とおりんね

とおりんね


 リーンリーン。

 東京から駆けつけた私が扉を開けた時、類友が切なげに鈴の音を響かせていた。
 紅白の紐で結びつけられた金色の鈴が音を鳴らす度に、彼は何処かに消え行ってしまうのではないかと思われるほど儚げで、やつれていた。
「具合はどうですか」
 私は努めてありきたりな看病の言葉を投げかけた。彼はその声でようやくこちらに気づき、疲れたように笑った。
「散々だったよ」
 その短い一言が全てを物語っていた。私は彼のベッドの下にあった、背もたれのないパイプ椅子を取りだし彼の横に座った。
 ここは病院である。白い壁に白いベッド。周りにはこげ茶色の棚に黒いテレビが置かれているだけだった。悪く言えば、生活感は皆無であった。
「一体何があったんだ?」
 私は単刀直入に訊ねた。――空虚な室内で鈴の音を鳴らしては、消え入りそうな顔を浮かべる男。この空気に長らく居てしまっては、私の気が狂ってしまいそうだ。
 彼は困った笑みを浮かべる。一瞬、人間の顔に戻ったような気がした。何から語ればいいのかわからないといった表情だったが、少しは考える力が残っていると私に感じさせてくれた。
「あれは……火車(かしゃ)ではなかった」
 彼は結論から述べて、事の顛末を語り始めた。



 私は民俗学の教授であり、妖怪について調べていた。
 妖怪という幻想が生まれる時は必ずその時代に沿った理由に因るものである。妖怪を調べることでその時代背景を知ることができ、人々の暮らし方から心理状況まで推し測ることまで至る。
 私は同じ民俗学の教授から、変わった火車の伝承があると聞いて、顧問のゼミナールの生徒二名を連れて紫居島(しのいじま)にやってきた。
 紫居島は比較的温暖な気候であったが、私が訪れた時は太陽が見事に照り盛り、温暖というよりは熱帯のように感じた。まるで火車に会ったかのような暑さだなと勝手に感じていた。
 そもそも火車とは、人間の死体を持ち去る妖怪であると伝えられている。日本全国でありとあらゆる形で伝えられているメジャーな妖怪であるが、その多くは猫の姿で描かれている。猫という生き物は魔性と結びつくことが多い。猫の目が月明かりの時に光って見えるからなのだろうか。猫が年老いるだけで猫又という妖怪に転じるということも、この例に漏れない。
 火車そのものも、猫又が正体であるという説はある。しかし、今回ここに訪れた理由はありきたりの火車とは一線を画している伝承があったからである。

