扉の開く音が聞こえた。遠くから無用心に頓着なく通り抜けるためだけに開いた音だった。
その「キィ」と言う音はとても小さな音だったがその部屋の誰の耳にも届いたのだろう。何しろその音はその部屋に集められたものにとって最大の関心事だったのだから。
しかし、誰一人身じろぎせず座り込んでうなだれているままだった。
部屋の中を漂うように通り過ぎたその音は部屋の四隅の暗がりに吸い込まれるようにして消えた。
扉の開く音が聞こえた。割と近くからかんぬきを外す音を皮切りに、油の切れた蝶番が回転する音、重い鉄格子が廊下の側面に叩きつけられる音までが規則正しく続く。
ペタラペタラというゴム草履の音がニ・三歩動くと蝶番、鉄格子、かんぬきの順番に音が響く。
周りから衣擦れの音が少し聞こえたが、顔を上げる気にはならなかった。
それらの音は部屋の重い鉄の扉を通してビリビリと震える空気へと変わり、睨み付けるように部屋の中を通り過ぎると四隅の暗がりにスッポリと収まった。
ゴム草履が廊下を歩く音が聞こえる。尻と足の裏から熱を奪い続けるヒンヤリとした緑色の廊下は音だけを拒絶するようにその歩の音を際立たせている。
他二人ほど、おそらく革靴の音だろうか? コツコツという音も響くがゴム草履に呑まれて霧散するように消えていった。
 ゴム草履の音が止んだ。鉄の扉をノックする音がする。
コンコンコン――。
ノックが部屋に響く。
先ほどの鉄格子の音より小さく上品なはずのそれは部屋の四隅に吸い込まれることなく残響し、その部屋に居る人間の産毛を逆撫でるように這い回った。
 扉が開く音が聞こえる。鉄の扉が開いて行く。
誰も顔を上げようともしない。私も廻りに習ったように顔を伏せたままで居た。しかし、先ほどとは打って変わり部屋の中には張り詰めたような緊張感と耳を澄ます気配が充満していく。
聞きたい音などは無かった。ただ、聞きたくない音だけがあった。
あるものは願う様に、あるものはすがる様に、あるものは諦めた様に、様々な表情を両膝の間に隠してその音が「鳴っていないこと」を聞き漏らさないように聞き耳を立てる。
音が鳴っていないことを聞こうとする。
そんな矛盾をその部屋に居る全員が実行していた。
カチカチカチッ――
ボールペンを押し出す音が聞こえた。顔を素早く上げる音が聞こえた。おそらくその人は祈るような表情を隠していたのだろう。
「あぁ……! あぁ……」喉奥から搾り出すようなか細い声が聞こえた。
彼の見た光景が手に取る様に分かった。白衣を羽織ったゴム草履がボールペンを押し出し、後ろの革靴二人がクリップボードを持って控えているのだろう。
 「どうして毎回ノックなんてするんです?」パラパラと書類のチェックを終えた革靴が手の甲に円を書くようにボールペンを走らせ書き味を確かめているゴム草履に尋ねた。
「どうしてって?」ゴム草履が2本目のボールペンを手の甲に走らせながら答えた。
「言葉通りの意味ですよ。この部屋に入るのにノックなんていらないでしょう?」
「どうして? 自分ではない他人がいる部屋に入る時はノックをするのが当然だろう? 他人という言葉を使ったが親兄弟であっても必要なもので、それは人間の最低限のマナーだ。マナーの無い人は嫌いだしそういう人間にもなりたくないんだよ。」と、言いながら部屋の住人に背中を向け、ボールペンの先端が自分に向くように指先でクルリと踊らせ革靴達にそれを渡した。
「他人……人間ですか?」と、革靴の一人が苦笑しながら尋ねると、
「あぁ。」とだけ、悪戯っぽく笑いながらゴム草履が答えた。
「相変わらず趣味が悪いですね。」と軽く笑いながらもう一人の革靴が言うと、
「それは違う人間性が最悪なのだよ。」と、部屋の住人達に向き返りながら簡単な公式を言うように答えた。
