自分とムスクラの同居日記

 自分とムスクラが出会ったのは今年の夏。ごくごく平凡な家庭で育った自分はごくごくふつうの学生生活を送り、大学卒業と共にごくごくふつうの会社員になり、ふつうの独り暮らしを送っている。身長は160cm、体重は最近計測してないから不明。趣味なし、彼氏は1人だけいた。5年付き合ったが、相手から他に好きな人ができたと言われ「ああ、じゃあ別れる?」「えっ、いいの?」「だって、他の人が好きなんでしょ?」「うん。」「じゃあ、さよなら。」と電話で話し即終了。修羅場なんてなくそれ以来会っていない。もしかしたらそんなに好きじゃなかったのかもしれない。いや、彼が自分にカミングアウトする前からわかっていたから心の整理がついていたのかもしれない。ごくごく平凡な自分にも一つだけ特技がある。それは植物と会話できること。テレビなんかではよく動物と会話できる人とかいるが、それを信じる人と信じない人がいる。自分は植物と会話できるからまんざら嘘とは思わない。しかし、対象が植物というのが地味な自分に合っているかもしれない。しかし、植物全部の声が聞こえるということは周りの人の心が読めるのと同じくらいめんどくさいと考える。なんでって、外にでればいろんな植物の話声が聞こえてくる。それは植物が人間をどう思っているかがわかるからだ。彼ら彼女らは人間が聞こえないと思い、人間関係のいろんなことを噂している。だから彼の部屋に置いてあるゆりの花とは友達だったのだ。彼がいない間に彼が女を連れていることを自分に話してくれた。彼女はピアノを習っている社長令嬢のように高らかに話しかけてくる。最初は自分が「こんにちは」とあいさつすると「こんにちは、あなたで彼の彼女は2人目よ」「へー、私は二人目なんですか。」「あら?あなたわたくしの声が聞こえるの?」「ええ、まあ。植物全員の声がわかります。」「そうなの。わたくし彼の前の彼女、つまり前の親から彼に引き渡されたの。」「親ですか?じゃあ今の彼があなたの親ってことですか?」「いいえ、わたくしの親は彼女ただひとり。だって彼はろくにお水もくれないし、土だって入れ替えてくれないのよ。本当にひどい人だわ。わたくし、人とお話できたのははじめてよ。あなた以外にもいらっしゃるのかしら。」「いえ、他に話せる人には会ったことないです。」「あらそうなの。残念だわ。でも、あなたわたくし達とお話できるなんてとっても優秀な方なのね。」「いえ、人間世界ではこれを話すと変人扱いできっと嫌がらせされるので誰にも話していません。」「そう、人は愚かだわ。人間以外とお話し出来ることがどれだけ高貴なことかわからないんですもの。あなたは特別よ。」「私がですか?」「ええ、あなたが。」「そんなこと言われたのはじめてです。私はずっと平凡な人生を送ってきたので。」「あなたにはきっと素敵な人生が待ってます。わたくしにはわかるの。」「ありがとうございます。」それから私は彼の家に遊びに行く度にミネラルオウォーターをかけてあげて、新しい土を入れ替えてあげた。それも今となっては会うことすら出来なくなってしまった。彼女は人間は植物をペットや物として扱っているがそれは植物にとっては侮辱されているのと同じだという。他の植物も口々に言っていた。だから、自分は、植物を人と同様に話かけている。そうすると喜ばれるからだ。
恋人と別れてから、つまり彼女(ゆりの花)と会わなくなってから2年の歳月がたった。昔の恋人よりも彼女の方が気にかけてしまうことがある。休みの日、よく晴れた昼にホームセンターに行った。本当はホームセンターはたくさんの植物たちがいるから行くのは避けるのだが、なぜか行きたくなったのだ。こんな事人生で初めてだ。もしかしたら彼女と話せた5年間が自分を変えてくれたかもしれない。それでも、ひと呼吸し、店のドアをあけた。クーラーの涼しい風が入ってくると「もう、寒いよ。」「人間より俺たちのこと考えろよ。」「ああ、外に出てるやつがうらやましいぜ。」「寒い地域の私たちでもこんな寒かったら痛むわ。