 曰く、猫の死体を持ち去る。

 火車が猫の死体を持ち去るというのは聞いたことがなかった。この島の昔の人間は猫の死体を持ち去ることを恐怖として捉えていたのだろうか。だとすれば、猫を祀る所以が何処かにあるのかもしれない。島という閉鎖的な空間で生まれた信仰が、ガラパゴス諸島の生物のように独特に発展したものであっても、新たな信仰であることには変わりない。これを詳しく調べたかったのだ。
 この話を教えてくれた若い教授も後日、この島にやってくる予定だ。私と彼の共同研究としてやっていくつもりだ。民俗学でも妖怪を焦点に置く所は少なく、その中で友達付き合いのように接する教授はかなり絞られてしまう。彼は発想力が凄く、一文の文章からありとあらゆる推測を導いてしまう。そして一つ一つ丁寧に調べていく仕事ぶりだ。同じ学徒としては嫉妬してしまうこともあるが、そんな彼との共同研究ならばきっと成功するだろうと思っていた。
「教授。今日、葬式は行われないんですよね?」
 ゼミ生の一人が照り盛る日光を手で遮りながら尋ねてきた。
「急逝していなければね。問題は猫をどのように捕まえるかだ」
 漁港の人に訊ねた所、今日葬式を行うことはないようだ。ここは人の不幸がなかったことを喜ぶべき場面であろう。
 ついでとばかりに研究目的である変わった火車のことを聞いてみた。すると、
「確かにそんな話もあったなー。しかし、あれには手を出してはいけないと祖父から教えられた。なんでも、妖怪とは違って後光が見えたとかどうか」
 貴重な話が得られた。仏が発する後光を騙る、若しくはそれに類する妖怪であるのか。
 話してくれた島民に礼を述べて、閑静な道路を歩きながら思考に耽っていた。
 私自身はこの島に何泊もする予定なのだが、連れてきたゼミ生は二泊した後に帰宅してしまう。その帰宅途中に何処かへ遊びに行くのだろう、有名なテーマパークの話を後ろ二人でしていた。
 本来ならば顧問の私は怒るべきことだろうが、妖怪の伝承の調査に来てくれるだけまだマシだと思っている。人手が多いことに越したことはないのだ。だからこそ、手伝ってくれるゼミ生二人にはせめて、火車の発生条件を満たした上で一緒に調査して欲しかった。何にも現れないと思うが、それでも実験に勝るものはない。万が一その現象が現れた場合、私一人が見たというより、三人がその場面を目撃したといった方がまだ信憑性がある。
 問題は果たして猫の死体を都合よく調達できるのか。猫を捕える簡易的な罠仕掛けは持ってきているが、猫を捕えることは容易いことではないだろう。この島についたばっかりではあるが、猫の姿は見えない。いるのは精々うみねこだ。
 本土から猫の死体を持ってくるのも考えたのだが、死体を腐らせずに持ち歩くだけの度胸は私には持ち合わせていなかった。
 しかし、この先にあるのは今後何回もお世話になる宿だけだ。
 紫居島の道路は島全体を囲っているのではなく、蹄鉄のように一カ所だけが欠けてU字型の道路になっているのだ。U字型の凸部分が漁港で、漁港から見て左側の道路が宿、右側の道路が集落へと続いている。
 道路が途絶えている原因は島の奥が断崖絶壁になっていること、そして平地を失くすかのように屹立している島中央部の大きな山である。勾配が急で、通り抜けられるような道路が作れないからこそ、U字型の道路で終わってしまったのだろう。
 この島の独特な形状が一風変わった火車の伝承とどのように関わっているのか。そして果たして猫の鳴き声すら聞こえてこないこの現状で火車の発生条件を満たせられるのか。
 悩み尽きないまま道路を歩くこと半時間、奇跡は訪れたのだ。
 一匹の黒猫が後ろ足を引きずって鳴いていたのである。足は潰れてしまっており、奥へと伸びるタイヤの跡があったので、恐らく轢かれたのではないだろうか。私が訪れてから漁港以外に車は見かけなかった。それが運よく猫が車に轢かれたのである。

 にゃーお。

 しかし、弱々しく鳴く猫が何だか可哀想に思えてしまった。首には飼い猫の証である首輪がつけられていた。金の鈴のついた赤と白の紐首輪だ。
「教授! ケージ持ってますよね」
 ゼミ生の声で私は我に返った。そうだ、こんな奇跡は中々に訪れるものではない。
 猫に直接触れないように手袋をして、鳴いている猫をケージの中に入れた。
 歩いている内に猫の声がだんだんと小さくなっていった。怪我を治してやりたかったが、必要な犠牲だと自分に言い聞かせて宿泊先まで歩いた。本当はもっと調査を行いたかったが、辺鄙な紫居島へ向かう船が一本しかなく、その時間に合わせたため、宿に着く頃には生憎と陽は沈みかけていたのだ。
 さすがに宿泊先までケージを持ち歩かなかった。飼い猫であり、死にそうな猫の怪我を治さずにケージを持ち合わせていると気味悪がれるであろう。最悪、動物愛護団体や警察等の介入により、今後の研究に支障をきたす可能性がある。
 ケージを宿泊先の手前で、林の中に隠した。鳴き声で気づかれる恐れもあるとゼミ生に言われ、彼らは穴を浅めに掘って、葉っぱを引きちぎってケージの周りに撒いた。こういった技術はどうやって仕入れてくるのだろうかと思わず感心してしまった程だ。
 そして私は宿泊先で風呂に入って、豊かな海産物を堪能した。その後は今日一日の調査を手帳に記した。尤も、調査できたのは漁港の人に話を聞いたあの一件だけだ。宿の主人はそのような話は聞いたことはあるようだが、詳しく話したがらなかった。口に出せないような特徴でもあるのだろうか。明日、火車に詳しいご老人の所を訪問するので、その時にでも聞いてみることにしよう。