「付け加えるならマナーとは習慣で、習慣は日常的に実行していないと錆び付くものだ。だからこそ私はノックをやめないのさ。」と、流れるように淀み無く言い終えると革靴達はあっけに取られたように乾いた笑いを漏らしていた。
私は彼女と革靴の一連の会話を膝に顔をうずめたまま聞いていたが彼女の表情は手に取る様に分かった。
ノックのマナーについて語っているときはキョトンとした顔をして、ボールペンをまわす時は白い指先をすこし得意げに操っていたのだろう。
趣味の悪さを指摘された時は少しバツが悪いのを隠すように悪戯っぽく笑い、その後は腰まであるロングヘアーを揺らしながら近しい人間から表情を隠すために「何も無い」方向へ振り向いたのだろう。
あぁ、彼女にとって私はもう「何も無い」になってしまったのか そう思うと普通は自嘲的な笑みがこみ上げてくるのだろうが漏れ出る笑い声も、緩むはずの頬もピクリとも動かなかった。
何も出来なくなった私はただ頭の中の記憶のなかに埋没していった。

 私が彼女に出会うキッカケとなったのは人のごった返すプラットホームで「逆子は居ないか!? 逆子だったものは居ないか?」と声を張り上げる神経質そうな男の声だった。
周りはそんな滑稽な男を揶揄して笑うこともせずうつろな目で軍服の指示に従い自分を運ぶ列車を待ち到着するたびに文字通り詰め込まれていた。
その先を見たことは無いが着いた先で荷降ろしのように排出されトラックの荷台に分乗しそこでも排出されるのだろう。
わざわざこれから体験させられることを予習するかのように考えることが馬鹿らしくなった私はその男をジッと見つめていた。
せわしなく時計を見ながらそのたびに顔を伏せ、そしてまた声を張り上げるために顔を挙げ一字一句変わらず「逆子は居ないか!? 逆子だったものは居ないか?」と何度も繰り返す様は、幼いころに買ってもらったチャチなオモチャの様でフッと口の端から笑みがこぼれた。
自分が笑みをこぼしたことに気が付いた時、自然とその男に向かって歩き出していた。
今思えば、どうせ結末が見えているならせめて自分の意思で選び取りたい、といった類のヤケクソ気味な行動だったのだろう。
毒と銃なら銃で死ぬ そんな意味の無い選択だった。
その男は私がどれだけ近づいていってもオモチャのような単調なルーチーンワークをやめず、私が声をかけるまで続けていた。
声をかけると男はよほど焦っていたのか声のボリュームを下げることなく「なんだ?」と、返事をし「逆子だったものだ。」と、答えるとますます慌てたようにそばの鞄から書類を取り出した。
その書類を見ながら男は私の生年月日や出身地や親の名前などを聞き、私は嘘偽り無くそれに答えた。
親とそのような話をしたことは無かったので実際のところ私が逆子だったのかは知らない。
それでもその男はパラパラと書類をめくりながらなにやら確認し、満足したように頷きながら鞄からつらつらと名前が並ぶリストを取り出しそこの一番下に私の名前を書き込んでほっと息をついて書類を鞄に戻した。
「こっちだ」とアゴをしゃくる男についていく。
横をすり抜けるたび軍服たち最敬礼をしていることからこの男は高い地位にあるのだろう。
促されるままに幌付のトラックの荷台に乗りこむと先客が数人顔を伏せて座り込んでいた。彼らに話しかける間もなくトラックはすぐに走り出した。
彼らと言葉を交わしたことは今にいたるまで無い。
 トラックに揺られてニ・三時間たったころ急にトラックが止まった。
薄暗い幌の中にいたせいか日の光が突き刺すように痛かったことを覚えている。
トラックは建物の前で止まっていた。白く大きな建物でちょうど小学校くらいの規模だった。壁は白一色で塗装されており、日光を反射していた。
建物からは物音が聞こえず清潔感というよりは不気味さが伝わってきた。
先ほどの男にが「こっちだ。」というのでついていくと、部屋に通された。
