賢者「吟遊詩人は戦力として弱いので職業を変えてください」



「テーマは愛」
 それは詩のタイトルだったのか、ひとつ小さく咳をしてから吟遊詩人は歌い出した。
 少し離れたところでナイトは剣を振るい、白魔道士は回復につとめ、賢者は炎の魔法を放っていた。
 しばらくしてじんわりとみんなの体が暖かくなってきた。それに伴い、少し防御力が上がっている気がする。
 吟遊詩人の詩による効果だった。
 賢者はそれに、最近少し苛立ちを感じてしまうのだった。


「言いにくいことでずっと言わないでいたけど、職業を変えてほしいと思っています」
 酒場でのささやかな夕げの席で、賢者はみんなにそう打ち明けてみた。
「えっ! 賢者すごい便利なのに……」
 白魔道士がびっくりして言う。
「私ではありません。あと便利って言い方やめてください」
 吟遊詩人が静かに席を立った。
「クイズですー 職を変えるのー 誰でしょうー」
「あなたです。あと吟遊詩人が俳句って、私は違うと思います」
「変えるって、何に?」
 ナイトが食べるペースをそのままに、軽い感じで聞いてくる。
「前衛に回ってほしいと思ってます。モンクとか忍者とか……」
「わー。なんだか実戦的だねー」
「……実戦ですから」
「変えませんー 何故なら歌がー 好きだからー」
「まぁ、本人の意思が第一だよね」
「わたしがそのうち導師になるから、それでおあいこってことにしましょうよ」
「何がどうおあいこなんですか。このままじゃ最後のほう詰みますよ」
「つむって何?」
「敵が倒せなくなって困るってことです」
「大丈夫だよ。レベルをいっぱい上げて、オレが物理でガンガンいくからさ」
 ナイトは元戦士で、つまりはそういうタイプだった。
「ダメなんです。そんな簡単に行くならとっくに他のパーティが先行って道を切り開いてます。大変なんですよ。世界を救うのって」
「オレ達はほら、なんかカメとか途中であってフラグ? 話を聞いたり色々してきたから世界救えるよ」
「あれ、カニじゃありませんでしたっけ?」
「ワタクシはー エビに一票ー 投じますー」
「仙人です。シワが多かったりヒゲが長かったりといった特徴があるだけの人です。あなた方はずっと爬虫類や甲殻類だと思って接していたのですか? そういえばナイトはずっと不思議そうに見てましたし、白魔道士はやたら可愛がろうとしてましたね」
「執筆中ー 世にも奇怪なー 喋るエビー」
「バチあたりなものを書かないでください。とにかく!」
 賢者は、バンッとテーブルを叩いて音を立てた。
「吟遊詩人は転職してください。これはパーティみんなのためです。お願いしますよ」
『えー』


「テーマは愛」
 それはただの真似だろう。吟遊詩人(元ナイト)は大きな声で歌い出した。
 すぐ側でナイト(元吟遊詩人)が剣をまるで神主が大幣(はたきのような物)でお祓いをするが如くブンブンと振り乱し、白魔道士は回復につとめ、賢者は炎の魔法を放っていた。
 しばらくしてゆっくりとみんなの体がたくましくなってきた。それに伴い、少し物理攻撃力が上がっている気がする。
 吟遊詩人(元ナイト)の詩による効果だった。
 賢者はそれに、苛立ちを感じてしまうのだった。