 日にちが変わったと同時に私はゼミ生を連れてこっそりと外に出た。予め、宿の主人には夜中に調査すると言ってあるのだが、それでもこっそりと忍ぶようにしてしまうのは人間の性なのだろうか。
 調査内容は詳しく言わなかったのだが、主人は気前よく懐中電灯を貸してくれた。勿論、私も夜中の調査を行うつもりで来たので懐中電灯を持ち合わせていたのだが、その好意に甘え予備として装備した。他にも、使わないと思うがお清めの塩と御札を二人に持たせた。
 猫がまだ元気そうだったら明日に持ち越しにしようと考えていた。これはゼミ生に伝えてはいないのだが、明日の話を聞いてからの方がより正しく実験できるからだ。これは風呂の中で思いついたことだったので、猫の手当てをした方が良かったと思ったが後の祭りだった。
 月は時折、雲で光を遮られていた。電灯も宿の前だけで、車もほとんど走らない道路では電灯の置き間隔も広く、真ん中に行くと電灯の光は全く届いていない。
 風はうっすらと吹く程度で、じめじめとした暑い夜だった。海岸沿いに虫はあんまりいないと聞くが、虫嫌いの私は手首の先まできっちりと覆う上着を身に付けていた。おかげでかなり暑く、虫よけスプレーだけで良かったのではないかと、半袖のゼミ生達を見て嘆息した。
 猫は虫の息であったが生きていた。この時ほど、死んでいて欲しかったと思ったことはない。
 死んでいたのなら殺す必要はないからだ。三人して、どうしようかと困った顔をした。懐中電灯で照らされたその顔は普段よりも何倍も増して困ったように見えただろう。
 しかし、ここは年長者であり責任者である私がやるべきだと思った。だから道路の電灯近くでケージから猫を出して殺そうとした。
 結果は駄目だった。サバイバルナイフで猫の首をストンと落とすこともできなければ、注射針で血管に空気を流しこんで殺すこともできなかった。研究のためだとは言え、私は猫を殺すことができなかった。
「……このまま放置して死なせた方がいいんじゃないですかね。確かに人間が手を加えたことで妖怪が報復にくることもありえますが、妖怪なんて現代にはいないですし。それに自然死の方がいい場合もありますよ」
 妖怪なんて現代にはいない。そのはずだ。しかし、この時は猫を殺すことでの罪悪感がのしかかって、妖怪は現代にも姿を現すのではないかと感じてしまっていた。
 暑いはずの夜だったが、すっかりと心は冷めてしまった。肌寒さを感じながらゼミ生の提案に賛成して、私はぼんやりと照らされている猫をしばらく観察していた。死に逝く様を観察するのも悪趣味だが、それ以上に自らの手で殺めずに済んだことに安堵していた。
 しかし、その安堵は長く続かなかった。小声で話したりはするが、それでもしていることは観察することである。猫は死んだのか死んでいないのかさえ分からず、黙るように心掛けていることはかなりのストレスであった。暇だとは思わないまでも、心は休まらなかった。
 ゼミ生の一人、先程提案しなかった方がこの緊張に我慢しきれずに、
「ちょっと死んでるか見てきます」
 立ちあがってゆっくりと猫に近づいていった。私は止めようとしたが、今の彼には届かないような気がして心の中に声を押し留めた。実際に私は静かにするように心掛けていたので、急にそんな声は出せなかった。
 彼は猫の所に辿り着いて、傍らに屈んで何かをしていた。この位置からでは何をしているかわからないが、恐らく猫の胴体に手を当てて息をしているかどうかを確認しているのだろう。
 彼が立ちあがり、手で大きくマルとポーズをとった。しかし、私には理解できなかった。死んでいることに丸なのか、息があることに丸なのだろうか。
 私は手をバツにして首を横に振った。良く分からないと表現したかったのである。
 彼はそのサインを見て再びマルのポーズをするが、私はバツのポーズをし続けた。一分ほどこの行為が続けられると、彼は困ったように立ちつくした。私の隣のゼミ生が知らせに行こうとした所で、サインをしていた彼はおもむろに猫の傍に屈んで手を動かし始めた。
 まさか猫をぶらさげて伝える気なのかと思って勝手に恐怖したが、実際はそうではなかった。彼は何かを右手で持ちあげた。左手の懐中電灯で右手の物を照らす。よく見えなかったが、彼は右手首を動かした。

