「ささ、野口さん、ここに名前を書いてください」
翌日の放課後。野口がオカルト研究会の部室に顔を出すや否や、まどかが1枚の用紙を差し出した。入部届である。既に部長の認可欄にまどかの名前が書かれていた。
「……まだ入るとは言ってないぞ」
「昨日あれだけ大見得を切っといて何とぼけたことを言ってるんですか。それに、俺たちオカルト研究会が!と高らかに言ってたのを忘れたとは言わせませんよ。野口さんはもう立派なオカ研の一員です」
少し発言が脚色されている気がする、と思ったそのとき、野口は眠気に襲われた。昨日の夜、校舎の1階廊下で感じたものと、同様のもの。まさか、と思いつつ、眠りに落ちないよう膝をつねる。
「このぐらいの暗さがあれば、出現することは出来るようね」
部室の隅、日の光が届かない位置から声がする。まどか、瑠乃、野口の3人が目を向けると、そこにはかんなが現れていた。
「おや、かんな先輩。こんにちは。夜じゃなくても出てこれるんですね」
まどかが軽い調子で挨拶を交わす。瑠乃ともども眠たげに見えないということは、かんなは野口の力だけ奪ったのだろうか。
「このぐらいの時間で、日の光にさえ気をつければ、ね。ところで、昨日の話は本当なんでしょうね?」
かんなの質問に、まどかはニヤリとする。瑠乃は棚から4人分のケーキ皿を取り出した。
「ええ、もちろんですとも。それにかんな先輩の記事を書くのはこの野口さんですから」
「おいちょっと待て、いつそんなことが決まった?」
野口が異を唱えると、部室の扉がおそるおそる、開かれた。
「彩ちゃん!来てくれましたね!」
まどかが子犬のようにはしゃぎ、扉の影から室内を覗き込んでいた彩の手を引く。
「ちょ、ちょっとまどかさん、そんなに引っ張らなくて、も……」
彩が部室の隅に目をやり、驚愕の表情を浮かべる。そして目を伏せた。昼休みに、まどかは彩に事件の顛末を全て話した。そのうえで、今後顧問として協力して欲しい、と頼んだ。了承してくれるなら、放課後に部室に来るよう伝えていた。
部室に沈黙が訪れる。それを破ったのは、腕を組み彩を真っ直ぐと見据える、かんなだった。
「川口先生、ひさしぶり。雄介さんは、元気?」
その声音は優しく、ただただ再開を喜んでいた。彩は顔を上げ、かんなと見つめ合う。笑顔ではあったが、目には涙が浮かんでいた。
「うん、元気だよ。それに今は私も斉藤なの」
そういって、左手を掲げる。
「そう、おめでとう」
簡潔ではあったが、その祝福の言葉は彩にしっかりと届いた。
野口はまどかから入部届を受け取る。ボールペンを取り出し、名前を書いた。瑠乃は5人分のスポンジケーキを切り分けていた。
「ほら、これでいいだろ」
書き終わると、野口は用紙をまどかに渡す。まどかは野口の名前を確認すると、満面の笑みで告げた。
「やりましたよ瑠乃!新入部員です!」
フォークを用意しながら、瑠乃が頷く。
「さあ彩ちゃん、ここに名前をお願いします!」
白衣からボールペンを取り出し、彩に渡す。そう急かさないで、と苦笑しながら、彩は椅子に座り、名前を書き出す。
「懐かしいわね。昔を思い出すわ」
瑠乃に渡されたスポンジケーキをつつきながら、かんなが告げる。書けたよ、と彩が入部届をまどかに渡した。まどかは再び満足げな笑顔を浮かべる。
「これで3人揃いましたね!では、改めまして野口さん」
まどかが野口を見つめた。他の3人も野口に視線を向ける。まどかはひとつ咳払いをし、告げる。
「オカルト研究部へようこそ!」
差し出されたまどかの右手を、野口はしっかりと握り返した。
感想
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