3人は難なく夜の校舎に忍び込んだ。今度は靴下で滑らないように上履きを取りに行かなければ、と野口が告げると、普段その場所で履きなれているものを履くのは当然ですよ、とまどかにたしなめられた。途中、瑠乃が水道でバスタオルを濡らした。
 1階廊下、野口のクラス、1年1組の教室の前に差し掛かる。野口のロッカーは相変わらずへこんでいた。扉が開きかけていたので、閉めようと野口が手をかけた。その時。全ての窓は閉めきられているにもかかわらず、3人の背後から一筋の風が吹き抜ける。それと同時、強烈な眠気がそれぞれを襲った。来る。濡れタオルで顔を拭く、自身の頬を叩く、膝の肉をつねる、それぞれのやり方で眠気を覚まそうとする。正面へ視線を向けると、暗がりの中、ぼんやりと白く発光するもやが漂っていた。もやは次第に凝縮し、人の形を成していく。初めに輪郭線を描き、身体の起伏、制服や髪の毛、睫毛の1本1本までも細かく形成し、最後に真っ白な姿から滲み出るように色がつけられる。しかしその色合いは薄く、儚いものに見えた。
「こんばんは、かんな先輩」
 まどかが笑いかけようとする。しかしその笑顔は歪んでおり、こめかみから一筋の汗がつたう。対して、たった今虚空から出現した女生徒は、余裕の表情を浮かべ答えた。
「こないだ、私にひどいことした子たちね。面識はあったかしら?」
「お、おい、喋ったぞ?喋るのか?というか今どっから出てきた?どういうことだ?」
 混乱しきる野口に向け、瑠乃は真剣な表情で自身のタオルを広げて見せた。「あわてるな」、野口はその日一番役に立つ言葉を目にした気がした。
「自己紹介が遅れました。私はオカルト研究会の部長、井上まどかです」
「おなじく、副部長の日野瑠乃。よろしく」
 まどかはスタンガンを取り出し、瑠乃はタオルを両手で持ち、構えている。
「そう、じゃあ私の後輩になるのね。よろしく。そちらは?」
 野口は視線を向けられ面食らった。まどかに促され、名乗る。
「野口政隆。えーその、ここの、1年1組だ」
 1年1組と書かれた表札を指差す。
「彼は部員ではないの?」
 女生徒がまどかに尋ねる。
「ええ、まだ仮入部です」
 野口は不満げな顔をまどかに向け、文句を言おうとしたが、くすくす、と小さな笑い声が聞こえ、遮られる。その声は脳の奥底まで届き、頭の中を這い回るような不快感を3人に与えた。
「面白い子たちね。……もうわかっているとは思うけど、私は有村まどか。5年前この学校を卒業し、そして自ら死んだ、あなたたちの先輩。そして、ふふ、今は幽霊、とでも言えるかしらね」
 よろしくね、とにっこり微笑む。それはこの世のものとは思えない美しさを備え、同時にこの世のものとは思えない恐ろしさを合わせ持っているようだった。
「ここに来てくれたのは、小春の記事を読んでくれたからでしょう?」
「ええ。あれが小春先輩じゃなくてあなたが書いたものだということも調べがついてます」
 かんなが目をぱちくりさせる。現れてから初めて、ほんの一瞬だけ、隙を見せた。
「そう。小春ったら、誰にも言わないように伝えたはずなのにね」
「今日来たのは、かんな先輩にお尋ねしたいことがあるからです」
「何かしら?なんでも聞いてちょうだい」
 くすくす、またあの嫌な笑い声が響く。かんなの口から聞こえるのではなく、廊下全体から反響するようにさえ感じた。
「あの記事を読んだ者は、誰しもが新任の女性教師に恋人を奪われ、失恋の末、自殺した女子生徒が未練を抱き、夜の校舎に幽霊として現れる、と受け取ってしまいます。しかし実際はそうではありませんでした」
 かんなは半歩下げた右足に体重をかけ、腕を組んだ。聞く姿勢に入ったと判断したまどかは、話を続ける。