側面の前後に扉がついていてそれなりに広い部屋だったのでおそらく会議室か何かなのだろうが、そこには机も椅子も見当たらないため今は空き部屋のようだった。
男は鞄から書類を取り出すと私達を順番に並ばせ始めた。並ばされた順番を見る限り背格好や年代・性別は関係なく、私が端にいるあたりから察するに名前順なのだろう。
私達を並ばせ終わると男は鞄から書類束と空のクリアファイルを取り出しながら私達の後ろに移動し、書類の選別に取り掛かったようだ。
時折、「動くな。」や「キョロキョロするな。」「まっすぐ立ってろ。」と言われるあたり後ろに回ったのは私達の監視も目的なのだろう。
部屋の中心に並ばされてしばらくたったころ後方のドアから、コンコンコンコン――と4回扉をノックする音が鳴った。
ガチャリとドアノブが廻る音が聞こえてすぐに踵を鳴らして最敬礼する音が聞こえた。
ペタラペタラと草履で歩くような音が聞こえて、現れたのが彼女だった。
書類入りのクリアファイルを持った男を従えて一人一人確認するように書類と見比べていた。
私の書類を確認する時少しだけ眉を動かしたがそれ以外は他と同じように手早くチェックを済ませると、男から書類を全て受け取りしきりに何かを書き込んでいた。
あらかたペンを走らせた後、フゥとため息をつきながらペンを白衣の胸ポケットにしまうと書類を一枚だけ取り出し残りを男に預けて「彼らを案内して終わったら戻ってきなさい。」と手短に男に指示を出した。
男が敬礼をして部屋から私以外を連れ出してドアを閉めるのと彼女は書類を見ながら話を切り出した。
「ここにある書類を見る限りあなたが逆子だった確証はないのだけれど、本当に逆子だったの?」
「確証はありません。」
「なら御両親から逆子だったと聞いたことがあるの?」
「それもありません。」
そこで彼女は私の書類を見たときのように眉を吊り上げた。
「ならどうして彼に逆子だったなんて嘘をついたの?」
彼女の言葉に騙されたことに対する抗議や怒りといったものは感じられなかった。
紅茶が好きな友人が紅茶ではなくコーヒーを飲む理由を尋ねるといった具合の気軽さで私に理由を尋ねてきたのだ。
その表情は白衣を着たスラリとした美人にはそぐわないほど幼く見えたので、
「自分の意思を反映させたかったのです」と、つい本音を曝け出してしまった。
続きを促すように黙ったままこちらを見る彼女に促されるまま
「あのプラットホームにいてもこちらに来ても結果は同じだと思いました。それなら、どうせ同じ結果なら、自分の意思で選び取りたいと考えました。毒か銃で死ぬなら銃で死ぬ。そんな意味の無い選択です。」と、そのときに感じたことを装飾せず淡々と彼女に伝えた。
私が彼女に話し終わると彼女がとても柔らかな笑みを浮かべたことは今でもはっきりと思い出せる。
「そう。」とだけ彼女は笑みを浮かべたまま答えると会話はそこで終わった。
男が帰ってくるまでの間は結構長かったが、その時間は心地よくも無ければ息苦しさも無い奇妙な時間だったと今は思う。
男が帰ってくると「案内してあげなさい。」とだけ言い彼女は部屋から出て行った。
 それから私は彼女に折に触れて呼び出された。
彼女と会話していくうちに彼女が聡明な変人であると思うようになった。
彼女との会話から彼女がこの施設の最高責任者であること、軍の中でも高い地位にいること、将来を嘱望されていることなどを知ったがあまり関心を持たなかった。
私の関心の多くは彼女の入れたコーヒーに注がれていた。
彼女との会話はもっぱら午後二時過ぎあたりのティータイムに行われ、そのたびに私は彼女の入れたコーヒーを堪能した。
彼女は物覚えもよく私の好みのコーヒーをすぐに覚えてくれた。
もっとも私のコーヒーに対するこだわりはブラックであることぐらいのものだったのだが。