「なぜ入れ替わったのですか?」
 酒場での夕げまで待って、賢者は料理を口にするより先にそう言った。
「オレはさ」
 元ナイトが言い訳っぽくなく、語り出すような口調で喋り出す。
「昔から体だけは頑丈で、というかそれ以外がからっきしでさ。みんなと旅に出るって決めた時も、絶対戦士の役割を担うのはオレで、先頭に立って戦うんだって思ってた」
「ナイトって村一番の脳筋だったもんね」
 白魔道士が懐かしむ感じで言った。この娘と賢者は同い年の幼なじみで長いつきあいなのだが、可愛らしい中にやんわりとした毒をちょくちょく感じて、賢者はどうにも信用を置ききれない。
 元ナイトが続ける。
「最初の職業選択の時、選択肢にさっそく戦士があった。迷わずオレはそれを選んだ。みんなも当然のようにそれを勧めてきたしな。一人さっさと戦士になって、まだみんなが何になろうか楽しそうに悩んでいるのを見て、実はちょっと寂しかった」
「……」
「次の職業選択ではもうナイトがあった。オレの最終就職先はこれなんだってすぐに気づいた。いや、すぐにみんなの役に立てる職につけると喜んだのは本当だ。でも、心の何処かでさ。色々職を転々として、いろんな経験をしてみたいって欲求はあったんだ。ほら、オレ好奇心とか旺盛な方じゃんか……だから、だからさ」
「――今回思い切って吟遊詩人になってみた」
 賢者はため息をついた。
「それで、どうでしたか?」
「向いてないことはわかった。でも……楽しかった!」
 元ナイトはスッキリした顔をしていた。
「では明日からナイトに戻っていただけますね」
「わかった」
「では、元吟遊詩人はどうしてナイトに? いえ、私が戦士職を推したのは確かですが。同じ職業が二人だと手に入る武器の分配とか困りますし、特に問題がなければ別の職になって欲しいのですが」
「たのもしいー 先輩がいるー この職業ー」
「……五七五は変わらないのですか?」
「そのうちにー 直ると思うー 待って欲しー」
「吟遊詩人は子供の頃から変な子だったよねー」
「正直剣はあまり向いていなかったように見えました。少し効率は落ちますが狩人やシーフはどうでしょう。吟遊詩人に比べればそれでも十分戦力アップになりますし」
「考えてみるー」


「テーマは、ラブ♪」
 それはアレンジだろうか。吟遊詩人(元白魔道士)はよく通る声で歌い出した。
 離れたところでナイトは飛び回りながら剣を振り、狩人(元吟遊詩人)が遠距離では届かなかったので、近距離で矢を放ち、賢者は回復につとめていた。
 しばらくしてじんわりとみんなの体が軽くなってきた。それに伴い、少しすばやさが上がっている気がする。
 吟遊詩人(元白魔道士)の詩による効果だった。
 賢者はそれに、軽い怒りを感じてしまうのだった。


「白魔道士!」
 賢者は律儀にも一日の冒険を終え、食事の席に着いてからそれを話題にした。
「どういうことですか! 導師になるんじゃなかったのですか!」
「あはは。わたしもやってみたくなって」
「ふざけないでください! ふざけないでください!」
「やってみるまではどうかなって思ってたけど、けっこうわたし向いてるかもしれない」
「これまで積み重ねた職業レベルはどうするんですか?!」
「どうもこうも」
「ああ……もう……今日なんか気づけば回復役がいないもんだから、全滅しかけたじゃないですか」
「賢者って普段回復しないもんな」
「私が午後からの楽しみにMPを取っていたからなんとか回復にシフトして難を逃れましたが。戦力大幅ダウンですよ、もう」
「あのね、賢者。わたし、この旅が終わったらアイドルになりたい」
「は?!」
「今日一日歌ってみてわかったの。わたし歌うのが好き。わたしの歌でみんなを元気にしたい」
「確かに元気というかパラメータは向上しましたが、今はもっと直接的な支援が欲しいんですが、白魔道士」
「大丈夫。白魔道士に戻るよ。でも、この職業選択の力があるときに吟遊詩人できて良かった」
「……」


「ふんっ」
 ナイトはいつものように重い剣を器用に操り、敵を次々になぎ倒していく。狩人は遠距離からの命中率も実用レベルになっていた。
 白魔道士は一歩退いた場所から、適切に回復と補助で危なげ無くパーティをサポートし、賢者はMPの枯渇に注意しながら敵を焼き払っていた。