もう、なんで人間は私たちのことがわからないのかしら。」聞こえてくる。それを聞こえないふりして通るのは至難の業である。「(ああ、やっぱり来るんじゃなかった。道具のコーナーにでもいこうか、いや外に出よう。自分でも寒い)」外にでると周りには、花を世話している従業員やおじいちゃんと孫で花を選んでる姿やカップルで部屋に置く花を選んでるのか、いちゃつきながら見ているひと達もいる。盆栽コーナーでは、趣味を広げようと老夫婦が真剣に良い物を見定めている。自分は歩いた。そして、サボテンコーナーについた。サボテンたちは基本的に砂漠にいる植物のため、この四季のある日本には耐えづらいらしい。もっと、砂漠のようなところに行きたいと口々に話している。しかし、一人だけ声が聞こえない子がいた。手のひらサイズの子で種類はムスクラである。卵のような形で緑の皮膚に白い毛がわさわさとついている。しかし、この子は下半分が茶色の毛でおおわれている。植物たちは基本的におしゃべりで、はなさない人などいない。でも、明らかにこの子は話をしていない。だれもこの子に話かけない。自分は思い切って声をかけてみた。「ねえ、なんであなたはお話ししないの?」周りにいた植物たちが一斉に静まり返った。自分(人間)が明らかに植物が話せるとわかってかけた会話だったのとこの子に話かけた両方のことにびっくりしたんだと思う。「こいつはしゃべらねえぜ。」となりでそう言った兜はサボテンの中でも価値が高くその模様で何十万もの価値がつく王様的存在でサボテンの人たちの中でも一目置かれている存在だ。「姉ちゃんは俺たちの声が聞こえるのか?」「まあ。」「そいつは、高貴なことだ。」周りの植物たちがまたざわつきはじめた。「お姉さんなら買ってもらえたら光栄だ。」「わたくしを買わない?」「おいら、寿命が少ないんだ引き取ってくれ。」しかし、自分はこの子が気になった。「ねえ、君は買ってほしいとか言わないの?」「…。」また無視された。「姉ちゃん、こいつはしゃべらねえよ。」「どうして?」「…捨てられたんだ。」また静まり返った。「捨てられた?」するとほかのサボテンが次々としゃべりだした。この子は下半分が茶色だったため、人間に気味悪がられて捨てられたのだという。「まあ、こいつが茶色いのは育ててくれたやつが手抜きをしただけなんだけどよ。俺たちはストレスが溜まると毛が白から茶色に変わるんだよ。でも、こいつは捨てられたショックがまだ抜けなくてな。でも、人間は俺たちを白くて綺麗な毛並みばっかり見やがる。」「あんたも、兜のくせしてまだ売れ残りじゃないか。」「うるせえ、俺の良さをわかる人間はそんなにいねえんだよ。お前なんか毛もない種類の翠晃冠だろ。」「あら、私は毛なんかなくとも綺麗な一輪の白い花を咲かせるのよ。」「そうよ、わたくしだって緋色の花を咲かせるわ。」「ふん。」「まあまあ。あーそれよりこの子のことなんだけど。わたし、一緒に暮らしたいんだけどだめかな?」周りはまた静まり返った。今度はだれも話す人はいない。「姉ちゃんせっかく俺たちと話せるんだ。話せるやつと一緒がいいんじゃないか?」「他の方たちもおしゃべりして楽しそうなんですけどこの子のこと気になって…だめかな?」もう一度話しかけてみる。「…別に。」周りから歓声が上がった。一度も声を出さなかったサボテンが声を出したからだ。「あんた良くこの子の声聞かせてくれたね。すごいじゃないか。あんたならこの子を任せられるよ。」

 
 自分はこのしゃべらないムスクラを買って帰った。たくさん植物の声を聞いた中であの「別に」という声は低くも透き通るものだった。自分の家に着くとすぐに入れ替えて直射日光が避けられる場所に置いた。水を霧吹きであげようとした時、「いらない。」「えっ、だって乾かない?」「俺たちサボテンは基本的に水のない砂漠で過ごしたんだ。水を毎日あげるなんて人間のエゴだ。」「ごめんなさい。」霧吹きを置き、風呂に入った。風呂に入っている時、いろいろ考えた。あの子は捨てられた。かわいそうな子?でも、犬でも人間でも捨てられてる者はたくさんいる。