うそつきゲーム
「なあ、ゲームやらないか?」
そんな伊瀬來空(いせらいあ)の言葉で全てが始まった。
「ゲーム? ゲームってテレビゲーム?」
給食の後片付けをしながら健居桜月(けないさつき)が來空にそんな天然なことを言ってきた。
「さすが桜月、その天然は今日も健在だな。というかそもそも小学校にテレビゲームがあるわけないじゃん」
桜月は天然だった。だが桜月は自分が天然であることに特に気づいていないし気にもしていない。
「あ、それもそうね。じゃあこの昼休みに出来る軽いゲーム? だったらやることもなしやりたいかも」
今は給食の時間を終えて昼休みに突入したところだった。だから次の授業が始まるまでまだまだ時間があるのだ。
「よし! 決まり! それじゃああいつも誘ってくるから給食の片付け終わったらおれの席まで来てくれ!」
來空は桜月の返事も聞かずにその場を去った。
「なあ俊輝、ゲームやらないか?」
向かった先は中園俊輝(なかぞのとしき)の机だった。俊輝も給食を終えて片付けをし始めようとしていたところだった。
「ゲーム? 何のゲーム?」
「それはまだ内緒。桜月ももう誘ってあるんだ。やろうぜ?」
來空はキラキラした目で俊輝を見つめ詰め寄ってきた。
「わ、わかったからその目で近寄ってくるな」
俊輝は來空の視線を振りきり給食のトレイを持ち席を立った。
「それじゃあそれ片付けたらおれの席まで来てくれよ」
桜月のときと同様に返事を聞かずに來空はその場を去って自分の席へと向かった。
ゲーム開始の準備のためだ。
「「うそつきゲーム?」」
桜月と俊輝の声が重なった。
「そう、うそつきゲーム」
「いや、ゲームの名前はわかった。でもどういうゲームかが謎だ」
俊輝の言う通り、ゲームの名前を聞くだけではどういうゲームなのか見当がつかなかった。桜月は俊輝の言葉に同調するかのように頷いている。
それを聞いた來空は一冊のノートを自分の引き出しから取り出した。そしてぺらぺらとめくりながらとあるページを開き折り曲げて机の上に置いた。
そこはうそつきゲームと題したページだった。
「これはなに?」
桜月がそう尋ねると來空はうそつきゲームと書いてある上部の部分を指でなぞった。
「うそつきゲーム。ルールを説明する」
ノートにはうそつきゲームに関すること記されていた。
「ルールは至ってシンプル。親が思い浮かべた場所にプレーヤーが辿り着ければプレーヤーの勝ち。辿り着けなければ親の勝ち」
ノートには図が描かれていた。
親と書かれた文字の斜め下左右にプレーヤーと書かれていて、それを線が結んでいる。そして親とプレーヤーの間にVSと書かれている。
「今回の場合、おれが親で、桜月と俊輝がプレーヤーだ」
ノートに書かれた図を指でさしながら説明する。
「そして重要なのはここから」
眼差しが少し真剣になった來空がそこにいた。
「このノートの裏側に真実とうそを混ぜた十個の言葉が書いてある。プレーヤーはこの十個の言葉をもとに親が思い浮かべた場所を考えるんだ」
來空はノートの裏側が二人には見えないようにノートを持ち上げてそう説明した。
「場所の選択肢は六個。その中の一個が答えだ」
さらに六個の場所もノートの裏側に書いてあると説明を付け加えた。
「つまり、ぼくと桜月はその親である來空の思い浮かべた場所に辿り着ければいいんだな」
來空は頷く。
「辿り着ければぼくたちプレーヤーの勝ち。辿り着けなければぼくたちの負け。それであってるな」
來空は再度頷く。
「でもその十個の言葉だけで本当に來空の思い浮かべた場所に辿り着けるの?」
その疑問は当然だった。
十個の言葉だけでプレーヤーが親の思い浮かべた場所に辿り着けなければ、勝負をする前から親が勝つことが確定していることになる。それはつまりゲームがすでに破綻しているということだ。
「桜月、いいところをついてくれたな」
桜月は照れるような笑顔を見せたが、來空はそれを無視してさらに説明を続ける。
「プレーヤーは親に対していくつでも質問をすることができる。その際に親ができる回答は必ず真実でないといけない。つまり、プレーヤーが親に対して質問したときに親から返ってきた回答はすべて真実である、ってことだ」
十個の言葉とプレーヤーの質問によって親から得られた真実の答えを駆使して親が思い浮かべた場所を六個の選択肢から考える、そしてそこに辿り着けるかどうかで勝敗が決する。
これがうそつきゲームだ。
「おれがノートの裏側をオープンさせた時がゲームスタートの合図だ。質問はある?」
桜月は首を横に振る。俊輝は桜月の首を振ったことに同調するように頷いた。
「じゃあ! うそつきゲームスタートだ!」
來空はノートの裏側を机の上に広げた。