「賢者ってさ、昔からマジメで賢くて、いい子だったよね」
「……ありがとうございます」
「この旅が終わったらどうするの?」
「え?」
「わたしこの前アイドルになるって言ったじゃん。その時旅が終わったらって考えて、みんなはどうするのかなって」
「今は……旅が終わってからのことなんて……」
「オレは剣の道場とか開いて師匠とかなるんだ!」
 ナイトはいつも屈託無い。白魔道士はナイトの方に語りかける。
「魔物とかいなくなってるかもしれないよ。そしたら剣道場とか通う人いるかな?」
「大丈夫! それでも剣は無くならない!」
「あはは。吟遊詩人……じゃなくて狩人はどうしたい?」
「自分は山で狩猟生活ですかね」
 そういうものなのだろうか。狩人は喋りが丁寧になっていた。
「なんていうか、適応力あるよね。狩人は」
「それは自分の利点だと思ってます」
「……」
「賢者?」
「今は……世界を平和にする旅の途中です。それだけを考えていればいいと、思います」
 なんとなく気まずくて、賢者は席を立った。


「これでトドメです」
 狩人の狙いすました急所への一撃で、巨人は倒れた。
「なんていうか、サクサクだよねー」
 レベル上げを三日ほどして次のクエストをこなす。だいたいその繰り返し。ここ最近は旅も停滞するようなことはなく、流れるように進んでいる。
 狩人はその職を早くも我が物とし、遠距離からの的確なサポートで、特にナイトは戦いやすくなったと喜んでいる。そのナイトは守りに割く分を攻撃にまわしたらヒット数が増えたとかで、殲滅力がレベル三つ分は上がった。
 白魔道士は最近導師への転職を果たし、豊富なMPで長旅も安心してできるようになった。長い時間戦っていられることで、さらにレベル上げやアイテムの探索の効率が良くなり、旅の順調さに拍車をかけている。
 そして賢者は、一撃必殺クラスの威力を持ちつつ全体効果のある魔法を覚え、MP切れさえなければ突然の全滅などまず無いと言える火力を手に入れていた。
「オレ達すげー強くなったよな」
「一時期の三歩進んで二歩下がる日々が嘘のようです」
「それって狩人のせいじゃなかったっけ?」
『あはははー』
 みんな調子のいい旅路に満足しているようだった。賢者はそれを遠目に見ながら、戦利品を回収する。
「ねー、賢者」
「……」
「賢者ってば、ケンケンジャ」
「ケンケンパみたいに言わないでください……何ですか」
「旅が終わったらどうするか決めた?」
「いえ、まだ」
「まだ?」
「あっ。いえ、まだ、ではなく……その、それは早いと」
「ふーん」
「……」
「旅が順調だからさ。そう早くないうちに終わっちゃうかもだね」
「……甘いです。ボスはひと味もふた味も違うものです」
「そうなの?」
「そうだと思います」
「じゃあもっと効率よくして、強くならないといけないね。ゆっくりしすぎて、おばさんアイドルにはなりたくないし」
「……」
「アドバイスしてよ。あ、わたしも賢者になったほうがいいかな」
「……いえ。導師はそのままで」
「そっかー。狩人はやれば出来る子だし、忍者とかやったらすごいんじゃない? なんか目に浮かぶ。口数が少なくなってクールになってる狩人が」
「……ええ。いいかもしれませんね」
「賢者が元気ないよー」
「何! 大丈夫か賢者。導師、回復魔法だ!」
「賢者さんしばらく”かくれる”していて下さい。この辺の雑魚でしたら三人でもなんとかなります」
 ナイトと狩人が寄って来て言った。
「大丈夫です、問題ないです。さぁ、今日はもう少し進めるはずです。早く行きましょう」
 賢者は足早に移動を開始した。
 導師に何かを気取られそうな気がしたが、その何かは自分でも分からなかった。


