彼女はその純白の翼を赤く染めながら地面に伏していた。
その奥で人狼はこちらに気づいたようで喜々とした表情を向ける。
「おうおう、勇者様じゃねぇか!まさかそちらから来てくれるなんて嬉しいね!ちょうどそこの魔術師での遊びに飽きてきたところでさぁ、勇者様嬲り殺しにいこうと思ってたところなんだよ。」
人狼は歩きながら途中にあったマルタさんの身体に近寄り頭部を掴みこちらに顔が向くようにつきだしてきた。
「こいつがさぁなかなか諦め悪くてよぉ。魔力もほとんど回復してない中こっちに説教くれやがってよ。うざったいたらありゃしねぇよ。『止まってください』『お願いします』『やめてください』何度も何度もバカみたいに繰り返し言うんだよ」
不自然に曲がっている足や血が滴っている腕が凄惨な仕打ちのあとを物語っていた。
「ま、オモチャはこわれたら捨てるに限る。それで、また新しいオモチャを見つけて遊ぶ。これの繰り返しこそ最高の遊びだ。」
人狼はまるでゴミのように彼女の身体を投げ捨てる。
『マルタさんは今オレの腕の中にいる』
一瞬で移動したマルタさんの身体を受け止める。
こんなに…傷だらけになって…
『マルタさんそんぐらいのケガ一瞬で治りますよ。』
顔の切り傷や足の関節が戻っていく、これで…大丈夫だ
「おーやっぱ嘘霊の力はすげぇな、こらぁ楽しめそうだ腕がなるぜ」
彼女の身体を離れたところに置き、人狼のほうに向き直る
雨音がやけに耳に響く、雨の雫が目の前を通り過ぎる。
「雨は嫌いなんだよ身体は重くなるし、寒いしよ。ただ一つだけ気に入ってるところがある。殺した人間の血がゆるやかに流れていくところなんだよ。これがまたきれ~いに流れていくんだよ泥と血が入り混じった土を踏みしめると、あぁ生きているって感じがするんだ。」
イメージがこちらの脳内に沸く
「あの女を傷つけたのがそんなに許せないのか?いい顔してるぜ。だけどな、俺が好きな顔はそうじゃねぇ。昨日おまえが見せてくれたあの顔だ!恐怖が全身をめぐりすべてが止まっているあの顔がいいんだ!今からその顔が苦痛に変わり、恐怖に進化するとおもうとゾクゾクするんだ!」
厭な笑顔をしながら人狼は近づいてくる。
俺はあの宝箱を手に取る。
『この中にあるのは俺の武器だ』
「へぇーそりゃ大層なもんが入ってるのかね」
開けてみれば…たしかにいつも使ってる武器だ
「ひゃはははっは、なんだそのちっちぇ板きれ、そんなんで俺を倒す気かよ。」
おかげでちょっと心が和らいだよ。
だからこそ言える。
『おれは…おまえなんか怖くない!』
そんなわけがない怖いままだ
『こんな状況に追い込まれて心底うれしい!』
こんな人生を呪うよ
『お前を倒す自信で満ち溢れている俺は勇者以外何者でもない!』
ひとかけらの自信もない
それでも
「だからこそ、この村を救うのは俺だ!!!」
この一歩を踏み出す!
「お手並み拝見だっ!」
人狼は先日と同じくまたたく間に距離を詰めると同時に右手を振り上げている。今回はその手が地面ではなくこちらに向かってきている。
「ぐっぁ!・・・」
左手に力をいれてガードしたつもりだったが、そんなの関係なく俺の身体は飛び石のごとく4~5mは吹っ飛んだ
「バカだなぁおまえ攻撃受けたらそうなるってわかるだろ普通」
わかってたよ。左腕もあばら骨もボロボロになることぐらい。
胃液が逆流する。ハハ血が混じってるよ。
痛い。辛い。本当に人生は苦しいことばっかだ
でも…これは…受けなきゃいけない一撃だから
『こ…んなこうげ…き痛く…も痒くもない!』
全身の痛みが引いていく、息も徐々に整っていく
「やっぱ厄介だなおまえらの能力はよぉ、楽しみすぎるのも俺の悪い癖だからなー。だから今度は喉…からだな」
次は遊びがないだろう だから
『俺はどこまでも高く飛べるっ!』
踏ん張って力目一杯飛んでみる。
大地を蹴り上げ、雨を弾き、俺は曇天の空を翔ける
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
思わず叫んでしまうほど飛んでしまった。昔みたマンガみたいな飛び方だ。
「空だったら俺がついてこれないと思ったか、甘いな」
人狼も同じように飛んでくる。
『今日はとても天気いいな人狼!眩しいぐらいのカンカン照りだぜ!』
暗い空は、青天に変わり、太陽の光が人狼に突き刺さる
「うおっ…目がっ」
今…決めるっ!