 リーンリーン。

 それは鈴の音だった。涼しげに響くその音は私の心を一瞬止めた。彼の手にあるのは猫の首輪だろうと気づいてからは、心臓の鼓動がいつもより早く動いた。
 首輪を取ったということは、飼い猫からただの猫にさせたということだ。つまり、野良猫が道端で死んでいたと表し、飼い主に探されてもわからないように偽装したことになる。ならば猫はもう死んでいたのだろうか。先程のマルは猫が死んだのでこれからじっくり調査してくださいというポーズか。
 私はマルのポーズを取って、手招きをした。彼は一息吐いて戻ってこようとしたが、私の隣のゼミ生は意味がわからないといったように立ちあがって、猫の死体近くの彼に向かっていく。
 二人は何かを話しあっていたようだが、次第に声が大きくなり、
「あんなポーズじゃわからないだろ」
「でも教授は理解したようだから、お前だけわかってないんだよ」
「馬鹿だって言いたいのか!」
 こちらでも鮮明に聞きとめられる声で口論を始めた。
 これはまずいと思った。今思えば何に対してのまずいとその時思ったのかはわからないが、結果的にはまずいことに繋がった。それは突然訪れたのである。

 リーンリーン。
 
 それは涼しげな鈴の音だった。
「……今鳴らさなかったか?」
 音が鳴ってから一拍置いて、こちらでもかろうじて聞き取れる範囲で、恐る恐る彼は隣のゼミ生に聞いた。鈴を持っているはずのゼミ生は首を横に振って、握り拳の中から鈴を見せた。思いっきり握っている鈴からは考えられないほどの金属音だった。

 リーンリーン。  リーンリーン。

 私は震えた。掌から見せているだけであろう鈴。そこからこんな音が断続的に聴こえるだろうか。
 ゼミ生の二人はというと、視認できるほどに私よりも震えていた。そしてその二人は私に背を向けてある一点を見ていた。そして私も気付いたのである。

 リリリリリリリリリリン。  シャンシャンシャンシャンシャン。

 鈴の音は一つだけではない。錫杖を振っているような幾つのも鈴の音。その音がだんだんと荘厳で重厚な音になっていく。外灯ではありえなかった光が私の眼に届いた。彼らは揃って懐中電灯を落とす。猫の死体を先に確認した方の懐中電灯は、死んだ猫の頭の上に運悪く落ちてしまった。――その時である。

