定食を目の前に手を合わせて二人同時に「いただきます」と言う。こうして誰かと二人きりで昼食をとるのは久しぶりだ。いつもはお喋りな小松と寺井を含む三人以上で代わる代わる話しながら食べるから楽なのだが、二人だと食事と会話のバランスが難しいと感じる。今回の場合、呼びだした私から喋るのが当然なんだけど、黙々と箸を動かしているときの静けさに少し緊張する。聞きだしたい内容が内容なだけに余計に息が詰まった。さて、どうやって話を切り出そうか。ふと視線を上げると正面の橘田と目があった。箸を止めて、口の中のものを咀嚼しながら数秒見つめ合ったところで、何だか今の状況が変に思えて笑ってしまった。遠慮なんてする必要がない付き合いなのに、何をためらっているんだろう。橘田も笑っているところから、彼女もこの雰囲気におかしさを感じていたようだ。
「ごめん。必要もないのに緊張しちゃった」
「ふふふ、私たちらしくないな。それよりどうした。お前が『ご飯を一緒に食べよう』なんて珍しい」
「ちょっと聞きたいことがあってね。でもそれだけじゃ寂しいでしょ?」
「なんだ、これは聞きたいことのついでか。折角楽しみにしていたと言うのに残念だ」
「いやいやいや、あなた様とお昼をご一緒できて嬉しいです」
 からかうような口調で笑う橘田に私もからかい半分で返す。言葉を交わす間にさっきまでのぎこちなさはどこかに行ってしまった。いつもの私たちに戻ったところで、私は早速本題に入ることにした。
「ご存知の通り、私は回りくどい言い方が出来ないから単刀直入に聞くけど」
「ああ、いいぞ」
「橘田は塩見のこと好きなの?」
 そう言った途端、橘田の顔は今までに見たことがないくらい赤く染まった。
 橘田は非常にモテる。長いまつげに縁取られたつり目にすっと通った鼻筋。白い肌に映える赤い唇。髪の毛はさらさらのストレート。背丈は高くて体は細い。「お人形さんみたい」という言葉がぴったり当てはまる。おまけに運動にしたって勉強にしたって何をやらせても人並み以上に出来てしまう器用さも持ち合わせている。本人も自分の能力が高いことを自覚しているからふざけて高飛車に振舞うこともあるけれど、それは私たちに対してだけで本当は優しく面倒見が良い。冗談をいうお茶目さもある。こんな子を誰が放っておくものか。放課後や昼休みに呼びだされた彼女を心配しながら送りだしたことも、その都度告白を断って帰ってくる彼女を迎えたことも、両手では数え切れない。あんまりにも断り続けるものだから、一度「誰かと付き合ったりしないの?」とみんなでからかったことがあった。その時橘田は何と答えたんだっけ。「好きな人だったら付き合ってもいい」と言ったんだっけ。
 そんな橘田の好きな人が塩見なのは反応を見れば明らかだった。
「本当だったんだ」
「待て、その言い方からして誰かに聞いたのか?」
「小松と寺井と有家と毛利」
「全員じゃないか……あいつは?」
「塩見は気付いてないんじゃないかな」
 私の答えに橘田は安心したように息を吐いた。五人にばれているのに本人にさえ感づかれなければそれでいいのかと、少し的外れなことを思う。
「告白しないの? いくら塩見でも橘田相手だったらいけそうだけど」
「だって、あいつはこんな性格も口も悪い女を好きになるはずはないだろう? スタイルも悪いし、女らしいところなんて何一つないぞ」
 何を今さら。一見完璧に思える橘田だけど、確かに少し素直じゃないところがあるし、口調も男っぽくて少しぶっきらぼうに聞こえる。スタイル云々は起伏が少ないことを気にしているんだろう。でも塩見だって伊達に十数年友達でいたわけじゃないんだから、そんなこと百も承知だろう。それにあいつが外面だけを見て恋愛感情を抱くと言うのは考えにくかった。
「あんたは世の女の子を敵に回すつもりか」
「すまない、そんなつもりはない。でも自信がない……」
「いつも自信満々なのに」
「自分でも可笑しいと思うよ。でも、私には無理だ。今まで私に告白してきた奴らは素晴らしい勇気の持ち主なのだな」
 橘田が滅多になく弱気なところを見ると、彼女は本当に塩見を好きなのだと感じる。これは応援のやり甲斐があるってもんだ。まだ塩見はどうかわからないけれど、一応確認を取っておこう。
「じゃあ、もし塩見が橘田のこと好きで、告白してきたら?」
「そうだな、まずは一発ぶん殴る」
「は?」
「塩見のくせに私を待たせるなどいい度胸だ」
 好きならば早く告白して来い。さっきまでのしおらしさはどこへやら。そう言って橘田はいつものように勝ち気に笑った。


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