それから数日後、私は久しぶりに関西に帰ってきた。神戸湾に浮かぶ神戸空港に
降り立ち、潮の匂いを肌身で感じる。日本海と瀬戸内海では違う感じがするのは
私だけかな、と思いながら私は神戸の中心へと向かった。私が場所指定した元町は
百貨店や県庁などがあり、また神戸の中心地三宮にも近い場所である。
そこを指定したのは高校生の時から変わらないこの風景を見たかったから。
流石に今となっては高校生の時と社会人の今では見え方も変わってるだろうな、
と苦笑。そうこうしていると元町の駅に着いた。そこには健二が先に着いていた。
「おう、千尋、久しぶり。何年ぶりぐらいやろ?まぁ立ち話もなんやし、
とりあえず回ろうか」よかったいつもの健二だ、安心して回れる、と「うん」と
返した。海沿いを私達は歩いた。「私、やっぱり神戸の空気好き」「そうやろ、
家庭の事情がなかったら千尋、関西で就職する気やったもんな」「うん、
でも向こうでも私には合っていたみたいだし後悔はしてない」「そうか」
「そういえば健二は最近どうなの?電話では私がずっと喋ってばかりで聞いたこと
なんてなかったから」「そうやなー、まぁボチボチって所やな、俺千尋みたいに
大して出来るわけちゃうし」「そんな事ないよ、健二は昔から努力家やし私がそれ一番
よくわかってる」「何か嬉しいな、ありがとな千尋」私はこの時胸が熱くなった気が
した。でも頭の中で消し普通の素振りを見せた。海沿いを歩くといつの間にか
ハーバーランドに着いていた。「昔はモザイクの観覧車乗るのが夢やってん」
健二はそう言ってはいるが結構な割合で観覧車に乗っていた。しかも1人で。
「カップルで乗らんの?」と私が聞くと「俺は相手が来るまで予行演習して
おくねん」とその度に返ってきたのを思い出して吹いてしまった。
「えっ、何々。俺何か面白いこと言うた?」健二はキョトンとしてるが私は
敢えて言わないこととした。「なぁ、ちょっと一緒に乗って見ぃひん?」
「えっ何か恥ずかしくない?」「何言うてんねん俺ら、長い付き合いやし
問題ないって」今日に限って健二に押されっぱなしな私。そのまま観覧車に乗った。
ゆっくりと観覧車は時計回りに動き出す。「うおー見てみ千尋、あれポーアイやで!」
健二が言うポーアイとは、神戸にあるポートアイランドという埋立地で、
三宮からほど近く、また神戸空港にも近い。本社にしている企業も数多い。
「知ってるわさっき通ったし私らが高校生の時から変わってないで」
「そうか?俺にとっては毎日変わってるようにも見えるで」
まるで健二は子供のように無邪気に外の景色を楽しんでいる。
それが新鮮で微笑ましかったので私は笑みを浮かべた。「千尋って彼氏おる?」
唐突な質問に「へぇっ?」我ながら恥ずかしい反応である。一間置いて、
「私に先輩や上司からよく紹介されるけど私は断ってるわ」「へぇ、何で?」
「いや何でって言われても困るんやけど・・・」二人の間に沈黙が流れる。
二人は顔には見せなかったが、心中では何を言うべきなのかと考えていた。
次第に観覧車は時計回りに上がり、時計回りに下落していった。
観覧車が刻一刻と下に着くあたりで、先に言葉を発したのは健二だった。
「俺、引っ越す」えっ? 「俺、東京に引っ越す」 えっ、何?よく聞こえないわ。
「だから今日でお別れ」 待ってなんて言ったのか教えて・・!
私は言葉に詰まった。引っ越し?東京?待て待て待て、私は聞いてない。
「いきなり何の冗談?」私は軽く、動揺を隠しながら言ってみた。
「いや、俺東京で仕事しよう思ってる。関西もアリかなーと思ったけど、
やっぱり東京が一番じゃないか、とな。東京でも出来るかチャレンジしてみたいねん」
嬉しそうに話す健二を見て、私は健二の喜びを笑顔で喜んだ反面、
同時に健二がどこかに行ってしまう寂しさを覚えた。けれども口から出た言葉は
違ってた。「まぁ、健二が選んだなら私はいいと思う。でも後悔だけはしないようにね」
「うん、ありがとな、千尋」「そういえば千尋、いつまでこっちにおるん?」
「んー、明日日曜日夕方に飛行機で帰る」「そうか、泊まるとこある?
千尋さえよければ俺の家でも来る?」少し考えて、「行くあて無いし、
健二なら何も出来ないだろうから行く」「どういう意味やねん」
健二は苦笑した。その夜、私は健二の家にお邪魔する事となった。
「ようこそ我が家へ」健二はそう言ってドアの鍵を開けた。健二らしく、
こじんまりとしたアパートだった。玄関を開けた途端、生活臭が漂った。
思わず小さく笑ってしまった。ここで健二は過ごしているんだな、と。
「お邪魔します」「遠慮せんと寛いでな」私は座布団に腰掛けた。
「とりあえず飲もうか」そう言うと健二は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「あ、じゃあ私がおつまみ的なのを作るわ、材料はさっき買ってきたし」
「おっ、気が利くねー」健二の嬉しそうな顔が私には新鮮だったため、
思わず手を込んで、おつまみ以上に料理を作ってしまった。「結構作ったなー、俺は
お腹空いているから食べるけど」「健二のために作ったのよ」「マジで?」
このやり取りが数年ぶりって考えると不思議だ。兎にも角にも私達は
夜を楽しく過ごした。その時の私の暴走っぷりは凄まじいものだったらしい。
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