部屋が暑い、すでに二本飲んでいるからかもしれない。
彼女はまた、一本ビールを持って涼みにベランダへ出た。昨日はたくさん話した。
今日も声をかけてくれるだろうか、彼女はそう思ってドアを開けた。
サボテンの椅子に缶を置いて手すりの方へ歩くと、彼がベランダにいた。
「どうも。」
そう言って彼はにこっと笑った。
「どうも。」
彼女も同じように返した。
「井川さん、僕今日部屋の片づけしたんですよ。」
「へぇ、そうなの?部屋きれいだったじゃない。」
写真はたくさん飾ってあったものの家具は少なく、とてもきれいな部屋だった。
彼女は自分の部屋の方が片づけなければいけないのに、と思っていた。
「いや写真を、しまったんです。僕、井川さんに言われたことが忘れられなくて。悔みが妻を忘れないようにさせているんだって。あのことを言われたときに僕はどきっとしました。あの嵐の写真を置いていることが僕の罪悪感からだったとしたら、彼女にとても失礼だと思ったんです。」
彼女は、罪悪感という言葉が彼の口から出てきたとき驚いた。
やはり彼はそのためにあの写真を置いていたのだろうか。
「彼女はいつもカメラは私の目だから、と言っていました。今日写真を整理していて思ったんです。たくさんの幸せそうな写真、妻が僕に覚えていて欲しいのはきっとその姿なのではないだろうかと。」
「そう。」
「僕はずっと、自分が彼女を追い詰めたんだと思っていました。え?なんで井川さんが泣くんですか?」
蒼井がぎょっとしてティッシュを渡してくれた。
「ずびばぜんね、しょうがないのよ。蒼井くんの話を聞いてから、蒼井くんのことばかり考えすぎたのよ。全然お互いのこと知らなかったけど、蒼井くんは本当はどんなひとなんだろうって延々考えて。ずっと考えてたの。」
彼女は鼻をかみながら言った。
「僕は井川さんを好きになったら妻のことが薄れていくのではないかと、怖かったんです。でも、妻を理由にしても井川さんを好きになっていく自分を止めることは出来ませんでした。」
彼女ははまだ泣きながら鼻をかんでいた。
「僕は、井川さんが好きです。」
彼女はゆっくりと彼のほうへ顔を向けた。彼も彼女の方を向いていた。
「好きな人が隣の部屋にいたりするのって良くないですね。僕も井川さんのことずっと考えてました。今日は仕事遅いのかなとか、またビール持ってベランダにくるのかなとか。」
もう一枚、ティッシュを彼女に渡しながら言った。
「私で、いいの?」
彼女は受け取ったティッシュを鼻に当てながら聞いた。
「はい、あなたが好きです。でも、僕結構めんどくさいんですけど、大丈夫ですか?」
「ふふふ、そんなのもう知ってるわよ。」
彼女は笑いながら外の方を見た。少し歩いて、椅子に置いておいたビールを持って戻ると彼もビールを飲んでいた。
「珍しいわね。蒼井くんが飲んでるなんて。」
「そうですね、今日はいいことがありましたからね。」
こっちを見ないで答える彼は普段飲まないビールを飲んでいるせいか、照れているせいか、暗くても顔が赤くなっているのがわかった。
「じゃあ乾杯しようか。」
「はい、乾杯。」
初めて二人で飲むビールは美味しかった。見上げる空には星が綺麗に輝いていた。
「僕が初めて井川さんに声かけたとき覚えてますか?」
「え?えっと、もう忘れたかも。」
「印象的だったなぁ、疲れた顔して一人でビール飲んで。しかも化粧も落としてて。」
「仕事が終わって家に帰ってきてるんだからしょうがないじゃないっ、まさかベランダで誰かと会うなんて思わないし。」
「いやいや、可愛いと思ったんですよ。あのときから僕はあなたのことが気になって仕方なかったんです。」

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