そこには來空の言った通り、十個の言葉と、回答の選択肢である六個の場所が書かれていた。
ノートの上部、先に書かれていたのが回答の選択肢である六個の場所だった。
運動場、体育館、音楽室、家庭科室、図工室、職員室。
この六個の場所から來空が思い浮かべた場所を一つ、選ばなければならないということだ。そしてその下に十個の言葉が記されていた。
1:教師が使う。
2:たくさんの生徒が使う。
3:音の出るものがある。
4:窓がある。
5:複数のボールがある。
6:テスト用紙がある。
7:準備する場所がある。
8:明るい場所である。
9:授業と関係のある場所である。
10:運動をする場所である。
十個の言葉は綺麗に順番に書かれており、とても読みやすい感じになっていた。
「これが六個の場所と十個の言葉か」
「教室だけとは限らないんだね。運動場とか体育館もある」
六個の場所は特に共通性があるわけではなく、屋内の教室や校舎とは離れた場所にある体育館、挙げ句の果てには屋内ではない運動場まで書かれていた。
「ちなみにだけど、來空はもう思い浮かべてるんだよね? その一個の場所っていうのは」
俊輝は一番重要なことをまずは來空に質問した。もしそれが決まっていないのであれば、話にならないからだ。
「当然、もう決めてあるよ。このゲームを作った時からね。だからその六個の場所にかならず答えは存在する」
「まあ、それは当然のことか。じゃあもう一個質問。この十個の言葉の中に、うそは何個含まれている?」
來空は十個の言葉に真実とうそが混ぜてある、そう言っていた。だが、真実がいくつ含まれていて、うそが何個含まれている、とまでは言わなかった。
つまり今のままでは、全部が真実かもしれないし、全部がうそかもしれない。そんなすべてを疑う状況でしかなかった。
俊輝はまず、それを打破しようと考えたのだ。
「さすが俊輝。さっそく良い質問してくるな」
來空は意表を突かれたという顔をした。だが來空はこのゲームにおいての親。質問されたことには真実で答えなければならない。
「この十個の中にうそは、二個、含まれてる。つまり、うそが二個で真実が残り八個だ」
その答えを聞いて俊輝は早速悩み始めた。來空が思い浮かべた場所を考えだしたのだ。
「ねえ俊輝。この中で、いらない選択肢とか言葉を消していくって作戦はどうかな?」
「なるほど。選択肢や言葉を減らすことで答えを導きやすくするってことか。桜月が出す案にしてはいい案だ。それでいこう。そういうやり方ももちろんありなんだよな?」
俊輝はそう來空に投げかける。
「もちろん。導き方は二人に任せる」
そう言いながら一歩後ろに下がるような仕草を見せた。
「このノートへの記入はして大丈夫なのか?」
「ああ、いいよ」
來空は自分の引き出しから筆箱を取り出して二人に渡した。
すると俊輝は早速鉛筆を取り出した。
「まず言葉から消していこう。この『教師が使う』は消して大丈夫だな」
そう言いながら俊輝は早速取り出した鉛筆での『教師が使う』に横線を入れた。
――だがその行為に桜月が口を開いた。
「え? どうして? 教師って先生だよね。だったら使うのは職員室だけでほかの場所は使わないんじゃないの? もしそれが真実だったら職員室確定になるんじゃ」
「よく考えてもみろ。教師だって授業で職員室以外の場所も使うだろ? それはつまりこの六個の場所すべてで、『教師が使う』が当てはまるってことになる。全てで当てはまる以上これは消しても問題ない」
すべての場所で当てはまるということはどの場所が來空の思い浮かべた場所であったとしても、必ず当てはまるということだ。そのことを踏まえた上で俊輝は更に続けた。
「全てで当てはまるってことは、これがもしうそだったとしたらすべての場所が違うってこになる。だから自ずとこれがうそだという可能性が消える。あってるよな、來空」
得意げな視線で俊輝は來空を見た。
「……そのとおり。『教師が使う』はうそじゃない」
すべての場所に当てはまり、さらにそれはうそじゃなくて真実であることがわかった。それはこの言葉に一切の効力が無くなったことを意味していた。
「これで言葉は一個減って九個になったわけだな。あと削れそうなのは……」
口元に手を持って行き悩みだした。
「あ、なるほど。じゃあ」
ワンテンポ遅れて理解した桜月がノートのある言葉を指さした。
「この『明るい場所』と『授業と関係のある場所』は削っても大丈夫なんじゃないかな?」
指をさしたのはその二個の言葉だった。
