匿名の通報を受けて現場に駆けつけた若い警察官は目の前の惨状に息を呑む。
「これは・・・」
 眼前に広がるのは圧倒的な赤。
それは成人男性一人分の血と肉が混ざり合い、飛び散ったものであった。

終わっている愛


ふうっ・・・疲れたな、休憩にしよう。そう一人つぶやいて執筆を中断し、僕は席を立つ。
僕はしがない小説家だ。小説家といえばすごいなんて世間的には思われているかもしれないが、僕は妄想を文章にすることでかろうじで生きている程度だ。
僕は妄想の文章化に行き詰ると近くの公園に休憩に行く。遊具が4、5個ある児童公園だ。家から5分くらいで着く。時刻は午前二時くらい。町はとっくに静まり返っている。
公園に着いて僕は少し驚いた。こんな時間の公園には誰もいないと思っていたが、意外にも人がいた。ブランコに座ってゆらゆらと揺れている。
今日日物騒なことに公園の外灯は少なく結構暗いので、小柄なこと位しかわからない。しかしこんな時間に公園にいる人なんて碌な人じゃないだろう。
関わらないように気を付けながら、僕はジャングルジムに登る。そして天辺に座り、ショートホープに火を付けた。ジャングルジムに登るとほんの少しだけど空が近くなるから気分がいい。
空を見上げながら頭を空っぽにして星を見る。今日はやけに雲が多くてあまり良く見えないなぁ。と思ったらそれは雲ではなくショートホープの煙であった。
この町は結構な人口を誇る地方都市の、その中でも閑静な地域の住宅地に位置している。そのため星は数えるほどしか見えず、名前も覚えてしまった。
星を見みながら口を開けて馬鹿みたいに呆けていると、人が近づいて来ていることに気が付いた。気配の方向を見るとその人と目が合った。僕に何か用事でもあるのだろうか。
ジャングルジムに腰掛けている僕を見上げているのは、中学生か高校生位の年齢の女の子であった。髪はセミロングの黒、服装は上はTシャツにパーカー、下はスカートだ。
背格好からブランコに座っていたのもこの女の子だろう。しかし何でこんな時間に公園にいるんだ?と疑問に思っていると女の子が声をかけてきた。
「こんな時間に何してるの?」
 見知らぬ女の子にタメ口で声をかけられたことにドキドキしながら、それはこっちのセリフだと心の中でツッコミながらも普通に答える。
「たばこを吸ってる。」
 答えであって答えでない様な回答に対して、ふーんと対して納得していないような効果音をわざわざ口で出しながら、ジャングルジムをするすると登り始め、一ブロック分隣に座った。
全意識を女の子に集中しながら、表面上は気にしていないフリをしてショートホープを吸う。女の子はこっちをじっと見ていた。
しばらく沈黙が続いたが、僕はなんともいえない気まずさに耐えかねて視線は正面のまま、女の子に声を掛ける。
「君こそこんな時間になにをしてるの?今時の世の中は物騒なんだよ。女の子なんだから気を付けないと。」
 いきなり説教みたいなことを言ってしまったな。とちょっと後悔した。
「お互い様でしょ。」
 そういって女の子はにやりと笑った。思わぬ表情にドキッとしながらも流石にこんな時間に中高生ぐらいの女の子と二人きりというのは不味いので、
僕はショートホープの火を消し、ジャングルジムの上で立ち上がった。
「あとこんな時間に公園のジャングルジムの上で煙草を吸っている様な不審者に話しかけないように。」
 そんな自虐的説教をしながらジャングルジムをからいそいそと降りた。そのまま公園の出口に向かう。
内心では何か声をかけられるかなとちょっと期待して歩いていたが、特に話しかけられることもなく公園を出た。がっかりしたような、ほっとしたような気持ちで家に向かって歩いた。
締め切りまで時間もあるし、執筆ペースもいい感じなので今日はもう眠ることにした。
    ■
昨日の女の子がどうにも気になってしまい、昨日と同じ時間、午前二時に休憩を取った。
特に何があったわけじゃないし、一言二言言葉を交わしただけだけど、なんか予感のようなものがあった。自分の予感があたるかを試してみる時はちょっと楽しくなる。
公園に到着しブランコに視線を向ける。しかし彼女はそこに居なかった。彼女がいなかったことに対してがっかりしたし、予感が外れたのにもがっかりした。二倍がっかりだ。
