七人で海に来ている。小さい頃から何度も来た海は長期休みでもないと言うのになかなかの人出だった。砂浜に敷いたレジャーシートの上では橘田と寺井が荷物番をしている。有家と塩見は海の家を冷やかしに、小松と毛利はその当たりで泳いでいるはずだ。
 私はというと、邪魔にならない沖の方で浮き輪に乗ってぷかぷかと波間を漂っていた。ここは内海だからこれ以上流されることもないし、砂浜に戻るのも外海よりは楽だから心配ない。波に揺られながらボーっと空を見上げる。塩見と橘田のこともあって深く考えないようにしていたが、いい加減この気持ちをどうするべきか決めなければならない。太陽はまだそんなに高くない位置にあった。
 小松と有家の言葉が思い浮かぶ。多分あの二人は何かに気付いていてあんなことを言ったんだと思うのだが、肝心の私が何をすればいいのか全く見当がつかない。何もしなくても伝わる想いならば、はっきり告白していっそのこと振られた方が良いのかもしれない。でも、隠し通せるならば気持ちが薄れるまで黙っていておきたい。ああ、くそ。なんだなんだ。私は一体何をしたいんだ。彼と、友達とどんな風になりたい。この気持ちをどうしたい。
 彼のことが好き。これは紛れもない事実だ。穏やかで優しくて気高くて、何より笑顔が素敵な彼。特別な存在になりたいと初めて思った人。彼のことを考えると胸が締め付けられる。あまりにドキドキし過ぎて手足が痺れたようになって、それから心がじんわりと温かくなる。彼と一緒にいたいと思う反面、逃げ出したいような気持ちになる。それが甘くもあり苦しくもあった。でも、私の気持ちを伝えたらきっと嫌われてしまう。それは嫌だ。
 種から育った花のように思えたこの気持ちが、今は冬眠から目覚めた蛇のように思える。ずっとずっと眠っていたから酷くお腹がすいている。彼を丸飲みにしなければ治まらないと思うくらいに凶暴な飢えだ。執拗に彼を求めるそれを、なけなしの理性で抑えている。花だったら枯れれば終わるのに。いや、どうせなら猫のように死期を悟ってどこかへ消えてくれたいいのに。
 結局、私は臆病なのだ。彼に幻滅されることを、友達を失うことを恐れている。
 告白する時、彼は何を思っていたのだろう。私のように嫌われるとか、友達でいなくなるとか、不安に思わなかったのだろうか。
「悪い。ちょっと休ませてくれ」
 突然声をかけてきたのは毛利だ。泳いで疲れたのだろう。浮き輪に手をかけて身体の力を抜いたのが分かる。
「お前は泳がねえの?」
「うん。ちょっと考え事してた」
「最近多いな」
「何か二進も三進も行かなくなってさ」
「あいつらのことか? 放っておけばいいんだ」
 毛利と塩見は私たちの中でも特殊な関係を築いている。小さい頃から些細なことで張り合っては勝った負けたで言い争う、所謂ライバルと言うやつだ。今回の小松の提案に難色を示したのもライバルの矜持があるからだろう。でもなんだかんだお互いが困った時はよくなるように動く。今だって突き放すような言葉を言いながらも気にかけている。けんかばかりしていても根は認め合っているのだ。
 でも残念ながら今私が考えているのは塩見たちのことじゃない。
「あの二人のことじゃないよ」
 意を決して、どうにもならない気持ちに決着をつけようとしていること、小松に言われたこと、有家に言われたこと、どうするべきか悩んでいることを掻い摘んで毛利に説明する。もちろん恋心は隠した。
「小松の言い分じゃ、こうやって話した時点で何もかもばらしてる様なものらしいんだけどさ……」
「それは小松だからだろ。俺はお前が何に悩んでるかさっぱりわからん。聞いても面倒くさいこと考えてるなって思う。ただ二人とも同じことを言ってると思うぞ。隠すなら徹底的に、隠せないなら早く言えってことだろ。お前は話しちまったからもう悩んでいることは隠せねえ」
 ならば話を聞いてもらおうじゃないか。悩みに対する明確な答えじゃなくてもいい。少しでも考えが定まるヒントが欲しかった。
 毛利は小松とは違った正直ものだ。相談した時に、小松は容赦なく主観の意見を言うが、毛利は公平に客観視してから意見を言う。それも相手を慮ってくれるから、悪いことはなかなか言わない。相談相手にはぴったりだ。こんなにいい奴なのに、塩見とのけんかっ早さから周りに恐れられているのが勿体なく思う。
「態度には出すけど何も言わないっていうのはありだと思う?」
「言葉にしなくても伝わる関係ってか。羨ましいけど俺は不安になるから先に聞いちゃうな。『それはどういう意味だ?』『何かあったのか?』って。今のお前だって悩んでますって感じで浮かんでたから、気になって話しかけた訳だし――あんま心配かけるようなことするなよ」
「ごめん」
「というか、そんな曖昧なままでお前は満足するのか? あ! もしかして! お前にも春が来たか?」
「そんなんじゃないよ!」
 驚いて首を横に振る。何でこの流れからそういう思考にたどりつくんだ。しかもあっているから恐ろしい。それともやっぱり話してしまったからばれたのか。小松の言うことは本当なのかもしれないと実感するとともに、やっぱりもう引き返せないと理解する。
 なるほど。もしかしてこれは私の気持ちなどもうばればれだからさっさと決着つけろと尻を叩かれていたのか。隠しているつもりがもう三人にばれている。じたばたしても、ばれるときはばれてしまうんだ。それならば嫌われたっていい。というより、私たちの仲だ。断られても絶対にどうにかしてそのままの関係でいてやる。何にしても早く気持ちを伝えよう。
 あれだけ悩んでいたと言うのに、やけくそでもやると心に決めたら何だか楽になった。何が花だ。何が蛇だ。何が猫だ。全部まとめてちゃんと世話してやる。
 彼もあの時こんな気持ちだったら嬉しい。
「そういうことにしておいてやるよ、百面相」
 太陽がいつの間にか真上に移動している。降り注ぐ光を浴びながら、毛利はくつくつと笑っていた。


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