 にゃーお。

 猫の鳴き声が聞こえたような気がした。それはあの猫と初めて会った時の、まだ張りが少しあったあの声だ。決してケージに入れて葉っぱで隠した時のように弱っている声ではなかった。
 その声に呼応するかのように、やかましかった鈴の音がピタリと止む。猫の死体の方を確認したゼミ生が先に我に返り、走って逃げだした。彼が逃げたことで彼らが見たものが何なのかを観察できた。
 それは火の車輪だった。神社の屋根にも時折見かける酸化銅の深い緑色で、人力車のよりも一回り大きい車輪が火で鮮明に色づいていた。火の内側に見えるのは、鈴だった。全部で十個の鈴が紅白の紐で括られていた。――そう、あの猫の首輪と同じ紐である。
 違う点は、その鈴が握り拳程の大きさであり、私が隠れている所からでも十分に視認できる程であったということだ。燃え盛る車輪は二つ。そして車輪の中央には何にもない。あるのは車輪だけだった。車の胴体が無い状態にも関わらず、車輪は真っすぐと立っていた。
 車輪が猫の傍まで寄っていく。近づいてくる火の熱さで、ようやく動けたゼミ生ではあったが、足に力が入らなくなったのか尻もちをついてしまった。立つことのままならないまま、腕の力で後ずさり離れようとする。
 そんな彼を尻目に車輪が猫の死体の間に入ると、何ということだろうか、猫の死体が浮いたではないか。そして猫はまた鳴いたのである。

 にゃーお!

 それは力強い鳴き声だった。その声により彼は慄いて、恐慌状態に陥った。彼は腕を動かしても思うように後ろに動かなかった。その内、彼は右腕を変に折り曲げてしまい、右側へ身体が崩れ落ちてしまう。それでも何とか打開策を考えてついたのだろう、彼は持っていたお清めの塩を猫に思いっきり投げつけたのだ。
 車輪は少し歩みを速めたように思えた。車輪がゆっくりと彼の元へ向かう。
 先に逃げだしたゼミ生は隠れている私の横を通り過ぎ、何処かに行ってしまっていた。残された彼は塩を全て撒き終えると、次に御札を投げつけた。
 車輪の速さが確実に強まった。怒号のように叫びながら彼はその次に落とした懐中電灯を投げつけた。
 それが彼の最期の行動であった。
 車輪は歩みを止めることなく彼の両足を轢き潰し、ついでと言わんばかりに地面についていた両手をも潰していった。投げつけた懐中電灯が、生々しい鮮血と潰れた肉を赤々と照らしていた。
 彼を殺しても尚、車輪は道路を突き進む。逃げ出したゼミ生のいる方向であり、私の隠れている方向でもあった。
 ――これが火車であるはずがない。猫の死体は確かに車輪に運ばれているが、人間の死体は放置されたままである。
 火車であることを否定しながら、そしてこれが現実ではないと否定しながらも私は震えて観察を続けていた。観察している自分自身に気付いた時、私は狂ってしまったのだと実感した。
 火車はこんなものじゃないと。妖怪なんて現実にいないと。そんなことを考えるよりも先に、理不尽に死んでしまった彼の不幸を嘆くべきだったのだ。
 悲嘆に暮れて、そして現実に戻った時、火車が私の横を通り過ぎていた。その時に私は猫が改めて死んでいることに気付いた。猫の目玉が飛び出ていたのである。懐中電灯が猫の頭に落ちたことが原因だろう。
 では、あの力強い猫の鳴き声は何だったのだろうか。どうしてあの火車は人間を死体と化し、そして連れ去っていかないのだろうか。
 考えに没頭することしか自分を抑えられない私を置き去りにして、火車はそのまま闇へと消えていった。肌にじっとりと纏わりつく汗が私の身体を冷やしていた。
 そして死体の傍にはあの鈴が落ちていたのであった。



「しかしその後に火車が行った先は逃げ出したゼミ生の所だったということですね」
 時は戻り病室へ。聞き手となっていた私が訊ねると彼は涙を流して頷いた。
「二人とも死因は大量出血。逃げ出した彼も両手両足に轢かれたような跡を残して潰されてしまったそうだ。……こんなことになるのなら私だけで行って、私が殺されれば良かったんだ! 彼らにもそのご家族の皆さんにも申し訳ない」
 嗚咽交じりだったその後悔は言い終った後で、完全に嗚咽だけとなった。これ以上は話を聞けそうになかった。
 警察は当初、彼を犯人として疑っていたようだが、轢殺の道具が見つからず、さらには彼が火車の仕業だと主張するのだから、まず精神病院に彼を入院させた。彼が落ち着いたら警察は改めて事情聴取するようだ。
 私は駆け付けた看護婦が室内から退去するように言われて、お見舞いの花を渡してから出ていった。