気持ちを切り替え、何時も通りジャングルジムに登ろうとそちらに目を向けるといた。昨日の女の子が。
予感が当たったことに喜びつつもなんて声を掛けようか戸惑っていると。
「やっぱり来たね。」
 と女の子笑いながらいった。
彼女の笑顔にドキッとしながらも平静を装いながらジャングルジムに登る。
「昨日も言ったけど何でこんな時間に公園に居るの?危ないよ。」
 ショートホープに火をつけながら女の子に聞く。
「あなたが今日も来るかなって、思ったから。」
 イマイチ答えになってないような答えをした。昨日の意趣返しか。それともあまり答えたくないのだろうか。しかし同じ様なことを考えていたことにちょっとしたうれしさを感じた。
「ちょっと人生相談、というかお願いかな?してもいい?」
 いきなりそんなことをなんも知らない不審者に相談するとは最近の子は度胸があるな。いや危機感が足りないのかもしれないけど。それに知らない人にこそ話せることもあるのかな。
僕は基本的に人に相談しないから分からないけど。
「いいよ。そんなに力にはなれないと思うけど。」
 まぁ悩みなんてものは話だけでも聞けば、気が楽になるだろうと軽い気持ちで引き受けた。
「私自殺しようと思うんだけど。どうかな?」
 重かった。それもかなりのヘビー級だ。マイク・タイソンも真っ青。
「どうかなって言われてもね。まぁしないほうがいいと思うけど。なんでそんなこと思ったの。」
 死にたいと思うことなんて、多くの人間が思うことだ。だからまずはこの女の子がどのくらいの意気込みと事情で死にたいと思っているかを知ることが大事だろう。
「学校でね、いじめがあったんだよ。」
 結構本格的な感じの内容で少し怯む。
「昔、そこそこ仲の良かった子がいて、クラスが変わっちゃって、今はそんなでもない子がいじめられているのを見たの。それが理由。」
「もうちょっと詳しく頼むよ。」
 いじめられてつらいのかなと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
「友達がいじめれていたのはもちろんショックだったよ。でもそれ以上に衝撃的だったのはいじめている人達の顔だった。ほんとに楽しそうな顔をしていたんだ。
 私は今まではいじめているほうも多少は罪悪感があるのかな、とか思っていたんいたんだけどそんなことはなかった。私はいじめたれたくないし、なにより怖かったから見てみぬフリをしたんだ。
 視線をそらそうとした時に、いじめられてる子と目があった。その時私は気づいちゃったんだ、自分がどれだけ最低な人間かって。そしてみんなも最低だって。
 だってそうでしょ教室の隅でいじめられているのにそのちょっと隣では昨日のテレビドラマの話で盛り上がっている。そんなの狂っているでしょ。次の日から私は学校に行くのを辞めた。
 あんな空間にいることなんて耐えられなかった。もちろんそんなのは世界の一部分に過ぎないかも知れないけど。それでも私には耐えられなかった。
 もう自分の、世界の汚さに気づいてしまったから。死のうかなって。」
そういって彼女は笑った。そして僕は何も言えなかった。だって僕もこの世界の汚さを知っているから。君の気持ちが良く分かってしまうから。
僕は妄想の世界に逃げ込んで生きているけど、本当に世界をちゃんとみようとしたら、とてもじゃないが生きていける気がしない。そんなことはないよ、世界はそんなに汚くない。
ここでもっともらしく説教みたいなセリフを考えることは出来るけど、言葉にすることは出来なかった。
 「だからさ。私の自殺を見届けてくれない?」
 彼女笑いながらそういった。
    ■
それからは僕と彼女は約束などはないけど、自然に午前二時に公園で会うようになった。彼女が何で自殺を見届けて欲しいのか聞いたら、私はもう生きていけないけど、
誰か私が生きていたということを覚えていて欲しいらしい。気持ちはわからなくもないけど、何でこんな僕みたいな人間に頼むのか気になった。しかしそこはなにか事情があるのだろうと大人的解釈をした。
