次に述べることは、私と彼が半年経って導き出した推測である。今後の調査に活かすべく、考えられる推測に問題と課題を加えて書き綴っている。明確な答えには至っていないものの、それでも着実に前へ進んでいるだろう。


 紫居島では猫の数は非常に少なく、それ故に島民は猫を愛し、大事に育てていった。猫を誤って殺めることがないように島民は猫に鈴をつけて、その位置を把握するようにした。島民は愛する猫の死後を憂い、猫の死後を守ってくれるような存在を生みだし、そして信仰したのだ。
 紫居島では学生二人が変死したという事件が起きた。引率の教授も含め三人はとおりんねの伝承を調べており、弱った猫を用いてとおりんねが現れる条件を満たして実験を行ったようである。学生二人がとおりんねにより命を落としたかどうかは不明であるが、教授の証言ではとおりんねを見たと述べている。

(中略)


 かのような証言から学生が命を落とす原因は何だったのだろうか。それは危害を加えただけでなく、お迎えを待っている猫を茂みに隠したことが原因ではないかと推測される。
 火車は人間の死体を持ち去る一方で、とおりんねは猫の死体を持ち去るだけでなく、死に逝く時にも現れるという。死に逝く猫を持ち去るということは命を奪うことになる。
 そして、とおりんねを人間が目撃した場合、黙って過ぎ去るのを待つべきだとも伝えられている。それは見なかったことにしてその場を立ち去るのではなく、黙って過ぎ去るのを待つのが適当だということだ。
 黙って過ぎ去るのを待つべきだと云われているのは恐らく命を奪う、運ぶその一連の行為は神聖な儀式であると考えられたためである。
 つまり、猫のために儀式を行うとおりんねは神、若しくはそれに類する神聖な存在ではないだろうか。鈴は神楽鈴のように神聖な儀式に用いられるものであり、この説を補強している。
 神というのは和魂(にきみたま)・荒魂(あらみたま)の二側面を持ち合わせている。簡潔に言うと、和魂は豊穣や慈雨をもたらす平和的側面、荒魂は祟りや病を引き起こす負の側面である。
 とおりんねの和魂は愛する猫を死後でも幸せにしてくれるようにと願った人間を安心させる働きであろう。
 では、とおりんねの荒魂何なのか。今現在も研究を進めている所ではあるが、学生二人の死がとおりんねに因って引き起こされたと仮定すると、火の車輪で以って轢き殺すことに何らかの意味があるはずである。火と車輪の関連性は、火車といった妖怪だけでなく、西洋に於いてもギリシア神話のイクシーオーンという人物の末路にも関わっている。彼は神罰を受けて火の車輪に括りつけられて永遠に回り続けるというもので、火の車輪は神の道具としても用いられているのである。
 人々を脅かすという観念から、御霊信仰といった怨霊の仕業ではないかとも考えられる。愛する猫を人間共々地獄へ連れていくとおりんねを御霊として鎮めることで祟りを免れていた。又、数少ない猫を生贄とすることで祟りを免れていたとも推測はできる。
 しかし、御霊信仰や生贄の場合は、学生二人の死がより不可解になってしまう。我々としては彼らの犠牲を忘れないことも含めて、とおりんねが生贄を必要としない神であるという前提で研究をしていこうと考えている。現にとおりんねに詳しいご老人も、とおりんねは畏怖すべき存在であると見なしているが、取材の際にはとおりんねに対する良き感情も言葉の端々に感じられた。
 ここで鈴について触れよう。鈴自身が神楽鈴等の儀式に用いられるということから、とおりんねが神に類する存在であるという説を補強している。鈴の数である十は、仏教では十界、キリスト教世界では十字架といった人知の及ばぬ力を持っている。残念ながら、神道の世界での十という数字の特別な意味合いは調べがつかなかった。しかし、十という数字自身が終わりを意味する説が存在するので、そちらに当たってみる価値はありそうだ。
 余談ではあるが、大アルカナの十番目が運命の輪という偶然もあり、輪と十を結び付ける文化が日本にもあるのではないだろうかと希望を我々に持たせてくれた。今後は十という数字の他に、車輪一つに飾られた鈴の数である五、十個の鈴に猫が付けていた鈴を加えた十一という数字にも着目してみようと考えている。
 又、一般的に伝えられている火車の正体だと云われている猫又の研究も同時に進めていく。猫と鈴の関連性を再度調べるのは勿論のこと、全国各地の火車、猫又の伝承を参考にしてとおりんねの正体を追及していく所存である。
 我々はとおりんねを、今後は十鈴廻と表記することにする。十の鈴が車輪に備え付けられ、車輪が廻ることで神が舞い降りる荘厳な音を奏でていく。
 では、鈴をつけていない猫を殺すとどうなのか、といった疑問も生まれるだろうが、ゆめゆめ試すことのないように願うばかりである。
 好奇心は猫を殺すというが、十鈴廻の場合はそれが正しいとは言えないのだから。


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