特に物は捨てられている。じゃあ、そのものたちは可哀想なのかな。ただ、淋しいんじゃないかな。自分は恋人に好きな人ができて別れた。自分から捨てた?いや、相手に好きな人ができたんだから振られた?捨てられた?でも、別れても淋しいなんて全然感じなかった。むしろ自分の時間が増えて良かったと本心では思っている。デートの時間とか、気を遣って男女の飲み会に行けないとかいろいろ。でも、それとは違うのかな?話せないほど傷ついたなら自分がわからないくらい凄いことなのかもしれない。風呂から上がったらムスクラは寝ていた。起こしたら悪いと思って隣の寝室にいった。次の日の朝、光が眩しい。「おはよう。」と話しかけるも無視。そのまま、支度をして会社に向かった。昼過ぎて、上司に呼ばれた。仕事で後輩がミスをしたのだ。さんざん上司に嫌味を言われた後、解散させられた。ふつうこういうことがあれば後輩は先輩に対して頭を下げるものだが、最近の若い人は謝ることを知らない。というか、ミスをミスとも思っていない。だから悪いなんて思わないのだ。ああ、めんどくさい。関わり合いたくもない。家に帰ってそのことを愚痴った。もちろん、部屋に置いている彼に。しかし、完全無視。「ホントに何もしゃべんないんだね。何でもいいから話してよ。話し相手いるのに無視されるともっとイライラする!」「…。人間なんて勝手だな。俺の育てのやつもあんたと一緒で植物と話せたんだ。」びっくりしてしばらく口がOの字だった。「たくさん話したし、奴の仕事の愚痴も聞いてやった。だけど、その愚痴を聞いているうちに俺がだんだん毛が茶色になってきたんだ。奴のうちに遊びにきたやつらは俺は気味悪がって口々に捨てろと奴にいった。俺が茶色くなったのは奴の話を聞いてたからなのに。そして、奴は俺を捨てた。いや、売り飛ばしたんだ。最後は店で客のさらしものだよ。しゃべれてもしゃべれなくても人間なんてみんな自分のことしか考えない。」「そう?そんな人ばっかじゃないと思うけど。良い人だっているはずだよ。」「ふんっ、どうせお前だって同情で俺を買ったんだろうけどいざとなったら捨てるんだろ。」「…。」その夜、寝ていると目がかゆくなった目を開けると天井が煙だらけ腕で口を抑えて寝室を出た。中に消防署の人がドカドカっと入ってきた。「早く出て下さい!火事です!」「ちょっと待って下さい。」自分は、彼を救おうとリビングに向かった。消防署の人にとめられたが「植物だって生きてるんです!放ってなんかおけません!」今、思えばあれが自分の人生最大の修羅場だったかもしれない。これがきっかけで何かか、自分と彼との関係がかわるかもしれない。いや、自分のこの平凡な人生が変わるかもしれない。そう本能で思ったんだと思う。結局アパートは全焼し、命は人は全員助かった。彼の鉢を握りしめながら燃え尽きるアパートを見た。
次のアパートは前よりもっと古くてカビ臭かった。「ごめんね。こんなとこで。でも、火事で全焼しちゃって立て直すのに3年かかるんだって。平凡な人生だったのにまさか火事に合うとはね。」「…ありがと。」「へっ?」「ありがとうって言ってんだよ。あのまま見捨てられたら俺は死んでた。」「まあ、こんな世の中人助けしないと天国いけなさそうだしね。」「俺の前の親だったら見捨てただろうな。」「思ったんだけどさ、もしかして愛情があったから手渡したんじゃない?私ね、前に恋人いて5年付き合ったけど相手に好きな人が出来てあっさりわかれたの。周りの人には結婚逃すよとかもっと泣いてひきとめればいいのにとか。でも、私には出来なかった。だって相手にはいつまでも幸せでいて欲しいし。」「それですんなり別れたのか?」「まあ、恋愛感情ないのかなとも考えたんだけどたぶんそれは…。」「それは?なんだよ。」「愛情だったのかなって。なんか長く付き合ってるうちにときめきよりも慈しむ方に変わっていったのかなって。弟を嫁に出す気分っていうか。」「それ逆だろ?娘だろ。」「まあ。あっ、だからね。たぶん、あんたの育ての親も一緒にいてあんたがダメになるの見たくなかったんじゃないかな?