 私はその足で、彼が後日訊ねる予定だった火車に詳しいご老人の元へ行って話を聞いた。
 その火車は、とおりんねと呼ばれているらしい。俳諧で同名の遠輪廻という言葉はあるが、それとは関係ないようだ。とおりんねは猫が死に逝く時に現れる火車で、たとえ誰かが猫を直接殺しても報復にはこない。ただ猫を持ち去っていくだけとのこと。その儀式を見た者は邪魔をせずに黙って通り過ぎるのを待つこと。とおりんねの姿を描き表した絵巻も見せてもらうことができた。その姿は教授が見た姿通り、火の車輪が二つで両方に鈴が五つ付けられている。計十個の鈴を鳴らして、猫に寄り添う絵であった。
 他に分かったことは、教授が用いた猫は結構な高齢であり、数奇な運命だが猫の特徴からそのご老人の飼い猫であったことぐらいだ。それ以外に目ぼしい情報はなかった。

 私は宿泊先で考えを纏める。
 学生二人が死んだのは儀式を妨害したからであろう。最初に死体を確認した彼は猫の首輪を取ったこと、そして懐中電灯を猫の死体の上に落としてしまったことが原因だろう。次にもう一方の学生は塩や御札、懐中電灯を投げつけたことが原因か。教授が犠牲にならなかったのは言い伝え通り、黙って通り過ぎるのを待っていたからか。
 しかし、私は別の理由を考えていた。まずお清めの塩を妖怪にぶつけた場合、一般的に考えてその妖怪は少しでもたじろぐはずである。教授が用意したお塩と御札は、高名な神社で用意した霊験あらたかな代物である。それが全く効かないとなると、それは果たして妖怪であったのか。
 本来、鈴とは神に祈る時や先祖を拝む時に鳴らす神聖なものである。神楽鈴が代表的な例であろう。猫が生前大事にしていたと思われる紅白の紐で括られた鈴を妖怪が模すことで、人間の恐怖心を高めようというのだろうか。それとも猫を迎えるのには鈴が必要だというのだろうか。
 私はそのどちらも違うと思う。人間の恐怖心を高めるだけに神聖な行事で使われる鈴の音を鳴らすことは、妖怪にとっても少なからず力は弱まってしまうはずである。猫の死体を持ち運ぶという現実に干渉する力はとても膨大な力が伴う。その力を失わせかねない鈴の音を、果たして恐怖心を与えるという一点だけで用いるだろうか。それに、昔から今の間に鈴の数が変わらないことも気になる。十という数字に何が込められているのだろうか。若しくは、五が二つという方に意味があるのだろうか。
 又、猫に鈴という考えも元々は農家からの発祥であり、世間に広まったのも江戸時代からだ。その原因も西洋の寓話によるものだ。現代で、偶然鈴をつけた猫だからとおりんねがやってきたとは考えづらい。このとおりんねの伝承は私が知る限りでこの紫居島だけであり、別に鈴の産地でもない、鈴を作る金属の生産地でもない。尤も、このとおりんねがこの島だけで伝承されてきた理由は、私達が元々調べるべき事由であるので、ここでは一旦保留にしておく。
 ここで、私なりの結論を述べておくことにしよう。

