―――血の臭いがした。
部屋の畳はおろか、障子紙、行灯の紙まで換えた。本来ならば、い草の香りが部屋に満ちているはずであった。
民親(たみちか)はあの日の鮮血を今でもありありと思い出せる。その記憶が醸し出す臭いを嗅いでいるのだ。罪の意識からなのか。民親は自問した。
そうなのだろう。しかし、それによって得たものは大きい。
「海老で鯛を釣る、だ」
 そう独り言を言って、無理に笑顔をつくった。引き攣っているに違いない。
 不意に、背中を押された。部屋で尻餅をつく。
「し、慎之助」
 まさしく慎之助であった。血溜まりに突っ伏した、あの日の慎之助であった。全身は血に濡れ、鬢(びん)は乱れている。そして、異形は真一文字にかっさばいた腹部から臓物が飛び出していることであった。
 血の臭いの元はこれであった。
「許せ、許せよ」
 民親は地に付して許しを乞うた。額にぬるりとした感覚を覚える。血であった。人肌を思わせる温さ。
「ひっ、ひっ」
 立ち上がることすらままならなくなった民親は、這って廊下に出た。
「は、母上! 母上! お助けて下され、母上ッ!」

人を殺して候。

人を殺して候。
 


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