「小春先輩が言うには、あなたが3年に進級した時には、もう斉藤先生とは別れていたのではないか、とのことです。そして斉藤先生と彩ちゃんが付き合いだしたのが夏休み以降。しかし記事には夏休み以降、あなたの様子がおかしくなっている、と書いています。斉藤先生との関係は公言していなかったようですから、破局した時期がいつか、なんてことは周りが詳しくわかるわけがありません。ですから別れた時期のミスリードを誘うこと、あたかも彩ちゃんがあなたから斉藤先生を奪ったように読ませることは十分可能です。しかし自分の起こした行動、それについて嘘を書くわけにはいけません。あなたは本当に成績を落とし、友人とも積極的に関わることを避けていたのでしょう」
 まどかが眼鏡を押し上げる。かんなは変わらず薄ら笑いを浮かべたままであった。月に雲がかかり、廊下に立つ4人に影を落とす。
「そこで私はこう仮説を立てました。あなたと斉藤先生が別れたのは3年生の4月前後。失恋は辛かったかもしれませんが、成績を落としたり普段の友人への振る舞いがおざなりになったりなどせず、自身の胸の内に秘めたまま、それまでと変わらない学校生活を送っていました。しかし夏休み明けに斉藤先生と彩ちゃんが交際し始めたという話を聞き、ある考えを閃きました。そして恋人を新任の教師に奪われた女子生徒、という自分を演じ出し、わざとそのように振る舞ったのです」
 まどかはスタンガンを左手に持ち替え、白衣で右手を拭う。
「受験までも、失敗したかのように見せました。そしてあの記事を書いて小春先輩に渡し、卒業式の翌日、自殺しました。全ては……」
 まどかはひとつ、息を吐く。次の言葉をつむいでもいいのだろうか。かんなが描いた、全ての登場人物を辱める、嘘のシナリオ。目を閉じる。まぶたにオカルト研究会顧問、彩の屈託のない笑顔が映った。あの笑顔は、ただ1人の欲求のために穢していいものではない。目を開き、かんなを見据える。
「全ては、かんな先輩。あなた自身がこの学校の怪異になるためです」
 月が雲を抜けた。月明かりに照らされ、まどかの眼鏡が光り輝いた。
 かんなは口元に右手を当て、視線を下に向けている。かんなを見つめる6つの目。自身の心臓の音さえ聞こえる程の静寂が、校舎1階廊下に満ちていた。このまま夜が終わるまで、沈黙は続くのではないかと思われたが、かんなの笑い声がそれを打ち破る。最初はあの脳を這い回る、小さな声。それは次第に大きくなっていき、ついにはかんなは天井を見上げ、抱腹した。校舎全体に響き回るほどの声量にあてられ、野口は一歩後ずさった。
「はは、はあ。4年もかかったけれど、こんな後輩に出会えて幸せだわ」
 息を整えながら、かんなは目尻の涙を拭う。隙だらけに見えたが、まどかと瑠乃は動くことが出来なかった。
「ええ、その通り。まさか最初の目撃者に見抜かれるとは思わなかったけれどね。どうせなら悲恋の幽霊として、もっと広くに恐怖を与えたかったわ」
「やはり私たちが最初の目撃者でしたか。厳密には野口さんなんですけどね」
 野口のワイシャツは既に汗でひどく濡れていた。
「やたらと攻撃的だったのも、そのためですね」
 かんながまどかに向ける視線は、まるで想い人を見つめているかのよう、いや、それすらも超えた淫靡なものであった。
「ええ、そう。ようやく誰かの前に姿を現すことが出来たんだもの。ただ立ち尽くしているだけより、生徒を襲ったほうが、噂の広まりも早くなるでしょう」
 かんなを睨み付け、まどかは言う。
「なぜそうまでして、幽霊になりたかったのですか」
 かんなは表情を曇らせ、まどかを見つめた。
「あなたならわかりそうなものなのにね。なら、なぜあなたはオカルトに関心を持っているの?」
 ひとつ息を吐き、質問に質問で返すのは感心しませんが、と前置きした後、答える。
「神秘的なものへ対する好奇心や探究心、憧れ、同時に畏怖の念、そうした感情のもと、真実を垣間見たときの愉悦、といったところでしょうか」
 かんなの顔が明るくなる。しかし、まだ物足りないといった様子だ。
「ええ、そうね。心が躍るわ。でも、本当にそれだけ?こうは考えたことはない?」
 冷たい風が吹き渡った。まどかと瑠乃は反射的に後ろへ飛び退る。野口はただ、震える足を押さえることしか出来なかった。
「自分自身がオカルトになる。これこそがオカルトに魅入られた者の至高の喜びだって」