また、彼女との会話も理路整然としており知的好奇心を刺激されるコーヒーに負けないくらい楽しいものだった。
彼女とのティータイムは平和で例えようも無く心地よいものだったが、私の結末が変わるとは露ほども思えなかった。
彼女との会話の節々に現れる変人性とでも言うのだろうか? それらには不可侵さが感じられて時が来れば彼女は眉一つ動かさず、私に結末をもたらすのだろうとボンヤリと考えていた。
そのボンヤリとした考えに確信を与えたのも他ならない彼女だった。
ティータイムの間だけ名前で呼び合うようになるころ、他愛の無い会話の一部として彼女にいくつか質問したことがあった。
はじめの質問は最初の部屋で何故4回もノックをしたことにたいしてのものだった気がする。
それについて尋ねると、「古いマナーだけれどビジネスの相手などの部屋に入る時にはノックが4回、フランクな間柄なら3回っていうマナーがあるのよ。」と、彼女は答えた。
私は「へぇ、それは知らなかったな。」と答えると「でしょうね。始めて私の部屋に来た時からプライベートノックですものね。」と言いながら彼女はコーヒーカップを口元に運んだ。
「ちなみにノック2回だとどういう意味なんだい?」と聞くと「それはトイレノックで中に人が居ないか確かめるものよ。」と答えた。
私は軽く笑いながら「ティータイムにふさわしい質問じゃなかったな、まぁこの部屋に入る時に使わなくて良かった。」というと、彼女は「あなたなら許すわ。」と悪戯っぽく笑いながら答えた。
それからも他愛の無い質問を繰り返し、いつもゴム草履を履いている理由を聞いた後にした質問だっただろうか。
私が「何故逆子だったものを集めているんだい?」と質問すると、「私もそうだったのよ。」と彼女は答えを返した。
この後の会話で私はボンヤリとした予測に確証を得ることになる。
そこから先の会話ははっきりと覚えていない。正しく言うなら理解できなかったと言い換えるほうが良いだろう。
私の質問に答える前置きとして彼女は「私の研究に対する原動力は主に逃避なの。」と言った。
「逆子を探していた理由はね、私自身逆子で生まれてその時に母を亡くしているの。私を産むために命を落としてまで出産をやり遂げた母を私は誰よりも尊敬しているわ。どんな偉大な研究者よりもね。」
彼女は私の目を見据えてまっすぐ言葉を紡ぎだす。
「あなたは気づいているかもしれないけれど私があなた達を使って行っている実験には、この実験には学術的な意味もなければ蓄積されるデータの整合性もその収拾の方向性も無いものなの。つまり全くの無価値なの。」
その言葉を聞いて私は私の結末の再認識をし、その結末の無意味さを新たに知った。
「当たり前よね。私が逃避したい、立ち向かえないと思うほどのエネルギーと逃げるための中心点を定めるためだけの実験なのだから。自分の出生を汚して同じ境遇の人間を貶めて、その結果として何より尊敬しているはずの母の愛をも侮辱する。そこには如何なる自己弁護も詭弁も欺瞞もかばいきれないほどの現実、私が逃避したいと思う現実が生まれるの。」
内臓をつめたい手でつかまれたように急速に体温が無くなっていく。
「そこからは絶対に逃げ出さなければならない。そう思うことで研究に対して、研究っていうのはここで行っている以外のことね、それに真剣になれるだけでは無くて、発想に飛躍が生まれるの。知ってる? 端からから聞くとフシギな皮肉だけど研究なんかの知的作業って意外と研究者の精神が重要なの。論理的思考力や観察力なんかよりもね。当たり前よね。今までにないものを生み出すんだから。野花の美しさを見つけられない人間に新たな定理など見つけられるはずなんてないものね。」
私が「なら私とのこの会話の意味は? 逃避のための準備ならただ私を消費すれば済む話なんじゃあ……」と言うのを遮るように彼女は質問に答えた。