 その夜。賢者を除く三人が導師に呼ばれ、暗い中集まっていた。
「気取ったんだけどね。賢者は悩んでるみたいだよ」
「けどるって何だ?」
「考えてることを見抜いたんだよ。わたし導師で徳が高いからなんか分かるの。迷える民を導いてこその導師だからね」
「賢者は何を悩んでるんだ?」
「たぶんねー。旅が終わってからのこと」
「気が早いですね。でも先を見据えているのは賢者らしい」
「悩んでるならアレじゃないか? 吟遊詩人を賢者だけ経験していない」
 ナイトが自信あり気に言う。
「それは違うと思うなー」
「なるほど。パーティにいながら一人だけやっていないことがあるのは問題を感じてもおかしくない」
「あれ? 狩人もそう考えちゃうの?」
「こういうのは何だっけ? 多数決ってやつで決まるんだよな。じゃあ吟遊詩人で決まりか」
「いやー、決まらないと思うんだけど」
「では今夜のうちに賢者の服を吟遊詩人の物にしておきましょうか」
「知ってるぜ。善は急げ、だろ?」
 二人はさっさと立ち上がって、行動に移っていた。
「あれ? あれ?」


「て、テーマは……あい」
 吟遊詩人(元賢者)はパーティ内で定番になっていたその詩を、歌うことにした。
 少し離れたところで他の三人は座ってそれを聞いていた。
「な、なんで戦わないんですか!」
『あ、ゴメンゴメン』
 しばらくして静かにみんなの心が落ち着いてきた。それに伴い、少し精神力が上がっている気がする。


「……驚きすぎて心臓が止まるかと思いました」
「賢者、あ、今は吟遊詩人か。吟遊詩人が叫ぶところ初めて見たよ。キャーって言ったよね」
「キャーって言ったら何か問題ですか? 気づいたら魔法が撃てないものだから沈黙かと思ったら、何ですかこの服」
「案外鈍いよね」
「悩んでるって導師に聞いてさ。これで安心したろ」
「なやっ……いえ、そうですね。最近の私は少し変だったかもしれません。それとこれの関連性は分かりませんが」
 狩人がポンと手を打った。
「おお。今自分にもわかりました。昨日より吟遊詩人がいい顔をしています。スッキリされたんじゃないでしょうか?」
 導師も何かに気づいた。
「あ、確かに。やったことは変だったけど、効果あったみたいだね」
「導師。変だと分かっていて決行するのはどうなんですか」
「あはは。ゴメン」
「いいじゃないか。悩み解決だろ! 知ってるぜ。終わりよければってやつだろ」
「ナイト、解決は言い過ぎじゃないかなー」
「……解決でいいですよ」
「え?」
「狩人も吟遊詩人に戻ってもいいです。いえ、戻ってください」
「え?」
「馬鹿馬鹿しくなりました。頭真っ白になって、スッキリ何も無くなって。それで分かったんです。私、悩んでいたんですね」
「え?」
「最初はパーティの戦力を上げるにはどうすればいいか悩み。その後はみんなが自分勝手な行動を取るのをどうしたら諌められるのか悩み。導師に将来を聞かれたら、旅が終わった後のことを悩み。私、ずっとずっと悩み通しだったんです。賢者とは賢い者であるはずです。こんなに悩み続けているようではまだまだ未熟ですね。まだ、とてもみんなを導けそうにない」
「あ! あのね、導くのは導師であるわたしが――」
「そういう事ですから、未熟な私が出した職業の采配は無しにしてください。いつかちゃんとした賢者になれたら、その時新たに考えを述べてみようと思います。それまでは自由に、むしろみなさんのいろんな可能性を私に見せてください」
「賢者……」
「賢者、なんかカッコイイぞ」
「やっぱり賢者はみんなの賢者です。頼れます」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 そして――


 風水士、風水士、風水士、賢者のパーティが洞窟をやっとの思いで通過していった。
 いくつもの別のパーティがその旅路に先行しているが、世界を救うのは案外彼らなのかもしれない。
感想  home