 両手を広げたかんなの口が、裂けるように広がっている。野口の脳が逃げろ、と激しく警鐘を響かせる。しかし体がその命令に従わない。従うことが出来ない。
「それは、いくらなんでも異常……」
 これまで沈黙していた瑠乃の口が思わず開く。構えた自身のタオルの文字。いつも心に留めていたその言葉を、そのとき忘れてしまっていた。
「異常?どうして?」 
 一歩、右足を前に出すかんな。
「あのとき、私の目の前には舞台が整っていた。主役は私。脚本は小春の名前を借りた、私。出演は雄介さんや川口先生、私に好奇の目でもって近づいてきた、噂を吹聴する生徒たち。観客はこれから先、この学校に通う生徒、教壇に立つ教師たち全て。わくわくしたわ、ぞくぞくしたわ!昂ぶる感情を抑えながら、失恋で病んでいく女生徒を演じたわ!全く苦にはならなかった。私は怪異になれるんだもの。小春に渡す記事を書きながら笑いが止まらなかったわ。私は怪異になれるんだもの。校舎の屋上に立ったとき、笑いが止まらなかったわ。足を踏み出すとき、落ちていくわずかな時間、ちっとも死が怖くなかったわ。だって、私は怪異になれたんだもの!」
 かんなはゆっくりと、3人に近づいてくる。3人はかんなが近づいてきた距離と同じだけ距離を離す。考えての行動ではない、そうさせられているような感じがした。
「そんな舞台が目の前に広がっていたら、あなたもそうするでしょう?ねえ、そうでしょ?」
 まどかはとんでもないものの秘密を暴いてしまったと思った。同時にこれはまどか自身が解決しなければならない、その責任が自分にはあるとも考えていた。
 瑠乃はそのまどかの考えを汲み取り、自身はその手助けに徹しようと、バスタオルを握りなおした。
 野口の頭にはまどかが示したかんなの行動、そして目の前の怪異が見せ付けてきた狂気、今日まで集められた情報、その全てが渦巻き、混沌としていた。その中、何かひとつ、引っかかるものがあったが、そのときはまだわからなかった。
「全くもって、理解出来ませんね……」
 本当は少し魅力的ではあった。しかし今のまどかから見ると、かんなの考えは間違っているように映った。
「だいたい、自己中心的過ぎます。確かにあなたはオカルトになるという、目的を達しました。しかしそれは……」
 いつか、まどかは彩に言ったことがある。たまには部室に来てください、と。その、断るときの彩の表情、声色、仕草が今でもはっきりと思い出される。もしかしたらまどかの思慮が足らなかったのかもしれない。しかしまどかは彩との関係を、ただ鍵の貸し借りをするだけで終わらせたくない。この彩が顧問となってくれた縁を、楽しみたかった。大事にしたかった。事実、野口が加わったこの2日間は、これまでとは違うとても愉快なものとなった。その輪に彩が加わってくれたら、どうだろうか。けれどもオカルト研究会と斉藤彩との溝は、深い。その元凶が目の前にいると思うと、とても愉快ではいられない。かんなに自己中心的だと言っておきながら、と心の中で自嘲する。とはいえそれがまどかの答え、行動原理であった。
「しかしそれは、他の誰かを穢し、傷つけてまで、達成すべきものだったでしょうか」
 かんなは首をかしげた。表情から笑いが消える。
「それがなに?そんな些細なことを気にしてるの?」
「些細なこと?今もなお生きている人を貶めるのが、些細なことですか?」
 まどかが語気を荒げる。かんなは冷酷な視線を送る。
「私は怪異となって、永遠に、この校舎に君臨し続ける。それに比べたら、生きている人間が穢された、なんてどうでもいいわ。いずれその者が死ねばそんな考えは意味がなくなる。私は、美しいわ。未来永劫、人々に語り継がれる。これ以上尊いことなんて、あるのかしら。一度も死んだことのないあなたには、わからないかもね」
「ええ、わかりたくもないです」
 まどかは距離をとることを止めた。スタンガンの出力を最大にする。
「そう、最初はすごいあなたに期待してたのにね。残念だわ。このまま帰しちゃうと、私の思惑から外れちゃうから……」