「さっき俊輝言ってたじゃない、教師だって職員室以外の場所使うって。それを元に考えたの。『明るい場所』っていうのは屋外である運動場はもちろんだけど、屋内の場所だって電気をつければその条件を満たせるよね。だからすべてが明るい場所に当てはまってこれも絶対に真実ってことになるよ。そうだよね、來空」
桜月は來空に回答を求めた。
「桜月の言うとおり。電気をつければすべての場所で条件を満たせるからうそだとどの場所にも当てはまらなくて破綻してしまう。だから真実ってことになる。見事だな、桜月」
えへへと言いながら桜月は笑顔を見せた。
「なら『授業と関係のある場所』も同じことが言えるのか。唯一授業をする場所ではない職員室も関係がない、ってわけじゃないからな」
俊輝は迷わず二個の言葉に横線を引いた。これで十個の言葉は七個まで減ったことになる。
「すごいな。この数分でこんなにも簡単に見破られるものなのか。でもまあ、難しいのはここからだからな。さあがんばってがんばって」
相当自信があるのか、來空は煽り文句のようなことを言い出した。
――その言葉が二人の心に火を灯した。
「俊輝、絶対に勝とう!」
「奇遇だな。今同じ事を言おうとしていた。これは負けられないな!」
一層やる気を見せた二人がそこにいた。
「來空、移動したいんだけどいい? 確かルールにはこの教室から移動しちゃダメってのはなかったはずだよね?」
ニコッとしながら桜月はそう來空に言った。確かに來空が説明したルールには移動してはいけないというルールは含まれていなかった。
教室で考えているよりも実際に六個の場所に赴いて考える、そのほうが効率がよく実際に周りを見て考えられるから答えを導きやすい。
「ほう。いいところをついてくるな。移動は別に大丈夫だよ。確かにここで考えるよりも実際の場所で考えたほうがひらめきとかもあるかもしれないな」
來空は感心していた。だが。
「え? ただわたしはそこに行ったほうがいいのかなーって思っただけだよ」
……桜月の天然が発動しただけだった。
こうして三人は場所を移動することにした。
残っている選択肢六個。
運動場、体育館、音楽室、家庭科室、図工室、職員室。
残っている言葉七個。うち、うそ二個。
2:たくさんの生徒が使う。
3:音の出るものがある。
4:窓がある。
5:複数のボールがある。
6:テスト用紙がある。
7:準備する場所がある。
10:運動をする場所である。
移動した先は運動場だった。
運動場は昼休みということもあり生徒で溢れかえっていた。ドッジボールをするグループやキックベースをするグループ。運動場に備え付けてあるうんていやブランコで遊んでいる者など様々だった。
「ところで、なんで桜月は運動場を選んだんだ?」
移動を提案したのは桜月、そして場所を指定したのも桜月だった。六個あった場所のうちなぜここを選んだのか來空には些細だが疑問に思えたのだ。
「運動場だけ屋外だったから、かな」
……どうやら深い理由はなかったようだ。
「だが桜月の提案はかなり良かったかもしれない。実際にここに来てみると教室にいた時よりもいろいろな考えが浮かんでくる」
桜月の提案ではあったが、その恩恵を一番に受けたのは俊輝だった。
「俊輝はもう何か浮かんでるみたいだな。ただ制限時間を忘れるなよ、とだけ助言しとくよ」
そう言いながら來空は校舎に備え付けられている大きな時計を見た。昼休みの時間は刻一刻と過ぎて行っている。
「ん、確かに。制限時間は昼休み中だったな。すっかり忘れてた。ならすぐに本題に移ろう。桜月、ノート」
桜月がノートを持っており、それを俊輝に手渡した。俊輝はノートと運動場周辺の状況を見比べていた。
「『音の出るもの』『窓がある』『テスト用紙がある』『準備する場所』の四個が当てはまりそうにないな。でもうそが含まれているのは二個だけ。これじゃあうその数が当てはまらないんじゃないのか?」
「――俊輝何言ってるの?」
俊輝の言葉に桜月は疑問符を浮かべた。
「え? 何って。四個当てはまらないことがあるからここが正解の場所だった場合四個うそが混ざってるってことになるだろ。でもうその数は二個って確定してるわけだからそれじゃあうその数がおかしいって」
「――うそ、一個しかないじゃない」
俊輝はその言葉を聞いて固まった。
「『音の出るもの』はよく先生が体育の授業で笛吹いてるじゃない。『準備する場所』はここで準備運動するでしょ? 『窓がある』だってほら」
桜月は校舎を指さした。
「窓、あんなにいっぱいあるじゃない」
俊輝は唖然としていた。俊輝の中にはなかった発想ばかりだったからだ。
だが、どれもが言われれば納得がいくものだった。
「だから『テスト用紙』以外は全部当てはまるから運動場でのうそはあの中で一個だけ。でもそれじゃあうそ二個あるっていうのに当てはまらないから、運動場は答えじゃない」
