本当に小松の言うとおりになった。あれから二人は傍目から見ても分かりやすいほどにお互いを意識していた。むしろ気にし過ぎて挙動がおかしい。目が合えば不自然にそらしたり、手が触れそうになるとひっこめたり、見ているこっちが恥ずかしい。話を聞くまで気付いていなかった私は、その明白さに今までどうやって隠してきたんだと余計に驚いた。思わず隣で本を読んでいた有家に話しかけてしまう。
「やっとみんなの気持ちが分かった気がする。すごくもどかしくてじれったいわ。くっつけようと奮起するのもわかるよ」
 言い終わってから読書の邪魔をしてしまったと後悔したが、有家は頷いて本から私の方へ視線を上げた。何か言いたいことでもあるのだろうか。首をかしげると有家が小さく口を開いた。
「……この前、本を読んだ」
 有家は口数が多い方ではない。その上感情をあまり表に出すこともしない。そのせいで、『有家の笑顔を見たことある人は幸せになれる』というジンクスが作られてしまうほどだ。また、やたら本を読んでいる。外で暇があれば文庫本を開き、家ではハードカバーを読みふける。だから知識は豊富で独特の考え方をしている。寡黙でミステリアスでかっこいいと評判の有家。だけど私たちは有家が意外とひょうきんなことを知っている。また、本のことになるとことさら饒舌になることも。
「どんな本?」
「別れの話だ」
 あいつらの手前縁起でもないと思うが、有家の言葉を待つ。
「その中に言葉と別れる話があった」
 気持ちを言葉にして十分に伝えることが出来ないのならば、いっそのことそんなものはいらないのではないだろうか。そう思い立って、物語の主人公は自ら言葉と別れ、喋ること書くことを止めた。短編だから、話はそこで終わっているらしい。その後、主人公がどうやって過ごしたのか。有家はそこが気になるらしい。
「俺はあまり話すことが得意ではないけれど、言葉を捨てるなんて想像もできないし、支度もないと思う。でもあいつらを見ていると、なくても何とかなるんじゃないかって気分になる」
「でもあれは伝えようとしているからでしょ?」
 あの二人は想いを通じ合わせるために、好きだと態度に表している。だから周りにも分かる。私のように隠そうと思えばいくらでも隠し通せるのではないか。疑問に思って口にすると、有家は首を振って答える。
「感情をうまく言葉に出来ない場合、人は行動でそれを表す。そしてそれは肯定的なものほど伝わりやすい。これは本人の意思とは関係ないだろう。考えたらあの主人公も感情をなくしたわけじゃない」
「なんだ。本の話に戻るのか」
「俺はずっと本の話をしている」
 そうだった。有家は主人公がどう行動するのか考えていたのに、勝手にあの二人や自分に当てはめていたのは私だ。
「忍田、隠すのも構わんが好きって気持ちは一番に伝えるべきだと思うぞ」
「それも本の話?」
「……お前は見ていて分かりやすいな」
 あのジンクスが本当ならば、私が幸せになれるほどの笑みを有家は浮かべた。


home  prev  next