5.「邂逅」
少し照明が暗いぐらいでごく普通の居酒屋である。
「取り敢えず乾杯っ」「…乾杯。」生ビールの中ジョッキ。
「なぁにテンション低いわね、お酒嫌いだった?」「あ、いえ、そんな事はないのですが」
「まぁまぁここはお姉さんが奢ってあげるから飲みましょ」「は、はぁ。」
お通しでビールを飲みながら適当に頼んだ料理を待っている。
「あの、僕に似ている人の話が訊きたいんですが」確信から。
「うん、私もその話がしたいなって」応じる。
「その人はね私の教え子だったの、でも私よりちょっと歳上だったから今は34歳かな、貴方は今幾つ?」
「20代半ばです。」縁は恐れていた。
「なぁにそれ自分の年齢なのに覚えてないの?ふふっ面白いね、
もう7-8年ぐらい前かなぁ、当時新任だったんだけど、その子、いやその彼の方が歳上でしょ?でもこっちは先生で向こうは生徒だから」
「好きだったんですか?」縁は困っていた。
「いやぁ、そういう事じゃないのよ、だって新任で色々一杯一杯だったからそんな余裕もなかった、
専門学校って不思議だなぁって。彼面白いかったのよ、人間って何でもかんでも本音とか言う訳にはいかないじゃない?
人間関係とか、言いづらいこととか、有るでしょ?でもね何でもかんでも的確にはっきりと物を言うの。
まぁある意味で不器用だったのかな、でも無言の使い方も上手だったわね。ねぇ?本当に10ぐらい上のお兄さん居ない?」
「居ませんって。」縁は怯えていた。
「そっか、でも彼一年ぐらいで学校辞めちゃってね、割と仲が良かったから残念だったわぁ、その後は一度もあってないのよ
で、なんか昔のままの彼が居たみたいで思わず話しかけちゃったという訳よ。」
店員が幾つか皿を置いていく。
「あの、その人が今どうしてるかって調べられないんですか?」縁は求めている。
「うーん、無理かなぁ、個人情報保護法ってイヤね、クラス名簿とかも年度ごとに破棄しなきゃいけないのよ、特にその頃は担任じゃなかったからなぁ
あぁでもそういえば一人っ子だって言ってたわ、あ、親戚に居ない?」
「居ないですって。」縁は悩んでいた。
「そっかぁ、なんか残念、でも良いわ、飲みましょ、ほら食べて食べて!」縁の取り皿をてんこ盛りにする。
「あーあー、そんなにしないでも食べますって」縁は迷っていた。
「うん、男は食わないと駄目だぞー」そう言いながらビールを追加注文。
この女性は生前の自分を知っているのかも知れない。
しかし10年弱の空白は何なのだろうか。
解らない。
男と女は確信のないまま求めていた。求め合っていた。
こうなるのは自然な事だったのかもしれない。
ベッドの上
互いに一度果てて、その後にシャワー
今度はゆっくりとお互いを舐め合って
味わうようにどちらともなく挿れて挿れられて
没頭する
果てて、寄り添う
言葉はなく、何度も口づける
言葉にしようとしては口づける
いつの間にか2人落ちて
朝
縁はベッドに一人、水の音で目を覚ます
起き上がり煙草に火を灯す
女が出てくる、何も言わずキスをしてから「煙草味」と無邪気に
縁もシャワーを浴びる
もう一度キスをしてから部屋を出た。
「ねぇ?」女が問う
「ん?」縁が答える
「名前は?」
「どうしようか?」
「なぁにそれ?」
「・・・。」
「…そっか。」
「・・・。」
「うん、またね。」
「…あぁ。」
互いに笑顔で。
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