4.「非日常へ」
朝のミーティング、閻羅の部屋に、閻羅、司、命、縁の全員が揃う。
話には聞いていたが司書記官長をはじめてみた、しかし顔を見たわけではない、布のお化けといった感じで顔も体型もよくわからない、声も高くも低くもないのでそもそも性別の判断がつかなかった。
ミーティングはトントントンと進んで、命から若干の抵抗があったがワークフローの全デジタル化が決定した。
命の苦手作業項目には、閻羅が個人レッスンをするということで決着した。
通常業務を扠置く訳にもいかないので、機器導入・設置・設定する時には子鬼を複数雇う事に。
買い出しは週末の休みに閻羅と命と縁の3人で行く事になった。
子鬼は仕事具合をみて、その後も継続雇用するかもしれないということで、その件は縁に一任された。
この週の業務は、掃除というかデジタル化に向けて配置の変更などをしながらとなったので平時よりも結構な重労働となった。
そして買い出し当日土曜日、いつもの様に出勤する、建物の前に初期型のNSR250Rと隣には革ツナギを着た命が居るのが遠くから見えた。
いや、あの、えっと、ちょっと待とうか、その一昔前感がバリバリのスタイルはなんだろう…えっと…昭和…。
と、どう声を掛けようかと思うながら歩いていくと一台の車に追い越された、銀色のレガシィツーリングワゴンである、しかも初代。
NSRの横で停車して窓越しに命に声を掛けている、多分閻羅であろうと思いながら、歩みをすすめる声が届くであろう距離で「あの、おはようございます」と。
「あら、おはよ」「あぁ、おはよう、時間通りだね」と2人。
「あの、みこっちゃん、それで行くの?」「え?何が?」 …今日もスーツの閻羅とアイコンタクトが成立した。
どうやらそのつもりらしい、どうしたものかと思っていると閻羅が「…命くん、その格好は、そのちょっと現世では浮くよ?」とズバリ。
局長に対して絶対的服従のようである命は一瞬にして青白くなって「す、すみません、駄目でしたか…」
「いや、あの駄目とかではないんだけど、うん、そう、僕は普段の格好の方が好きかな」微笑んで言う、命の頬が朱に染まる。
「あの、着替えてきます!」と、単車を駐輪場に突っ込んで、ロッカールームへ走って行ってしまった。
「閻羅さん上手いですね」「いやいや、だってあれじゃコスプレになっちゃうでしょ?それに彼女どうやら単車で行くつもりだったみたいで。」
「あぁなるほど、えっと運転はどうしましょう?自分がしましょうか?」「いや、いいよ、疲れたら交代しようか。」
「あ、結構遠いんですか?」「現世まで50kmぐらいで、向こうの富士山河口湖とか本栖湖の方に出るから中央高速から首都高4号入るか、混んでたら手前の高井戸で降りようか。」
どうやら片道200kmぐらいのようである「わかりました、助手席でいいですか?」「あぁうん、乗って乗って」そう言いながらドアロックを解除する閻羅。
助手席側へ回り、乗り込んでシートベルトを締めておく。
「良いですねレガシィ」「うん、普段使いとしては最高だよ、四駆で悪路も安定してるしパワーもあるし、燃費はちょっと悪いけどねぇ」
「初代って渋いですね現世だともう殆ど見ませんよ」「あぁ、道理で、こないだApple Store行くのに現世行った時に新しいレガシィ見たけど」
「無駄にデカいですよね、トヨタの資本入ったからちょっとスバルの感じ薄れましたよ」「ほぅ、そっかぁそろそろ買い換えようかなぁでもあんまり良いのがなくてねぇ」
「程よいサイズの四駆ワゴンって全滅ですからねぇ」…などと車の話をしていたら、命が小走りにやってきて「お待たせしましたぁ」と。
「よしじゃあ行こうか、乗って乗ってー」と閻羅、その時助手席に向けて命の刺すような視線を感じたが、気にしない方向で。
命はリアシートに乗り込んで、前シートの間から顔を出して「お待たせしました、それじゃあ行きましょうっ!」何故かすっかり遠足気分の命である。
こうして一行は現世へと出発した。
此方の道は基本的にガラガラである、珍しいのは馬車や荷車や様々な年式の車やオートバイが混走している点である。
現代の様式もあるか家々なども古きものが混在していて面白い。
小一時間ほど走っていると、道路標識に『この先現世↑』と出てきた。
周囲は森のようである、大きな門でもあるのか思っていたら、高速道路の料金所ゲートのようなものが見えてきた
閻羅に訊いてみる「アレですか?」「そうそう、アレを越えたらもう現世だよ」と、ウインドゥを開けながら。
ゲートで停車すると「これはこれは閻羅様、今回の御用向きはなんで御座いますか」声がかかった方を見ると、筋骨隆々とした強面の赤い大鬼が居た。
