二人目は、王の身のまわりの世話をしていた侍女である。彼女については謎が多く、ここで述べられることは少ない。ただ、彼女が即位する以前から王に仕えていたこと、宰相が来るとき以外は常に傍にいたこと、王が気安い笑顔を見せたり物言いをする相手が宰相以外には彼女だけであったことを鑑みるに、親しい間柄であったことは間違いないと思われる。





*****


 昼間の光が差し込む部屋の隅に、数冊の本の入った棚がある。もう随分前に譲ってもらったものだから、色合いも見た目も古めかしい。
 一輪草の花が咲くと、そこから一冊を取り出すのが習慣だった。すっかり色あせて古くなってしまったそれをテーブルの上に置き、庭に咲いた一輪草の花を摘んでくる。そして、手紙を書く。毎年のように繰り返していることを、今年もまた。
 手紙に何を書くのかといえば、そう、思い出話だ。彼について、普段心にしまってある思い出を一年に一度、一つだけ、この手紙に託す。もう何十年も続けているのに、いつもいつも違うことが思い出される。きっと、死ぬまでそうだろう―――

 彼は、この国さいごの王だった。とても愚かだったけれど、国のことを誰よりも何よりも愛していた。





 今年も一輪草の花が咲きました。私から、最後の手紙を送ります。


 橋の下に入る日の前日、彼が私の部屋にやってきました。初めてのことでした。中には入らずに、ドアのところで少しだけ話をしました。さっき来る途中で見かけたという鳥のことや、朝食べたスープに入っていたにんじんのこと(彼はにんじんが嫌いでしたから)、昨日の夜に鳴いていた虫のことなど、本当に他愛のない話ばかり。
 わざわざ私の部屋にまで来ておいて、それはどういうことなのと、いくつかの話が終わったあとに尋ねると、彼は微笑みました。それはそう、彼が王になることを私たちに打ち明けてきたときと同じ。もしくは、街のようすを眺めている時と同じでした。その顔を見ると、私はいつだって何も言えなくなります。
 黙りこくった私に、彼は両手を差し出しました。その手には、一輪草の苗を持っていました。なぜ?と問えば、いつもと少しだけ違う答え。私はそれを受け取って、彼が帰った後に少しだけ泣きました。最初で最後の、贈り物でした。
 
 彼が橋の下に入るとき、私が考えていたことを白状します。私は、彼とともに入りたいと思っていました。それまでずっと一緒だったのに。見ていることしかできない自分が、いやでいやでたまりませんでした。彼が王になった時も、ついていったのに。
 けれど、彼は笑っていました。いつもどおり、これ以上に幸せなことなんてないと本気で思っている顔をしていました。本当に、憎らしい。

 一輪草の花が私の家の庭にあるのは、そのためです。でなければ、きっと見たくもなかったでしょう。
 そういえば、あの日もたくさん咲いていましたね。彼が笑っていたのは、そのせいだったのかもしれないと、今になってふと思いました。


 はじめにも書きましたけれど、手紙はこれで最後にします。押し花と感謝を、橋のそばからあなたへ。





 


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