「お前さん、どこ行くんだい。」
農夫は作業の手を休めて声をかけた。
緩やかな上り坂が鬱蒼とした森へと続く道を、身なりの整った青年が行こうとしていた。
片手には大きな旅行鞄を下げ、もう片方の手には何か赤子のようなものを抱いている。
「その先にゃあ、何もねえぞ。古い教会があるけども、誰も住んじゃいねえ。もうすぐ日も暮れるし、あぶねえぞ。」
「行かねばならないのです。」
陰気そうに目を伏せたまま、しかし彼は力強い口調で言った。
「彼女と、僕が結ばれるために。」
そう言いながら、抱えている大きな包みに頬を寄せる。
上質そうな布にくるまれたそれは、ブロンドの巻き毛に青いガラスの目玉を持つ少女だ。
彼女の存在を認めると、農夫はもう何も言わなかった。
青年もまた、彼に背を向けて森の中へと消えていく。
「また山猫様のお客かね。」
傍らで一部始終を見ていた農夫の妻が言った。
「ああ、ありゃあ間違いないだろう。」
「高貴な方ってのは、ああいうのが多いのかねえ?」
「わけのわからんモノに入れあげるだけ、余裕があるんだろうさ。俺たちと違って。」
苦笑して頷き合う。
「この間村に来たお嬢様を覚えてるかい? ほら、領主様の娘さんさ。」
作業の手を再開させながら、妻は聞いた。
「ああ、2頭立ての立派な馬車に乗ってた人か……。」
夫は苦虫を噛むような顔をする。
「まあ、命まで食われてしまわなくて良かったんじゃないのか。」
「お嬢様が村の教会へいらした時、お前さんいなかったろ。あのひと、神様にお祈りもしないで、自分のことばっかり話すんだよ。
それでも、山猫様のところから帰る前は、朗らかで物腰も丁寧でさ。 あたしゃあ、あっちのお嬢様の方が好きだったね。」
作物の束を丁寧に作りながら、妻はため息をつく。
それを聞いて、夫の方も同じようにため息をついた。
「戻っていらした後は、まるで愛想のない娘になっていたものな。」
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