「……さま! お嬢様! マルエッタ様!!」
 ぼんやりと霞んだ視界が徐々に像を結び、見知った顔が浮かび上がる。
カンテラを持って立ち尽くす御者と、青い顔をした従者が、彼女を取り囲んでいた。
「わたくし……どうしたの。」
 ようやく言葉を絞り出す。自分の声すら、頭蓋にがんがんと響くようだ。
「あまり長い間お戻りにならないので お迎えにあがりましたら、祭壇の前に倒れていらしたんです。」
 従者は心配そうに言うが しかし、主が意識を取り戻してホッとしているようだった。
「あの人は……」
 言いながら、彼女は後頭部の付け根に手をやった。
丸くつるつるとした感触がある。どうやら、後頭部の一部が円形に脱毛しているようだ。
しかしそれだけで、どこにも傷や出血はない。
「中で何があったのですか、どこかお怪我などは。」
 おろおろと自分を心配する従者を、彼女はうっとうしく思った。
心にもない素振りを大げさに演じて、わたくしをからかっているのだわ。
 彼女は忌々しげに従者の手を払い、よろりと立ち上がった。
「帰るわ。」


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