 そう言い、姿勢を落とす。空気が張り詰める。かんなの発するおぞましさが、空間を支配するかのようだった。
「喜びなさい。あなたたちを名誉ある最初の犠牲者にしてあげる」
 かんなが駆け出すと同時、狂気の雄たけびをあげた。


 かんなは真っ先に野口を狙った。突き出された右拳が、一歩も動けないでいる野口の眼前に迫る。しかし拳は野口の顔面に当たることなく、バスタオルに威力を吸収された。瑠乃がかんなの右腕にバスタオルを巻き付ける。右腕をとり、背負い投げでかんなを廊下に叩きつけた。それと同時、かんな以外の3人の背中に鈍い痛みが走った。反射的に瑠乃は後ろを振り向く。しかし誰もいない。床に打ち付けられたかんなは、倒れた姿勢のまま瑠乃に足払いをかけ、起き上がりながら体勢を崩した瑠乃の腹部に左拳を打ち込む。数メートル吹き飛ばされる瑠乃。その隙にまどかが接近し、かんなのわき腹へスタンガンを当てる。またしても、3人のわき腹に痛みが走る。かんなは腕でまどかをなぎ払おうとしたが、まどかは転がり込むように回避した。野口が瑠乃へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「平気」
 瑠乃は立ち上がり、ひとつ乾いた咳をする。
「かんな先輩、あなたは……」
 眼鏡を押し上げ、わき腹を抑えながらまどかが尋ねる。
「私たちから奪った体力を利用して、この世に存在していますね?」
 ふふ、と軽く笑うかんな。
「ええ、その通り。生きている者の生命力を借りることで、私はこうして人の目に見え、この世界に干渉することの出来る体を手に入れたわ」
 かんなが出現する際、3人は強烈な眠気に襲われた。あのとき、かんなは3人から生命力を吸い取っていた。
「そして私へのダメージは、そのままあなたたちへと跳ね返るの」
 瑠乃が床に叩き付けたとき、まどかがスタンガンを押し付けたとき。先ほど3人が同時に感じた痛みは、かんなへのダメージがそれぞれ返ってきたものだった。
「こないだはそれ1回で姿を維持出来なくなっちゃったけど、今日はあなたたち3人の力を借りられたから、ふふ、いつに増していい気分だわ」
 両頬に手をあて、恍惚とした表情を浮かべる。
「私たちへのダメージがかんな先輩に返ることは、ないみたい」
 口元をタオルで拭きながら、瑠乃が伝える。
「ええ、もちろん。さあ、どうする?また私が消え去ってしまうまで、それを当て続けてみる?ふふ、その前にあなたたちが壊れてしまわないかしら」
 かんながまどかのスタンガンを指差す。まどかは苦笑した。
「確かに、初めて自分でこれの痛さを味わいましたけど、とても気分のいいものではありませんね」
 白衣にスタンガンをしまった。かと言って何か策があるわけではない。
「ふふ、ならおとなしく、いい子にしてね。一瞬で楽にしてあげるから……!」
 数瞬のうちに、まどかへ接近するかんな。まどかは繰り出される攻撃をすんでのところで回避する。瑠乃がまどかの助けに入る。濡れたバスタオルを鞭のように振るい、かんなの体へ打ち付ける。その度、4人に鋭い痛みが走る。しかしそれは決定打になるようなものではなく、まどかと瑠乃は防戦に徹することしか出来なかった。
 野口は少し離れた位置から、3人の攻防を眺めていた。そこに加わろうという気など、少しも湧かなかった。瑠乃に助けられたとき、確信した。自分ではかんなの相手にならない。まどかたちの役に立つことは出来ない。
 しかし脳内はひどく冷静だった。瑠乃の手で翻るバスタオルに書かれた英字。瑠乃が振るう度、痛みとしてその言葉が伝わる。あわてるな。野口の脳内は、ひどく冷静だった。このままでは、確実にまどかたちは負ける。それでどうなるか。想像したくもない。そのためには先ほど覚えた違和感の正体を探ることが一番であると考えた。そしてひとつの結論を見出す。
 気付くと、野口は戦地の中心に立っていた。突然の乱入者に、3人の動きが止まる。
「あなたから死にたいの?」
