「さてさて、昨日小春先輩に聞いた話からしましょうか」
翌日の放課後、オカルト研究会の部室。3人は昨日と同じ位置に座っている。まどかは篠崎の書いた部誌を手に持っており、それを掲げる。
「小春先輩はとんでもないことを吐きました。ここに書かれている篠崎小春名義の記事、これを書いたのは自分じゃないって言うんです」
野口と瑠乃は眉をひそめる。まどかは続けた。
「結論から言うと、書いたのはかんな先輩です」
瑠乃は目を見開く。野口には突然のことで頭が追いつかなかった。
「かんな先輩が卒業を迎える1週間ほど前、小春先輩にUSBメモリを渡しました。理由を尋ねてもいずれわかる、と言われただけで、家に帰ってパソコンに接続してもパスワードがかかっていて開けなかったようです。そして卒業式の翌日、かんな先輩は自殺しました。遺書があった、と書かれてましたね。その遺書の中に小春先輩へ宛てた部分があったみたいです。そこにUSBのパスワードが書いてありました。パスワードを入れてみたところ、かんな先輩が書いたこの記事と、メモ帳がひとつ入っていました。この記事を次の文化祭で出す部誌に載せて欲しい、と書かれていたそうです。遺言を無下にしてはいけない、と小春先輩は言ってましたが、あの様子だとたぶんビビってたんでしょうね。はじめに、だけは自分で書いて記事はそっくりそのまま載せたと言ってました」
野口はまどかから冊子を受け取る。当然の疑問が浮かんだ。
「じゃあここにある有村先輩の幽霊を目撃したって話は全くのでっちあげなのか?」
まどかは頷く。
「ええ、小春先輩が3年生だった当事、そんな噂はちっとも流れていなかったそうです」
「じゃあこれを文化祭で出したなら、読んだ人はおかしいって気付いたんじゃないか?幽霊の噂がまたたく間に広まった、なんてことはなかったんだろ?」
「当然、そう思いますよね。ですが小春先輩は、部誌を作るには作りました。しかしそれを文化祭で公に出すことはしなかったんです」
瑠乃が口を開く。
「他の生徒からの非難を恐れた」
「幽霊の噂が広まってる、なんて嘘を書いたからか?」
「それもある。けどもっと重要なのは、有村先輩が実名で、イニシャルになってはいるけど、見る人が見ればSが斉藤先生、Kが彩先生だって一目でわかること」
確認するように、瑠乃はまどかに視線を向ける。まどかは首肯した。
「その通りです。学校内でかんな先輩の自殺について禁句になった、ってのはその通りだったようですから。読む人の受け取り方によって、かんな先輩の死を冒涜してるようにも見れます。それに……」
言いよどむまどか。瑠乃が言葉を受け取る。
「それにK、彩先生はまだ学校にいた。本人は有村先輩と斉藤先生の関係は知らなかった、といくら言っても読んだ者に有村先輩の自殺の原因を作ったのは彩先生じゃないか、って責められることも考えられる」
まどかが瑠乃に感謝の眼差しを向ける。
「小春先輩はその部誌を文化祭で出すことはしませんでしたが、かんな先輩の記事を載せるにあたって顧問の先生、彩ちゃんにですね、一度見せています。顧問のチェックが入るのは当然ですからね。その際にかんな先輩の頼みで、かんな先輩が書いた記事を載せる、ってことも伝えたようです。彩ちゃんは了承したみたいですね。結果として、この部室にこれだけが残っていると、そういう状況です」
篠崎が伝えてきた真相。それはいくつかの疑問を解決すると同時に、新たな疑問をもたらした。
「じゃあ有村先輩はどうしてこんな記事を篠崎先輩に書くよう頼んだんだ?」
死を覚悟した者が誰かに自らの言葉を託す、その気持ちはわからなくはない。しかしこのケースは明らかに異常だ。かんながそうまでして伝えたかったこととはなんだろうか。
「小春先輩がまた興味深いこと言ってましたけどね、かんな先輩が3年に上がった頃には、斉藤先生との関係が目に見えてギクシャクしていたようです」
4年前の記事では、Kが出てきてからのかんなとSの関係についてはあまり詳細に書かれてはいなかった。
「これは完全に小春先輩の推測ですが、春休み中に2人は別れていたんじゃないか、と言ってました」
かんなが以前のような精彩を欠き始めた時期と、Sと破局した時期は必ずしも一致しないのではないだろうか。
「ま、とにかく詳しいことは本人に聞けばわかります」
そうだね、と瑠乃は立ち上がり、帰り支度を始める。
「聞くって、誰に聞くんだ?」
わかりきっていたことだが、尋ねずにはいられなかった。
「決まってるでしょう」
まどかは不敵に笑った。2日前、最初に見せたものと同じ表情だ。
「かんな先輩にですよ」
その日の夜、3人は学校の正門ではなく、裏門に集合した。10時集合であったが、5分ほど早く野口が着くと、既にまどかと瑠乃の姿があった。野口とまどかは軽く挨拶を交わす。
「恐れずに来ましたね野口さん」
ふふふ、と声を潜めいやらしい笑いをするまどか。いつものようにバスタオルを首にかけた瑠乃は、野口がやってきたにも関わらず、一心に夜空を見つめていた。満月の日は過ぎているが、それでもなお明るく輝く月の光が、スポットライトのように瑠乃を照らしていた。
「何かあるのか、日野」
野口が尋ねると、ようやくその存在に気付いたように顔を向け、君か、と告げた後、言った。
「空飛ぶ円盤を探してるんだ」
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