勇気ある者



 その日もただ黙々と朝から授業をこなし、休み時間はクラスメイトと他愛もないことを話し、放課後になれば部活動に励み、家路につく、そんな普通の高校生がするような生活だったのに・・・

なぜ俺は今羽の生えた女性の目の前に立っているのだろう

待て待て待て。そう自分に言い聞かせながら今起きたことを整理する。
えーと、卓球部の練習が終わって、友人たちとコンビニで最近新しいラケットを買っただの顧問の先生の口臭がきついとかある程度ダベって、それから家に帰ろうと道を歩いてたはずなんだが・・・
いつの間にうす暗い森の中で直立しているんだ。

「あのーもしもーし意識ありますかーー、なんか失敗したかなー?」
 そう言いながら自分の目の前で手をヒラヒラさせてる女性がいる。

「あっ、は、はい意識はあるますっ!!」
あ、噛んだ
「あるますね、はいちょっとびっくりしたかな?まぁーいきなり知らんとこにパッと移動されたら何が何だかわからなくなっちゃいますよねぇ、この召喚術ちょっと呼ばれるほうに準備の時間がないからそこが難点なんですねぇー今度本部に意見書出さなきゃダメだなーこれ」
彼女はそう言うと持っていた本を閉じ、地面に置いてあったカバンにしまう

「私はこの度あなたを召喚することになった魔術協会認定特殊召喚3級魔導師のマルタと申します。今回は急なお呼び立て申し訳ありませんでした。」
「あ、は、はい」
「まま、立ち話もなんですから横の小屋でちょっとお茶でも飲みながらお話しましょう」

「タナカサトシさん…16歳…これまた若いですねーピッチピチですね!」
まるで面接を受けているような形で質疑応答が繰り返される。何気に出されたお茶が美味い
「今回お呼び立てしたのはですねーサトシさんにお願いしたいことがありまして」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい急に言われても困ります、っていうかここどこですか?!召喚ってなに?!なんであんた羽生えてんの!?」
「あ、そうですねまずこの世界についてざっくり喋る行程すっ飛ばしてましたすいませんすいません、私もちょっと不慣れでマニュアル覚えきれなくて」
ひと通り言い訳をしながら彼女は、ゴソゴソとイスの横においてあったカバンからなにかを取り出した。
「よっこらせっと、じゃあ始めますよ、お菓子でも食べながら聞いててください、コホン…なぜなにイシュタルぅ~ドンドンドンパフパフ」
なぜか紙芝居がはじまった。

「まずはこの世界についての説明ですね。この世界はイシュタルと言いまして、サトシさんが暮らしている世界とは違う世界で、もちろんサトシさんみたいな人間から、私みたいな有翼人種、獣人、竜人などの亜人やスライム、ドラゴンなどのモンスターまでいろんな生物がいますね。あ、これチキュウではなんというんでしたっけ?ファンタ?って言うんでしたっけ?そういう世界です」
ファンタ最近飲んでないなぁ

「そんな世界なんですが、やはり自分と違う存在は恐ろしいのかどうかわかりませんが大昔から亜人と人間は仲が悪くてですね、ついこの前まで切った張ったの戦争をやっていたんですよ。まぁ亜人側は「魔王」とか立てたり身体的スペックをフルに活かしてけっこう優勢にたってたんですよ。人間の皆殺しとかよくやってました。」

「もうそろそろ勝てそうかなぁーとおもってたら人間側が異世界から「勇者」を召喚して一気に亜人側が劣勢になりまして、、そこから私たち皆殺しか奴隷にでもなるのかなぁとおもったら勇者様の『おまえらは絶対お互いを分かり合える存在だ。だから戦争は終わり。とことん話し合え』という言葉で長い戦争は終わり、人間亜人手を取り合って仲良くなりました~。」
「えっ、そんな言葉だけで終わったんですか?魔王を倒して平和とかじゃなくて」

「そう!そこがポイントです!勇者には名前に負けないほどの特殊能力があったんです。それが『嘘霊』どうやらすべての異世界人に備わってるみたいなんですけど、それはどんな人・物・世界のルールでも勇者が嘘を言えばそれに従う能力なんです」
いやぁそりゃどんなに劣勢でも勝てる無茶苦茶な能力だな…っとすべての異世界人に備わってるってことは――

「あ、ちなみにこの能力には制限がありまして、自分の真の心から嘘を生み出さないと能力が発動されないので、心からこの世界から帰りたくないと思わないと帰れませんよ。」
うっ・・・思考を先回りされている。

「まぁそんなこんなで勇者によってイシュタルは平和になったんですけど、都合の悪いことに勇者様の能力を拒否できるやつらもいましてその名は「イレギュラー」この平和な世界を壊そうとしてます。」

「勇者の力によって他者を「絶対に分かり合える存在」と認定してしまってる私達はイレギュラーを倒すということはできません。そこで?!求められるのは勇者と同じ力をもつ異世界人その人!そうあなたなのです!!!!…以上異世界人案内マニュアル第1章導入でした」
「えーとマルタさん質問いいですか?」
「モチのロンなのです」
「戦争って最近終わったんですよね?ならもっかい勇者様を呼んでそのイレギュラーを倒してもらったほうが、俺より確実なんじゃ」
「あー、それがですね勇者様にお呼びをかけたんですが」
『いまブラック企業に勤めてるのでムリです。ぼくを無職にしたいんですか」
「ってNGだされちゃって」
社会の荒波は、異世界を救うことも許さないのか

「というわけで、サトシさん頼みます私達を助けて下さい」
「いやそんなこと言われても俺も学校ありますし帰りたいんですけど…」
「大丈夫です!3日間ぐらいいなくなっても学生のうちならタダの家出と思われます!ひきこもりならなおよし!」
「無茶苦茶なこと言わな・・い・・で・・?」
なんだまぶたが・・おも・・・い・・・あ、お茶が・・・こぼれ・・・て・・・

「ふーきっかし30分か、この薬いい仕事しますね。」



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