「怖いですよねバケモノと闘うの」
ベッドで横になりながら包帯まみれの彼女は何も言えない俺に話しかける。

「嘘でもいいから声をだす 意外とこれほどできないものはないと思っていますよ私は」
慰めてもらっている。村人にもけが人がでている。やろうと思えば俺の能力で怪我も治せるだろう。
だけど…

「いいですよケガのことは気にしなくて、けっこうな重病患者にたいして『全然たいしたことないですね本当にケガしてるんですか?』って言える神経あったらとっくのとうに敵を倒してるでしょうから」
自分のせいでこうなってるんだ 本当は嘘でも言わなきゃいけないぐらいわかってるんだ…

「そのまま聞いててください。あなた達召喚される者の人間性はわかってたつもりです。そのために私はサトシさんがリラックスできる状態でイレギュラーを迎えたかったんですが、こんなに敵が早く襲来するとは想定外でした。誠にすいません」

「こうなった以上私が充分なサポートできる可能性は極端に下がりました。協会に先ほど連絡をいれたので応援がくるまであと1日半、その間サトシさんは村人と一緒に避難してください。」
「マルタさんはどうするんですか…?」
「私はここで残ってあの人狼を食い止めます。なぁに大丈夫ですよ半日ぐらいなんとかなります。」
どうにもならないじゃないかあんなの一人相手するなんて、マルタさんは攻撃ができないのに…
なんでそこまで…

「なぜそこまでやるのかって顔してますね。私も怖いですよ自分の命かかってますから。」

「でもねー不思議なことに身体が動いちゃうんですよ。我先と誰かのためにとか平和のためにーとかね」
「勇者が放った嘘霊の力が…そうさせるんですか?」

「うーんどうでしょうね、昔からこうだったような気もするし変わってしまったかもしれません。でも」
「でも?」

「みんなの笑顔やこの世界を守りたいっていう思いが嘘の力でもいいじゃないですか、それでだれかの幸せを守れるんだったら私はウソツキ呼ばわりされてもへっちゃらですね」
強い…人だな…

「はいこのへんで私のなが~いお話おしまいです!明日は夜が明けるころに避難してもらうんですから早めに寝てください!」

そう促され寝床に入ったが色んな考えが脳内を巡ってうまく寝れない。
元の世界に帰るには、契約を完了したときと第1級魔術師の異界送りだけらしい。協会の応援がくれば帰れるようマルタさんが計らってくれるそうだ。

帰れる。
そう思うと、ある言葉が返ってくる。

じゃあ俺はなんのためにここにいる。





 前の足が動く、それに合わせて歩けばいい。
雨が森の空気を冷たくする中、俺は村人と一緒に避難している。
ケガした女性を置いて、俺は何をしているんだろう。

 村をでていくときマルタさんは笑顔だった。
「犬っころの一匹や二匹倒せなくてなにが魔導師ですか!」
精一杯の虚勢なのだろうか震えてるようにも見えた。

雨の音に混じってあの音が聞こえてくる。
狼の遠吠え…
もう来たのか。だけど、俺は逃げてしまったから関係ないんだ。
もう関係ないんだ。
歩く足が重い、まるで底なし沼に足を突っ込んでいるようだ。

「あのーすいません。サトシ様」
目の前で村の少女がしゃべっている。話しかけられるのは気まずいなこの状況だと
彼女たちからしたら俺はなにもしないでただ逃げてしまう役立たずに見えることだろう。
だが、この世界においてはそうじゃない
そうだったらどんなに楽だったか
勇者の力によってそんな思考にも陥らない彼女たちの目は、とても澄んでいた
今はその澄んだ目でも、自分にとっては苦痛でしかない。

「これ、マルタさんにしばらくしたら渡せって言われてて」
その小さな手のひらにはあの宝箱が握られていた。
これ以上おれになにをやらせたいんだ。
もうムリじゃないか逃げてしまったんだから

なかになにが…
重たいフタを開けるとそこにはなにか文字が書かれた紙切れが入っていた。
その文字が光り輝くと、言葉の意味が脳内に響いてきた
『自分の可能性を信じてください。きっと、あなたは一歩を踏み出せるはずだから』

なんだよこれ・・・じゃあなんであの時言ってくれなかったんだよ。

なんで諦めた今になって言ってくるんだよ…クソ・・・クソ!

「ああああああああああああああああああああああああああああああ」
森に自分の叫びがこだまする。一緒に避難していた村人たちも怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「すいません用事ができたので村に戻ります。」
顔をあげれば知らない風景。見ず知らずな村人たち、それらを置いて俺は振り返る

歩く足が駆け足になる。準備運動もなく走ったのはいつ以来だろう。身体が冷えていたのか関節もガチガチだ。でも走る。走らなきゃやってられない

走りながら、今一番言いたくないことを言う
『おれはあの自分が逃げだした村に戻りたい!』
戻りたくないのは当たり前だろ死にたくないし、なにより重傷の女性を置いて出ていったんだ今さら戻れるか。言い訳ならいくらでも浮かんでくる。

でも、自信がない俺の可能性を信じてくれる人がいるなら

その人が、どうしようもない窮地に立たされているのなら

救いたくないと思うのは嘘だっ!



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