そう言って桜月は來空を見つめた。
「――いい着眼点だ。よくそこに気がついたな」
感心している來空がそこにいた。
「まさに桜月の言うとおりだ。『音の出るもの』は笛。『準備する場所』は準備運動をする場所の意。そして『窓がある』は運動場から見える校舎の窓のこと。誰も運動場に窓がある、とは言ってないし書いてもないからな」
桜月の推理は全て当たっていた。
「よって、運動場はおれの思い浮かべた場所じゃない。桜月にこの点は完敗だな」
運動場に移動しただけでこんなにも簡単にそして完璧に推理されるとは來空も想像していなかったのだ。しかも天然である桜月相手だったから尚更だ。
――そんな桜月の完璧な推理を聞いた俊輝の心は火が灯ったどころか、完全に燃えがっていた。
「それなら体育館! ここも除外できる!」
俊輝は桜月に負けじとそう言った。それは感情むき出しの声だった。
だが俊輝は感情だけで意味もなくそんな発言はしない。そのことは來空が一番良く知っていた。
「聞こうか、俊輝。なんで体育館も除外できると思うんだ?」
「単純に考えれば、『音の出るもの』『テスト用紙』『準備する場所』ってのがうそに値する言葉だ。だがさっきの桜月の言葉を借りて言わせてもらえば、『音の出るもの』は笛で説明がつく。『準備する場所』も準備運動で説明がつく。が、『準備する場所』の言葉はそれだけじゃ終わらない」
俊輝の話の重要なところはこの先だった。
「準備運動で『準備する場所』の説明がつくのだとしたら、準備と名のつくものがその場所に存在すれば条件をクリアできるってことになる」
ほお、と小さく來空は口にした。
「え? え? どういうこと?」
「例えば職員室。ここは運動場や体育館みたいに準備運動はできない。でも、授業を準備する場所、と置き換えると、準備運動とはまた違った理由で『準備する場所』の説明をつけることができる」
俊輝は得意げな顔で來空を見た。
「さらに他の場所もそんな理由で説明がつく。なにせ、音楽室、家庭科室、図工室。全部の場所に『準備室』があるんだからな」
……來空はため息を漏らした。俊輝の説明が完璧だったからだ。
「当たりだ。俊輝の説明は正しい。とりあえず俊輝の言うとおり、体育館も除外しても大丈夫だ。そんで、『準備する場所』も俊輝の説明通りの理由で全部に当てはまるから真実ってことで除外しても大丈夫。もうこれは今更隠してもしょうがないからな」
來空はしてやられたという感じの表情を浮かべていた。これで残る言葉は六個となった。
「これがぼくの実力だ。見たか! 桜月!」
桜月に胸を張った俊輝がそこにいた。
だが、それはまったくもってする意味のない行為だった。桜月は同じプレーヤー、仲間で。対戦相手である親は來空なのだから。
「……とまあ、一瞬取り乱しはしたが、これで選択肢の場所が四個。そして言葉が六個になったわけだ」
次の瞬間にはいつもの俊輝に戻っていた。それでこそ俊輝だ。來空も桜月も心のなかでそう思っていた、に違いない。
俊輝が冷静になったところで三人は運動場をあとにした。
残っている選択肢四個。
音楽室、家庭科室、図工室、職員室。
残っている言葉六個。うち、うそ二個。
2:たくさんの生徒が使う。
3:音の出るものがある。
4:窓がある。
5:複数のボールがある。
6:テスト用紙がある。
10:運動をする場所である。
次に三人が辿り着いたのは家庭科室だった。提案したのはまたもや桜月で、その理由はと言うと。
「だって家庭科室だけ、漢字にしたら四文字でしょ?」
というよくわからない理由だった。
だが特にどこに行けばいいか判断の付け所が難しかったので桜月の提案どおり家庭科室に行く事になったのだ。
授業をおこなっていない家庭科室はひっそりとしていた。
「結構久々にきたね、家庭科室」
「そうだな。最近家庭科の授業なかったからな。テスト勉強のために教室で――あ」
桜月の言葉にそう言って途中で來空は口を噤んだ。だがそれを見逃さなかった人物が一人いた。
「なるほど、な」
俊輝だった。
「え? 何か分かったの? 早く言ってよ! 気になる!」
桜月は俊輝が何に気づいたのか早く知りたかった。
「今來空は最近家庭科室に来ていない、テスト勉強のたに。そう言った。その事自体にはまだ何も含まれていない。問題はこの先だ」
俊輝は家庭科室に置いてあるミシンの前まで行った。
「家庭や図工、音楽にもテストはある。だけど、特別教室で受けるテストは実技のテストだけ。つまり、そのテストでは『テスト用紙』は使わない。だから家庭科室、図工室、音楽室においては『テスト用紙』はかならずうそになる! どうだ!?」
自信をもってそう言い放った。來空の答えは……?