 ――とおりんねは妖怪ではなかった。

 火車であることも、妖怪であることも嘘であった。では何なのかというと、私は彼が最初に訊ねた漁民の話がヒントになると思う。
 ――妖怪とは違って後光が見えた。
 この点で彼は疑問に持つべきだった。妖怪とは違って、と断言できる人物がいて、その人が後光に見えた。その人物が嘘を吐いている可能性もあるが、私は名のある僧侶がそう言ったのではないかと思う。
 調べるべきことが増えた。
 私は手っ取り早く調べられる事項に着手するために部屋を出た。行き先は宿のカウンターである。
「お客さん、何かお困りで?」
 宿の主人は私に尋ねる。だから私は訊ねたのだ。
「あの猫を殺したのは貴方ですね?」
 主人は引きつった声を漏らした後、目を泳がせながら「何のことですか?」と嘯いた。
「この宿の人気は新鮮な海産物のようで。元漁師だった貴方は魚河岸で脂の乗った魚を選別できるとか」
 主人は話が逸れたと勘違いしたのか、笑みを浮かべる。私はその笑みを確認してから、
「つまり、漁師が直接宿に海産物を届けるのではなく、貴方が運んだ。徒歩で運ぶ訳にもいかないですからね。……あの道を使っているのは貴方ぐらいしか考えられないんですよ。まだとぼけるつもりなら、タイヤを調べさせてもらいます。自分でも変わっているとは思うんですが、ルミノールとか持ってるんですよね」
 一気に突き崩しにかかった。
 血液にルミノールを加えると紫青色に蛍光する反応は、サスペンスドラマとかでよく出てくる鑑識方法だ。
 無色の液体が収められた小瓶を主人に見せびらかす。
 勿論、ハッタリである。その液体はただの水。ルミノールを持ち合わせる人間なんている訳ない。そもそもルミノールは無色の液体であるかも怪しい所だ。
 ドラマを観ているだけでは本物かどうかも判別がつかないだろう。意地を張って、「じゃあ、やってみてくださいよ」と言われればそれまでだが、先程の反応を見る限りでは、猫を殺したことに心当たりがあるように思われる。その反応が私に見られたと感じている主人ならきっと、
「で、でも猫を殺しただけで学生さんを殺した訳ではありません。それだけは信じてください!」
 見事に引っかかってくれた。私にすがるような面持ちで主人は早口で言い訳を始める。
 その言い訳を早々に私は打ち切って、「わかっていますよ」と一言置いてから、言葉を続ける。
「学生の死体を見た訳ではないですが、恐らく跡の幅が違うのでしょう。貴方も事情聴取され車を調べられたと思いますが、こうして宿が運営できている辺り、シロと判断されたのでしょう。私が知りたいのは、貴方が猫を殺したかどうか、その一点だけです」
 その一点を知ることができた私は、適当な所で話を終わらせて、調査へと向かった。
 猫を殺めるに至った原因の主人を、何故あの火車は放置したのだろうか。そして何故学生を殺したのだろうか。謎は深まるばかりである。
 まだ他にも謎はある。紅白の鈴を模したというが、そもそも紅白とは、紅白餅や紅白幕が出される時、つまりめでたい時に使う色である。猫の死体を連れ去るあの火車が、恐れだけを与えるために、神聖な鈴だけでなく紅白まで表現したのか。弔事で連想される色は、喪服から分かるように黒色である。今現在でも黒白幕が使われている。
 西洋文化の移入で葬式に黒が定着した説もあるが、紅白も同様の近代説があり様々だ。従って、色の問題で気にする必要は一見ないように思われる。しかし、仮に妖怪が現代に存在していると仮定すると、妖怪の形はその時代によって変わっていくはずなのだ。それは恐怖を感じる人間がその時代によって何に恐怖するのかが変わるからだ。
 この辺も共同研究するにあたって、考えるべき事項だ。
 ――共同研究。つまり、私は諦めていない。彼を振り向かせるだけの論拠を集める。そして彼に情熱を取り戻して欲しいのだ。
 私はあの火車の正体が何なのかの見当がおおよそついている、あとはその説を正しいのかもしれないと認めさせるだけの調査が必要だ。
 触らぬ神に祟りなし。つまり、そういうことなのだ。