だから彼女の名前とか年齢とかも聞いちゃいけないような気がして聞かなかった。それから僕と彼女はどの漫画が面白い等の他愛もない内容から、どうやって、またどこで自殺するのか等、色々な話をした。
彼女と話していてわかったことだが彼女は良く笑った。どこか寂しげではあったけど、とても綺麗な笑顔だった。とてもじゃないが自殺したいと考えているとは思えなかった。
しかし話をしていると同時に彼女がもう既に終わってしまっていると分かった。彼女の中で死ぬということは絶対的に決定していた。そんな中で僕は彼女と話していると僕も良く笑っていることに気がついた。
小説家なんて職業をしていると人と話す機会なんてあまりない。というよりも僕が内向的だからだろうか。ともあれ本当に久しぶりに人と話すことの楽しさっていうものを感じることが出来た。
そんな日々を送る内に僕は彼女に惹かれていった。僕は今まで人を好きになったことはあったけど。愛したことはなかった。そもそも『好き』と『愛』の違いはなんだろうか。
一時僕はその境界線についてずっと考えてきた。きっかけは皆が付き合うとか別れるとかで盛り上がっているのを聞いたときだった。そんな話を聞いていると愛というものが安っぽく感じたからだ。
その時は愛し合っている人が付き合うのだと思っていた。でも付き合うきっかけになる告白というものにおいての決まり文句は
「好きです。付き合ってください。」
 である。いきなり「愛しています」なんていう人はあまりいないと思う。つまりは付き合う時はまだ愛していないのだろうか。結婚したら?婚約したら?セックスしたら?キスをしたら?
いつになったら愛といえるのだろうか。僕の彼女への気持ちは好きなのか、愛なのかは分からない。でも彼女に死んで欲しくないという気持ちは確かであったけど、
彼女はもうそんな段階にいなかったし、僕自身も彼女を止められる言葉を持ち合わせていなかった。なにより心のない言葉で彼女に失望されたくなかった。彼女に対しては真摯でありたかった。
    ■ 
 話を繰り返すうちに一週間後に郊外の遊園地の廃墟で自殺をすることになった。彼女は遊園地が好きで、子供の頃は良く両親にせがんで遊園地に連れていってもらったらしい。
僕は車を持ってないのでレンタカーを借りて元遊園地に向かった。廃墟になった元遊園地までは2、3時間位かかった。
車の中では、何時も深夜の公園で話すような他愛のない会話で盛り上がった。これから彼女が自殺するなんてとても信じられなくて、現実感もなかった。
元遊園地に一通り園内を散歩した。この時は自然に二人共何もしゃべらなかった。かつては親子連れやカップルで賑わったこの場所もアトラクションは錆びにまみれ、植物に飲み込まれようとしていた。
終わりに相応しい、終わった場所だった。荒れ果ててはいるが独特の空気があり、不思議と嫌な感じはなかった。
十分な高さがあるのはジェットコースターと観覧車であったが登れそうなのはジェットコースターほうだったので、コースの上を歩いてその場所へと向かった。
    ■
いよいよこの時が来てしまったなと思った。終わるために僕と出会った彼女ともここでお別れだ。
「今日でお別れだね。結構楽しかったよ。あの日公園であなたと会えてよかった。ここでお別れなのは寂しいけど、先に天国で待っているから、もし向こうであったら。また話に付き合ってね。」
「正直僕も寂しくなるよ。もう最後だから言うけど君が好きだったんだ。」
 突然の僕の告白に彼女は一瞬驚きながらも照れたような顔で笑った。
「へへっうれしいな。告白されたの初めて。なんかごめんね、こんなことに付き合ってもらっちゃって。でもこれだけは約束して、私のこと絶対に忘れないでね。」
 そういうと彼女は僕に手を差し出した。僕はその手を握り返した。
「ありがとう、さようなら。」
 彼女は僕から手を離し、ジェットコースターのコースから飛び降りた。最後に彼女がどんな顔をしていたかは見えなかった。
「ごめんね、その約束は守れないよ。」
 そうつぶやいて僕はジェットコースターのコースから飛び降りた。この選択が正しいのか正しくないのかは分からない。しかしこれが僕にとっての愛であった。

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