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本を読んでいくつか学んだ事がある。
それだけでも買った甲斐がある。
まぁ、実際学んだというか再認識に近いかもしれない。
例えば、何気ない事に気を配ったり、さりげなく親切にしたり。
男女問わず、そういうのは嬉しいものである。
分かっているつもりではあったが、いろいろな事を改めて確認できたのは良かったと思う。
後は知識を生かさなければならない。
内面に関しては出来る限り意識して実行していこうと思っている。
ただ、そういうものは簡単には身に付かないものである。
老人では尚更である。
なので、まず最初にすぐ改善できる事に取り掛かる事にした。

見た目、である。

とりあえず、机の右側に置いてある縦長の鏡の前におそるおそる立ってみる。
最近では自分の姿を注意してみることなど殆ど無くなっていた。
だから、少し怖かった。
自分の知らない自分が映ってしまう気がしたのである。

そっと瞼を開くと、当然だがそこには1人の老人が映っていた。

髪の毛の殆どが白髪で、鼻の下に白い髭を蓄えている。
丸眼鏡をかけた顔には深いしわが刻まれている。
体格は大柄でも小柄でもなく普通。
服装はパジャマである。

うわぁ、普通…。

我ながら面白くもなんともない、無個性な老人である。
いっその事、頭頂部の毛が1本だけとかなら良いものの…。
いや、別に面白さは全く求めていないのだが。
それほどまでに普通だった。
『The 老人』と言えるかもしれない。
…なんだそりゃ。

しかし、ものは考えようである。
普通であれば、それより上を目指せば良いというだけである。
つまり、改善の余地はある。

そんな私が向かったのは、行きつけの美容室である。
そう、美容室。
年寄りだって美容室くらい行くのだ。
ちなみにこの店、矢島美容室の店長は私の友人の息子である。

まず、私が考えたのは髪形を変えることであった。
『髪形が変われば印象も変わる、気分も変わる!』
あの本にはそう書いてあった。
試してみる価値はある。

そんな思いで、私は店の扉を開いた。
おしゃれな雰囲気の漂う空間である。
受付の人に予約している事を告げ、待合室で本を読んでいたら声がかかった。
若い女性店員に案内された席で待っていると、店長がやってきた。
私の髪を切るのはいつも彼である。

「いらっしゃいませ、先生。いつもありがとうございます」
「いやいや。ところで、お父さんは元気かい?」
「そりゃあもうピンピンしてますよ!煩いくらいです」
「そうかい、結構結構」
「ありがとうございます。では、今日はどのようにいたしましょうか?」

彼は鏡越しに私の方を見ながらそう聞いてきた。
ここからが本番である。

「それなんだけど…最近ってどんな髪型が流行っているのかな?」
「と、いいますと?」
「うん、つまり若い子達の間ではどんな髪型が人気なのかな?」

店長はそうですねぇと、近くに置いてあった雑誌をパラパラとめくり始めた。
そして目的のものを見つけたのか、あるページでページをめくる手が止まった。
そのページを開いたままの雑誌を私に手渡し、

「最近の流行では、こんな感じでしょうか?」
「………」

私は絶句した。
今はこんな髪形が流行っているのか…。
左右で髪の長さが違うし―そもそも左半分は刈り上げている―色も茶髪や金髪である。
これが私の若い頃であれば、不良のする髪形である。
そうか、そうなのか…。

「先生、どうしましょうか?」

私は出来るだけの笑顔を作って、彼にこう言った。

「いつもので」

無かった事にした。



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