「うん、ちょっと買い物に、えぇと3人でお願い。」「はい、かしこまりました少々お待ちください。」
赤鬼はゴツい指で、何か機械を操作しているようである、少々の後に「はい、お待たせ致しました。」と閻羅にカード状の物を渡している。
「お気をつけていってらっしゃいませ」と非常に礼儀正しい赤鬼に見送られてゲートをくぐった。
ゲートをくぐっても特に何が変わるわけでもなかった少し未舗装の林道を走ってから舗装路に出た道路標識を確認すると139号、富士パノラマラインである。
どうやら青木ヶ原樹海が世界の切り替わりらしい。何故かアチラの世界へ行った時の記憶が無いのだが、まぁ死んでいるのだから当たり前なのだろうか。
河口湖ICから中央道入りし高速をひた走る、高速に乗って少しするとポツポツと雨が降ってきた。
そういえば向こうは年中曇っているので雨も久しぶりだなと思っていると、後ろの席では命が何やら雑誌を読んでいる。
「みこっちゃん何読んでるの?」と声をかけると雑誌の表紙を見せてきた、『るるぶ東京観光』…完全に観光気分か。
大月JCTを経由してさらに走る。
車内の話題として、一先ずの行き先はApple Store渋谷で機種はiMacにしようということと、周辺機器は近くのビックカメラで揃えよう、と。
周辺機器などの下調べは特にしていないので、有り物で良いだろうと言うことである。
途中、石川PAで休憩をして、今度は縁が運転で走り出す、その時に赤鬼から渡されていたカードを受け取った、それは免許証であった。
現世と同じ仕様である、偽造と言うわけではないらしい、が不思議である。
土曜の午前中なので今のところは空いている。
三鷹の電光掲示板で首都高が事故渋滞していることを知ったので高井戸で下道に降りて、後は国道20号を直進する。
西参口交差点を右折して、代々木公園を左手に見ながら少し行くと、そこはもう渋谷である、少し離れたコインパーキングに車を止めて、そこから歩いて行く。
今日の出で立ちは3人ともスーツである、で、何故か車内あった傘が・・・番傘である。
明らかに不思議な組み合わせではあるが、まぁこれから買い物するのに濡れる訳にもいかずにそれを差す、和風、渋い。
最初にApple Storeへ、iMacの上位機種を最大構成+27inchThunderboltDisplay+外部ストレージ16TB+CareProtectionを5台。
約250万円をニコニコ現金払い「あ、領収証はコレでお願い」と名刺を出し指さしながら「じゃあ後で車で取りに来るから用意しといて」と、颯爽と一軒目。
続いてビックカメラへ、Canonの一眼レフデジタルカメラを3台とEPSONのスキャナを3台、それとメモリカードなど細々したものを注文。
しかしスキャナの在庫がない、他店取り寄せで明日の午後一には入荷できるというので、それでOKを出して先に支払いを済ます。
ここでも約100万コースを現金払いである。圧巻の二軒目。
時間は昼を少し過ぎたあたり、渋谷も人でごったがえしてきた。
途中外国人の観光客であろう人に写真を撮られたりした、やはり番傘が珍しいらしい。
取り敢えずは3人で昼食を取ることに、お洒落なカフェの屋根付きオープンテラスでランチを取って煙草を燻らす。
「さて、受け取りが明日か、今日はどっかで一泊しないとなぁ」と、閻羅。
「どうします?ビジネス系のホテル取りますか?」と、縁。
「観光します?!」と、命。鞄からるるぶを取り出そうとして。2人がそれを制止する。
「まぁ基本的には2人ともお休みだからねぇ、よし!自由時間にしよう、それで明日の昼にここで再集合ね、
僕ちょっと行きたい所あるから先行くね、2人ともお金持ってる?取り敢えずコレだけ置いとくね」
とまくし立てて言いながら封筒を置いて、閻羅がサッと立ち上がる。
去り際に「命ちゃん、縁くんに現世の掟を教えといて、じゃっ」と、返事の間を与えずに行ってしまった。
残された2人はしばしぽかんと「「・・・」」、、、命がハッとして「し、しまった!閻羅様とのデートが!」
デート気分だったのかよ、おじゃま虫が居るじゃねえか、命は閻羅さん恐怖じゃなくて恋心だったのかよ、女心はワカラナイ。
「みこっちゃん、ところで掟って何?」「あぁ、生前の関係者との接触は絶対禁忌、それと此方の法律の遵守というかトラブルなよって事。」
まぁ当然のルールと言える。「でも関係者って何処らへんまで?何親等とか?」「顔を覚えている覚えられてる範囲ね。」
結構な広範囲だった、生前が芸能人だと大変だな。「じゃあこれどうする?」縁が封筒を指さして言う。