これが確信を得るにいたった会話の中で一番私の心を抉った回答だったかもしれない。
「対象から得られるエネルギーには限りがあるの。人間の感情にもそこから生み出せるエネルギー量の限界はあるの。それが対象そのもののエネルギー量なのか、アンテナの感受限界なのかは別の話だが乞食のように吸い尽くそうとするのは自然なことだし、私が逃避で飛躍する人間なのだからなおのことだと思わない? 私だって人間なのだから全く知らない人間が死ぬより近しい人間が死んだほうが悲しいし逃避したくなるじゃない? だからこうしてあなたとお茶を飲んでいるの。」
その後の会話とどうやって部屋に戻ったかは覚えていない。
それから彼女が私を呼ぶ回数も減ったし、私がそれに答えることも少なくなった事だけは覚えている。

カチカチカチッ――
自分のボールペンの芯を押し出した後、ゴム草履は空欄のリストを革靴たちに渡し彼らを引き連れる様にして部屋のなかを歩き回った。
遅れて到着した軍服達が開いた鉄の扉の前で背筋を伸ばして立っている。
ゴム草履はペタラペタラとゴム草履と足の裏で粘着質な音をさせながら、自らの膝の間に隠れるように顔を伏せる人々の間を滑るように歩いていた。
彼女が部屋にいる人々の肩に手を触れるたびに肺から息を搾り出すような吐息が聞こえて軍服が部屋に入り彼らを拘束し廊下に並ばせる。
そんな息も出来ないほど緊張した状態が続いてしばらくするとゴム草履が「あと一人ね。」と呟き、私の前で立ち止まった。
視界にゴム草履が入り顔を思わず見上げると書類に何かを書き込んでいるらしい。
何もかも面倒になり顔を伏せようとすると、私のそばに髪の長い女が座り込んでいることに始めて気が付いた。
その髪はゴム草履のものと比べると髪を梳かした様子も無く油ぎっており、不潔で痛みきっていた。
書類に書き込み終わったゴム草履は私と髪の長い女のどちらを連れて行こうか選んでいるようだった。
私はその迷っている様子をただボンヤリと見ていた。
やがてゴム草履が髪の長い女の肩に手を伸ばしていくのに気が付いた。
そのときの私の心をいくつもの感情が支配した。

目の前で彼女以外の女をかばって死にたい。そうすることで彼女が少しでも傷つけばいい。
髪の長い女をかばうことで自分の意思を反映させたい。どうせ死ぬなら自分の意思で死にたい。毒と銃なら銃で死にたい。
毒と銃を選びたい。そうすれば、彼女がもう一度やわらかく笑ってくれるかもしれないから。

そのどの感情に揺り動かされたのかは分からない。もしかするとそのどれでもないのかもしれない。
私はゴム草履の手を取っていた。軍服たちがざわっと色めき立つ。
永遠に続くような沈黙を破るように「私が行きます。」とだけ呟いた。
ゴム草履は「そう。」とだけ呟くとドアの外に歩いていき、入れ替わるように軍服が入ってきた。

規則正しく歩く軍靴の音、うなだれ引きずる様に歩く裸足の音、相変わらず影の薄い革靴の音、そしてゴム草履の音。
鉄の扉、鉄格子、ただの扉の順に壁を潜り抜けていく。
その間口を開くものは無い。私の少し前に書類を眺めながら歩くゴム草履がいた。
グルグルと廊下を曲がり、やがて外へと繋がる長い直線の廊下を歩き出す。
廊下の先には開け放たれたドアがあり、光に満ちてその先に何があるか見えなかった。
まるでトラックの幌から出たときのような明るさだった。
先ほどまでの部屋の四隅をふと思い出す。
暗すぎる影も強すぎる光も平等に私から世界を切り離すのだ。
そんなことをふと考えた。口元から漏れるように乾いた笑いが音も無くこぼれ出た。
ふいにこちらを振り返ったゴム草履と目が合った。

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