だから環境のいい店に手渡した。きっと元気になって欲しかったんだよ。」「…。」「さてと、風呂はいるわ。」「一日一個だけな。」「えっ?」「だから愚痴聞いてやるのは一日一個までだって言ったんだ。それ以上きいたらもっと茶色くなるからな。」「充分。ありがと。あっ、名前何?」「名前?」「そう、植物と話ができたなら名前つけられたでしょ?」「…ワフ。」「ワフ?」「毛がふわふわしてっからに読んだんだと。」「なるほど。ワフ、これからもよろしくね。」それからワフといろんな話をした。もちろん仕事や人間関係の悩みとか相談したり、楽しかったことを話したり。愚痴は一回までなら聞いてくれた。平凡な自分の人生もワフと話すと結構波乱万丈なのかもと思ってしまう。私たちは幸せだった。話相手がいるとなると世界は変わって見える。しかしある時、火事よりも大変な事件が起こる。いつも間にか一千万の借金をしていた。正確には仕事の同僚が私の部屋に来た時に保険証を盗んで私名義で借りたのだ。保険証はワフの死角になっており気付かなかったという。うなだれた。もう生きていくのも嫌になった。否、私は人間が嫌いなのかもしれない。良い人いる。だけどそれはごく少数だ。嫌な人間の方がはるかに多いだから本当に信用できる人じゃないと深くは付き合わない。そのごくわずかな人間に騙された。ふつうに生きてきたのに。痛い目に合わないように避けて通ってきたのに。どうしてこうなったんだろう。保険証はポストに入れてあり同僚は失踪した。後できいたらホストに貢いで大量の借金があったらしい。その額、一千万。「もう、死にたい。」リビングで呟いた。「死にたいなんて言うんじゃねえよ。俺たち植物は自殺したくても出来ないんだぞ。」「そりゃあんたは良いわよ。生きてても誰かに騙されたり、いつのまにか借金背負ったりしないでしょ!」「…。」「ごめん、今日は寝るわ。」「代わってやろうか?」「え?」「あんたの代わりに借金俺が返してやろうか?その代わりあんたは俺の代わりに植物になる。」自分は何考えてるかわからなくなってしまい黙ったまま簡易ベットに寝た。次の日の夜、一人酒を飲んで酔いそのまま帰った。「酔ってるのか?」「まあね。酔わなきゃやってらんないよ。」「考えたか?」「えっ、ああ。例の交換ってやつね。でも、あんた人間になったら男になるわけ?」「ならねえよなったら大変だろ。体は変えらんないから人と会う時だけあんたになりすます。ただし。」「私がフワになる…か。」「まあ、考え…。」自分は立ちあがった。あの日の夜から結論は出ていたのかもしれない。ワフと向き合った。「どうやったら交代できるの。」「いいのか?一生動けないし、俺が見捨てたらお前死ぬんだぞ。」「いいよ。ワフのこと信じてる。ワフだから信じられるのかも。それに、もし見捨てられて死ぬならそれで良い。」「手を俺に当てろ。そして想像するんだ俺になることを。」自分の体が軽くなるのを感じた。光っているまるで光合成をしているように。「ねえ、ワフ。お前じゃなくて名前で言ってみて。私の名前。」「香織。相田香織。」「ありがと。」
 
 朝。香織は寝坊していた。ベッドの角で足を打ち呻きをあげた。「やべえ、マジ遅刻だよ。」「ちょっと。その男言葉なんとかなんない?」「大丈夫。外に出てたら女完璧だから。」「ふん。」「香織なんだか俺に似てきたな。体のせい?いや、香織は俺か。」「ふん、借金ちゃんと返してる?」「おおう!今日も返済日だからばっちりよ。いざとなったらこの体で…。」「それだけはやめ。」「わかってる。せっかく頂いた体なんだし。」「あっ、聞きたかったんだけどワフって人間嫌いだよね?なんで私と交代したの?」「それは…。」「それは?」「それは秘密。じゃあ行ってきます。」ワフは出て行った。「ちょっと教えてよ!」体は動かないけど、私はずっと植物の声を聞くうちに植物になりたかったのかもしれない。私はあなたは今、生きてますか?
                            終わり

感想  home