『このラケットは全てを打ち返せる超特大ラケットっ!』
人狼の身体以上にでかくなったラケットを力一杯振る
インパクトの瞬間、腕が軋む。感じたことのない重みだ。
…ここで止まれるか!
歯を食いしばり、振りぬくっ。
「吹っ飛べえええええええええええええええええ!!!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
人狼はドライブ回転をしながら、流星のごとく地上にクレーターを作る。
「やった・・・かな・・・」
着地のことを考えてなかったなぁ。
風が全身を吹き抜ける。
充実感が身体を満たしてるようでまったく動く気配がない。
だけど、なにか優しい匂いがするなぁ。
「ダメですよサトシさん…勝利のあとまで考えるのが勇者ですよ」
マルタさんがその翼を大きく羽ばたかせてそう呟く
「はいっ手を出してください。勇者様」
マルタさんの手に捕まり地上に降りるとクレーターの中で人狼が伸びている。
「あの人どうなるんですか」
「これから本部に送還して私達の言葉を理解し和解してくれるまで一生裁判でしょうね。」
「それよりサトシさん、今回の契約完了されました。あと3分ぐらいでご帰宅ですよ」
「喚ぶのも急なら、帰すのも急ですねここは」
「今回の闘いで尽きたくないウソをついて無理やり戦わされて心が傷んだ瞬間もあったことでしょう。本当に申し訳ありませんでした。だけどあたなのおかげでこの村は救われました。本当にありがとうございます」
「たしかにいっぱい怖い思いもして、たくさんウソも尽きましたけど、でも…今日初めて嘘を知れた気がしました。俺が言うのも変だと思うんですけど、ありがとうございました。」
感謝の礼から身体を起こすと、彼女は屈託のない笑顔で手を振っていた。
一瞬視界がブラックアウトし、通学路に戻る。
雲ひとつない空が太陽をより輝かせている。
「あっ、制服」
「おーい、もう伸びてる演技はいいのか?」
「いいですよー余韻に浸りたかったらもっとノビててもいいですけど」
今回もつづがなく終わった。
「しかし、何も知らない幼気な少年を脅したり、殴ったり、毎回心が痛むねぇ」
「いいじゃないですか、ワタシなんてこの世界の解説からやられ役までなんでもやらなきゃいけないんですよ」
「そりゃぁ異世界にいきなり連れられてきてバケモノと戦えって言われてもなぁ、毎回思うけど召喚されるやつらの肝っ玉はすげぇよホントに」
「そうですね。だけどこれが勇者様と私達の約束ですから」
この世界が勇者と結んだ契約
『おまえらの世界はこれで平和になったけどよ。俺たちの世界はまだロクでもねぇ戦争が続いてたりするんだわ。だからよ、今度は俺らを救ってくれねぇかな。大々的にきて、俺達の世界を力で征服してくれとかそういう話ではねぇんだ。ただ――』
「『俺みたいな、都合よく正直に生きてる人間に本当の嘘ってやつを教えてやってくれ』…っかホントにそれで世界が救えるかわからねぇのに酷だねぇ勇者様わ」
「真実に突き当たって足踏みしてるより、それが嘘から始まった一歩だとしてもその歩みは確実にその人間を進ませる。世の中そんなもんでいいんじゃないっすかね」
「そんなもんかねぇ」
そう私達の嘘は、何もかもを変えられないかもしれない。
「さぁー次の人行きますよ次の人、今月あと3人ノルマなんですから!給料減らされちゃいますよ!」
それでも私たちは
「ちょっとは休ませてくれよ。」
「世界救済に休みなどいらないのだーーー」
嘘をついていく
感想
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