「結構な厚さね、幾らぐらい入ってるのかしら?」封筒を開けて中を覗き込みながら「封付きで100万だわ」
「そうは言ってもお小遣いって訳じゃないよね?経費はここから出せってことなのかな、領収書は十王局で良いの?」
「それで良いわよ、私の身なりでこの大金は何かあったらヤバイから10万ぐらいで良いわ、あと宜しく。」と、10枚抜いて自分の財布へ入れて残り封筒ごと渡された。
「あ、うん、みこっちゃんはどこ行くの?」「あんたとデートなんて嫌だから私もちょっと遊びに行かせてもらうわ、じゃあね」と、命も行ってしまう。
さて、という訳で、3人は別行動になったのだが、ここで1つ問題が。
縁は生前の記憶が無い、いや正確には全く無い訳ではないが親兄弟の顔や生前の仕事の記憶が抜けている。
運転などの道具の使い方などの行動記憶、倫理とか法律などの常識方面も大丈夫。
死んで以後、不便していないのだが、さて、どうするかと思い直す、親や友人の顔は見れば思い出しそうな気もするが。
しかしそれだと向こうは分かるからアウトだよな、と珈琲を飲みながら、煙草をもう一本喫んで今後の方針を考える。
紫煙を吐きながら、まぁ見つかったらスルーする、というか白を切るしか無いなと結論づけた。
クマのことが少し心配になったが、餌は多目に出してきたから大丈夫だろう。
念の為に土地勘のある方へ近づくのはよしておこう、そっちへ行けば色々思い出しそうなものだが、それも別に今となっては要らないが。
取り敢えずは今晩の宿か、明日の昼にはここに戻ってこなければならないし、まぁビジネスがとれなければ最悪は漫喫かカラオケでも良い。
明治通りは人でごった返しているので、混雑から離れようと足が文教堂へと向く、雨は相変わらず、これでも人出は少ないほうなのだろうかと思いながら店内を物色。
2冊の雑誌と1冊文庫の小説を手に取る、これで暇が潰せるな、しかし地獄の入口に居る時と余り変わらないな、と一人苦笑しつつ、会計を済ます。
鞄がないのが少し不便だと思って東急ハンズへ、そこで手頃なショルダーバッグと肌着と下着を購入した。
ざっと店内を見て回る、特にめぼしい物もない、まだ15時を回った頃である。
チェックインにはまだ早いしかし外は雨、晴れていたら公園で本でも読んでいればいいのだが、喫茶店でも入るかと駅の方へ歩いて行く。
そういえば区営の図書館があったなと思い駅を通りすぎてそちらを目指した、閉館時間を確認するとあと2時間ほどある。
先ほど買った本は夜に取っておくとして、イマイチ読みたい雑誌もないので新聞を取り閲覧コーナのソファで流し読みをする。
めぼしい記事もなく、つまらない時間を過ごしてしまった、そもそも新聞は情報が遅い。
残りの時間はセルフリファレンスコーナへ行きネットの海を揺蕩った。
興味本位で閻魔大王の事などを調べたり、現世での死後の世界観などを色々見て回った、これはすこし面白かった。
図書館を出ると雨が上がっていた空はまだ明るい、このままホテルに行ってもいいのだが、何となく雨が上がって歩きたい気分になった。
久しぶりの太陽、数カ月ぶりの現世、何かがズレている感覚、何か、何が。
分からない、理解らない。
喪失。
頭痛。
何。
縁は走っていた。
何処へ。
辿り着いた其処は学校だった。
息は上がり、汗をかいていた。
自販機でお茶を買う。
煙草に火をつける。
木製のベンチと金属製の灰皿。
授業を終えた学生が談笑している。
息を整える。
此処を自分は知っているという確信。
知った顔。懐かしい顔。
「----先生?」
聞こえない。何も聞こえない。
「・・夫ですか?大丈夫ですか?」
「あ、え、えぇ、だ、大丈夫です」
「あぁ、よかった、突然煙草落としたんで驚きましたよ」
ほんの数瞬の事だったらしい
アスファルトで煙草踏み消す
「ありがとう、熱中症かな、ちょっとぼぅっとしてしまってね」
ベンチに腰を下ろす。
暗くなってきた。
学生はあらかた帰ったようだ。
講師もちらほら帰途についているようだ。
「…縁くん?」女性が俺を呼ぶ、逆光で顔が見えない。
「あぁ、驚かせちゃったかしら、ごめんなさいね、昔貴方に似ている人が居たのよ、いやだ、本当に似ているわね、ねぇ貴方お兄さん居ない?」
「兄は、居ません。」絞りだすような声で。「・・・ねぇご飯食べに行かない?」
「え?あ、いえ」「あら、予定でもある?」
「あ、いいえ、その」「じゃあ行きましょうよ」
「…はい」
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