。僕は吉田さんの隣の空いてる席に促されるままに座った。

「こんにちわ。久しぶり。」

僕は吉田さんにも辻さんにも挨拶をした。

「クラス変わるとなかなか会わないよね。」

吉田さんは少し笑った。僕もつられて笑顔になった。
最初の内は会話も続いていたが、話すことがなくなるにつれ、なんとなく気まずい空気が流れた。

「じゃぁ、私そろそろ帰るね。」

いたたまれなくなったのか吉田さんは立ち上がった。
おばちゃんにも挨拶をして帰って行った。
僕は吉田さんが帰ったあと、おばさんと話したり、新しく買ったCDの何曲目がお気に入りだとか辻さんに話しかけた。

1時間ほどたっただろうか、僕もじゃ、そろそろ帰ります。と言って病室をでた。
エレベーターを降りてロビーにでた。外に出ようとすると呼び止める声が聞こえた。

「松本君、少し話いい?」

ロビーで待っていたのは吉田さんだった。


「雄介から話は聞いた?」

僕らは駅に向かって並んで歩いた。

「うん、別れたんだってね。詳しくはあんまり聞いてないけど。」

「そっか。まぁ、大体の理由は私のわがままに雄介が疲れちゃった感じ。雄介にはいろいろ迷惑かけ
たしね。頼る人ができるとなぜか弱くなっちゃうんだよね、私。付き合う前は一人で乗り切ってきたはずなんだけどね。いつの間にか一人じゃ耐えれなくなっちゃう。」

吉田さんはまるで罪を告白するように話した。僕は別に恋愛をたくさんしてきたわけではない、辻さんだってほとんど初恋だと思う。中学生の時にはまったく好きになるという気持ちが起こらなかった。だからなんと答えていいのかわからなかった。

「というか松本君の一途な気持ちも凄いね。まだ頻繁に来てるの?」

「いや、受験が始まってからは頻度は2か月に一回ぐらいに減ったね。病院が頻繁に変わったってい
うこともあるけど。」

「そっか、私も本当にしんどくなった時行くのよね。たぶん辻ちゃんを見て自分より不幸な人がいることに安心してるんだと思う。実際めちゃくちゃ仲がいいってわけでもないけど、辻ちゃんの仲良かった友達も受験が始まってからは全然言ってないみたいだし。結局憐れんで、自分が楽に他人の支えになれることに喜んで、それで寝てる辻ちゃんをみて安心をしてる。なんか病室で一人になると時々怖くなるんだよね。寝たきりの人を見てどこかで安心しちゃってる自分。きっと私はろくな死に方しないんだろうね。」

僕は吉田さんが罪を誰かに聞いてもらいたいんだなとわかった。だから、自分を卑下して結局自分は不幸で最低な人だと思いたいんだ。今求められてるのは慰めの言葉だともわかっている。けど僕は、辻さんを見て安心する人を許せるほど人間ができていなかった。今思うと吉田さんはかなり人間臭いんだと思う。けど僕はすこしずつ頭に血が上ってとった行動は、無視だった。話を聞かないことにした。何かを言い返す度胸はないけど、懺悔を無視すること。僕ができる攻撃だった。
だからそれから家の前まで何も会話のないまま僕らは帰った。しかし僕の家に着いた時吉田さんは驚くような言葉を残した。

「話聞いてくれてありがとう。」

僕のいじわるは吉田さんの助けになってしまっていた。今思うとそれでよかったのかもしれない。


吉田さんのことがあってか、僕は受験勉強に飽きたら、お見舞いに行くように心がけた。
そのせいとは言えないけど、僕は狙っていた大学のレベルまでは達せず、国立はあきらめる結果となった。しかし、第二志望の私立には合格し、一人暮らしを夢見ていた僕は来る春に胸を躍らせた。
大学の合格を辻さんには報告しなかった。相変わらず音楽を聞いたり、感じることを話したり。辻さんに変な焦りを感じてほしくはなかったからだ。もちろん外見は相変わらず綺麗な黒髪が白いベットによく映えたが、僕と同じように意識はずっとあるのだから。
卒業式に三輪と話した。三輪は四国の方の大学に決まっており、体育の先生になるのを目指すらしい。

「まだ辻さんの所にお見舞い行ってるの?」いつもみたいに廊下で話していた。

「うん、たまにね。」

「凄いな、やっぱそれって愛の力?」

「半分はね。」

「あとの半分は?」

「まぁ、義務感とかかな。」

やっぱ、しんどいとかめんどくさいなとか感じる時もあるよ。僕は誰かに最低の自分を告白できるほど強くはなかった。だから三輪からの軽蔑の目を避けるため言葉にするのをやめた。

「そういえばなんで吉田さんと別れたの?」

僕はずっと尋ねるのをためらっていた質問をした。

「しんどくなったんだろうな。俺が。受験で必死な時にほかの人の分まで面倒を見るのが。ほっぽり出したんだよ、しんどいことを。お前みたいに愛に溢れて、誰かを思やれるような人間じゃないんだよ。」

結局誰でも持ってるんだろうな。そういう種の罪悪感は。

「お前も自分の縄に縛られる必要なんかないんやからな。」


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