 精神病棟から退院した同志を私は待っていた。2カ月の入院期間ではあったが、彼の顔は酷くやつれていた。
 警察は彼を重要参考人として嫌疑を確かめていたようだが、証拠もなく立証ができなかったようだ。疑わしきは罰せずということだ。
 私は彼を自宅へと招いた。独り身のマンション一室と寂しいものではあるが、人目につかず話せる場所があることが幸せである。
 私が集めた数々の伝承とそこから導き出される推論を彼に見せた。彼は黙って読み、ある所では目を見開き、知性的な顔つきになって考えていた。しかし、読み終わると一転して、彼は今の年齢以上に年老いてくたびれた様な表情に変わった。
「君の考えには驚かされてばっかりだよ。でも、すまない。今の私にはもうどうでもいいんだ。病院で気持ちを整理する時間はあったが、それでもまだ足りない。だからこれは君だけの研究としてくれ。私は静かな環境が必要なのだ」
 沈痛な面持ちの彼に、私は口をつぐんでしまった。私が想像していたのは、事件を引きずって感情的になって喚き散らす彼の姿であり、だからこそ私の部屋を話し合いの場所に選んだのだ。
 それでも私は、彼に一歩を踏み出して欲しくて、慎重に言葉を紡ぐ。
「静かな環境に浸るだけでは変わりませんよ。時間の経過は感情を腐らせ、そして諦めに導くものではある。しかし、理不尽に、意味不明に失ったことに関してはずっと考えなければならないんです」
「確かにあれは不思議であり、理不尽だった。あの現実を嘘というには、現代社会に照らし合わせると至極当然の経緯だろう。当然、警察も私の言葉を本当だとは信じていないし、単にとち狂って見た幻だろうって判断される。――実際に私は狂ってしまったのだ。死に往く生徒の前で思考に暮れて、何も行動せずに死に至らしめた。精神異常者なのだよ、私は」
 彼は立ちあがって部屋を後にしようとした。私は決しに玄関扉の前で彼を阻んだ。
「貴方はそれで本当に納得できるのか。自分を嘯いて社会からも精神異常者として見られる。自分の見た、信じた、感じたことが嘘ならば、この世に正しいことなんて一つもなくなってしまう」
 彼の両肩に手を置いて、私は彼の眼を見て言葉を続けた。伝わって欲しいという願いを込めて。
「そもそも私達は妖怪の伝承で真実を解き明かそうとする者だ。妖怪が存在するかの真偽はどうでもいい。でも、かつて抱いていた自分を見失わないで欲しい。嘘か現実かがわからない状態でも、私たちならきっと答えに辿り着けるはずだ」
 言いたいことは全て言った。同情なんかの薄っぺらな言葉ではなく、私の想いであり真意の情熱を伝えられたはずだ。
「わ、私が……」
 どのくらい時間が経ったのだろうか、弱々しい声が返ってきた。
「私が答えを出したのなら……」
 ――死んだ彼らは私を赦してくれるだろうか。
 私はそのように言葉が続けられると思った。しかし、それでは全然足りなかったのだ。
「私が答えを出したのなら、死んだ彼らは私を褒めてくれるだろうか。理不尽に死んだ彼らが赦してくれるとは思わない。それでも、同じ研究テーマで連れ添ってくれた彼らがこの研究を私が続けることで、少しでも弔いができるだろうか。――違うな。お伺いを立てる暇があるなら……静かに考える暇があるのなら少しでも歩まないといけない。その姿で以ってどう彼らが考えてくれるかどうか。私が決めることは彼らの気持ちを推測するのではなく、歩くことなのだな」
 それは赦しだけでなはなかった。その先にある困難な道を歩むことを決めた立派な男だった。
 
 彼は事件前よりも研究熱心に、生涯を賭けたこの共同研究を続けた。彼を鼓舞した私はそんな彼に置いていかれないように必死になってしがみつき、同じ一人前の人間と誇れるように走ったのだ。
 

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