「――おれは自分のミスを恨むよ」
どうやら俊輝が自信をもって言い放ったことは間違っていなかったようだ。
「『テスト用紙』は家庭科室、図工室、音楽室においてはうそになる」
ニヤッ、そんな表情を俊輝が浮かべた。
「來空、ありがとう。うそがどれなのか教えてくれて」
その言葉を聞いた來空は俊輝にそう言われてから自分の犯した過ちに気付いたようだった。
「家庭科室、図工室、音楽室においてはうそ、と言ったが、その三個の教室でうそが成立するってことは他の場所、職員室でもうそが成立するってことだ。と、いうことは?」
「『テスト用紙』が一個目のうそ確定ってことだね! 俊輝すごい!」
桜月はその場で飛び跳ねて喜んだ。
――だが俊輝の言葉はこれだけでは終わらなかった。
「『テスト用紙』がうそ確定したってことは、確実に『テスト用紙』がある職員室、この場所はもう除外できる。そうだよな、來空」
もううなだれるしかなかった。
「……全部俊輝の言うとおりだ。あーなんであんなこと言っちゃったかなー……」
後悔してももう遅かった。
だが俊輝の勢いはまだまだ止まらなかった。
「図工室もこの場で消去してしまおうか」
俊輝は自信たっぷりにそういった。
「『複数のボール』と『運動をする場所』だよね、俊輝」
だが先に口にしたのは桜月だった。
「図工室に『複数のボール』は存在しない。『運動をする場所』でも勿論ない。『テスト用紙』がすでにうそってわかってるから、さらに二個うそが存在するってことはおかしい。ってことで図工室は回答から除外できる! どう? どう?」
俊輝が言おうとしたことを横取りする形になったしまったが、桜月の言うことは正解だった。
もう『テスト用紙』がうそだとわかっている以上、あと残るうそは一個だけ。なのに図工室は言葉の中に当てはまらない二個のうそが隠れている。それは明らかにおかしいことだった。
「……負の連鎖って怖いな。正解だ。図工室はおれが思い浮かべた場所じゃないよ」
「やったあ! これで答えは音楽室と家庭科室のどっちかだね! あとはもう簡単だね!」
――だが俊輝はそうは考えていなかった。一番難しい二択が残ってしまった、そう考えていた。
残っている選択肢二個。
音楽室、家庭科室
残っている言葉六個。うち、うそ一個。
2:たくさんの生徒が使う。
3:音の出るものがある。
4:窓がある。
5:複数のボールがある。
6:テスト用紙がある(うそ確定)。
10:運動をする場所である。
「來空、再度確認の質問。うそは一個確定したからあと残ってるのは。『たくさんの生徒』『音の出るもの』『窓がある』『複数のボール』『運動をする場所』だよな。この中にうそは一個だけしかないんだよな?」
俊輝は終盤に差し掛かった今、確認の意味を込めて來空にそう質問した。
「ああ。親であるおれは質問に対しては真実しか言えないからな。うそはその中に一個だけしか含まれてないよ」
「でもそれだと音楽室にも家庭科室にも当てはまらないんだよ」
俊輝の説明はこうだった。
一個のうそ候補は『運動をする場所』だった。これは音楽室と家庭科室両方に当てはまるうそだ。理由はもちろん、どちらの場所も運動なんてする場所じゃないからだ。
だがうそ候補はもう一個あった。それは、『複数のボール』だった。俊輝の頭の中には音楽室と家庭科室両方にボールと名のつくものが当てはまるものがなかったのだ。
しかし來空はあの六個の中にうそは一個だけだと質問に対する回答でそう言った。プレーヤーからの質問で親は真実の回答しかすることができない。つまり來空の言っていることは正しい、うそは一個だけということだ。だがそれでは俊輝の考えと矛盾してしまうのだ。俊輝の考えでは六個の中にうそが二個存在しているからだ。