 かんなが冷ややかな視線を向ける。しかし先ほどまで恐怖に震えていた男子生徒の姿はそこになく、その短時間での変化に、かんなは興味を持った。
「ひとつみんなに聞きたいんだが」
 はっきりとした声音で告げる。3人の目が野口を見据えていた。
「なんで俺たち戦ってるんだ?」
 その目が全て丸くなった。なんでだ?と野口はまずかんなに体を向ける。
「それは、私の存在を広く知らしめるために、あなたたちに犠牲になってもらおうと……」
 かんなは困惑していた。野口の思惑が読めないでいる。
「井上、日野、お前たちは?」
 オカルト研究会の2人に尋ねる。
「そ、それは、かんな先輩の考えは非常に危険なものなので、被害が出る前にどうにかしなければならないと思いまして」
「先輩の考えが気に食わないこともあるでしょ?」
 瑠乃の指摘に、まどかはばつが悪い思いをした。
「ところで、俺はオカルトに詳しくないからわからないんだが、この有村先輩のケースってのはすごいことなのか?」
「それはもちろんだわ」
 自信満々といった面持ちでかんなが答える。まどかも頷いた。
「ええ、ここまではっきりと現れて、ここまで暴力的な霊は他に類を見ないでしょう。その場に現れた人間の生命力を利用する点もかなり特異です」
「そうか、やっぱり相当すごいことなんだな。ならなおさら、戦う理由がなくなるぞ」
 野口はかんなに向き直った。かんなは試すような視線を向けている。
「有村先輩。あなたはオカルトとしてこの学校に存在し続け、それを広く知ってもらいたい。そうですね?」
 野口の問いに、かんなは黙って首肯した。
「じゃあ俺たちがそれを手助けしましょう」
 言って、首だけを後ろに振り向かせる。まどかは眉をひそめ、瑠乃はバスタオルを口に当てていた。
「オカルト研究会として、有村先輩。あなたの存在を広めます。そのために、あの部誌を利用します。4年ぶりに発行する部誌に、今回の顛末を書きましょう。そうすれば文献として、あなたの存在が残ります」
 かんなを見据え、続ける。
「ここで俺たちを殺せば、確かに学校中の話題になるでしょう。4年前の部誌について調査していたことは周知されてますから、有村先輩の幽霊にやられたのではないか、そうした噂が広がるかもしれません。しかしそれまでです。俺たちのように興味を持つ者が現れなければ、いずれあなたの存在は忘れ去られるでしょう。再び死人が出たオカルト研究会は、今度こそ廃部になるかもしれません。そしたら4年前、あなたが書いた記事も人目に触れることはなくなります。そうなるよりは……」
 野口はまどかに体を向ける。眼鏡に白衣、ツインテールの少女は、驚きで目を見開いていた。
「あなたも井上の知識や洞察力の高さは十分わかったでしょう。井上たちなら、ただの人の噂より、あなたの存在を広く、そして上手く知らしめることが出来るはずです。あなたはオカルトとして、ここに存在し続けることが出来る。どうです、それでもまだ俺たちを殺そうとしますか?」
 かんなは苦笑し、うつむきながら首を振ってみせた。
「思わぬ伏兵がいたものね」
 野口は笑顔で応え、再びまどかに向き直る。隣の瑠乃は、笑っていた。タオルで口元を抑え、ただただ笑っていた。こんなにも笑っている瑠乃を見るのは、まどかは初めてだった。
「まどか、あなたの見る目は正しかった」
 瑠乃が笑いながら、まどかの肩を叩く。しばし呆気に取られていたが、釣られて笑い、得意げな表情を浮かべた。
「ええ、あの日の夜から、わかってましたよ」
 まどかは野口に笑いかけた後、かんなへ視線を向ける。かんなは腕を組み、佇んでいた。
「と、いうわけですかんな先輩。ここは休戦といきませんか」
「あなたたちのこと、信用してもいいのね?」
 確認するように、かんなは尋ねる。
「もちろんです。なんてたって私たちは、オカルト研究会ですから!」
 その答えを聞くと、かんなは満足げに頷いた後、一陣の風と共に消え去った。


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