山と呼ぶほど急勾配ではないが、緩やかな上り道は長く、鬱蒼とした木々の群れと暗い道は馬車を走らせることに難儀した。
道幅の狭さは2頭立てには少々窮屈で、時々木の枝が窓をかすめ、バシバシと音をたてる。
 そんな中を、半日も走り続けてきただろうか。
やがて坂道は徐々に平坦になり、丸みを帯びた大地が先に向かって下り始めた頃、狭い道はぽっかりと開けた。
森を丸くくりぬいたような広場の入り口で、ようやく馬車は休息を得る。

 御者は馬たちを ひとしきりなだめてから、ふーっと大きく息をついて背後のコーチを振り返り、声をかける。
「お嬢さま。」
 小さなのぞき窓の奥で、彼の主もまた、レースに彩られた胸元を押さえ息をついているのが見えた。
ややあってから、彼女は「ええ」と応えた。
「ついたのね。」
「はい。」
 返事をしながら彼は御者台を降り、コーチの側面にまわって扉を引いた。
主が微笑んで礼を言うと、彼は はにかむように頭を垂れた。


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