「もしかして切り捨てた場所に本当の回答があって、それを切り捨ててしまったから回答に辿り着けないでいるのか? でも一回一回しっかり來空に確認を取って切り捨てていっていたはず。來空の言うことは真実しかないのだから確認をとって切り捨てたものに間違いはないはず。となると……。確認をとらないで切り捨てた何かがある?」
俊輝の頭は混乱していた。どう考えても今の考えだけでは回答に辿り着けないでいたからだ。
そんな中、桜月は一人で家庭科室を徘徊していた。桜月は家庭科クラブにも在籍していて、料理が特技というほど料理が好きだからだ。
「あー調理器具いっぱいあるー。あー料理したいなー」
最近家庭科室に来ていなかった反動でか、珍しくもない家庭科室を物色し始めた。
うそつきゲームのことをすっかり忘れた様子で。
だが。
「フライパン! あー出汁巻き玉子作りたいなー」
その物色が。
「鍋! 煮物とかもしたいなー」
――俊輝にひらめきを与える結果となる。
「あ、ハンドミキサーもある! これでケーキとか焼きたいなー。――ボウルもあるし」
「ボウル?」
反応したのは俊輝だった。だが來空も遅れてその声に反応した。
「桜月! 今ボウルって言ったか!?」
俊輝はそう桜月に詰め寄った。その手にはしっかりボウルが握られていた。
「う、うん。これでしょ、ボウル」
俊輝の中で答えが固まった。
「桜月、うそつきゲーム。ぼくたちの勝ちだ」
「え? 來空が思い浮かべた場所分かったの?」
「ああ! 完璧だ!」
うそつきゲームを勝利で終わらせるための材料は、俊輝の頭の中で揃っていた。
俊輝は桜月と來空に見えるようにノートを机に置いた。そして説明を始めた。
「まずは音楽室。音楽室は『運動する場所』が一個のうそ。そして『複数のボール』がもう一個のうそに当てはまる。鉄筋や木琴の叩く棒の先にボールのようなものがついてはいるが、あれはボールじゃない。他にもボールのようなものを探したけど、音楽室でボールは思い浮かばなかった。だから『複数のボール』もうそと言うことになる。ということは音楽室は残り一個のうそに当てはまらない二個のうそが存在することになり、音楽室は選択肢から除外されることになる」
音楽室の説明を終えると一旦深呼吸をした。來空と桜月は口を挟もうとはしない。俊輝の推理の続きが気になるところではあるが、ここは口を挟んではいけないという空気を二人とも読んでいるのだ。天然である桜月ですらも空気を読めるのだから緊張感はマックスに近い。
「次は家庭科室だ。ぼくはさっきまで『複数のボール』と『運動をする場所』の二個がうそだと考えていた。でもそれだとあとうそは一個だと言っていた來空の真実とは違ってしまうことになる。だから迷ってたんだ。でも桜月のさっきの言葉で答えは導けた!」
そう言って桜月に出すように支持した。桜月が持っていた、――ボウルを。
「これが『複数のボール』の正体だ! このボールっていうのは調理で使うボウルのことだったんだ。しかもここは家庭科室。ボウルなんて複数存在する。よって家庭科室でのうそは『運動をする場所』の一個だけになる」
鉛筆を持ち、一個の教室に円で囲んだ。その教室がプレーヤーである俊輝と桜月のチームの導き出した、辿り着いた答だった。
「――家庭科室! ここが來空の思い浮かべた場所だ! どうだ! 來空!」
緊張感が走る。
「これが、プレーヤーが出した答え、ってことでいいんだな?」
うそつきゲームの勝敗が決る瞬間。
「ああ! ぼくはこれ以上の答えはもう知らない!」
「わたしも! 俊輝が言うんだもん、絶対当たってるよ! 俊輝を信じる!」
プレーヤーの答えは固まっている。
果たして勝者は――。
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