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「先生は、今のままがとっても素晴らしいですよ」

店を出る際に、笑顔で店長にそう言われてしまった。
そう言われて嬉しいには嬉しいけれど、結局改善には至っていない。
いつもの髪形と、髭を整えて貰っただけである。
これではいつもと変わらない。
散髪では頓挫してしまったが、まだ外見を改善する余地はある。
次は、ファッションである。
おしゃれさんを目指す。

次に訪れたのは、某大手百貨店である。
ブランド物のスーツを探しにやってきた。
学内の服装に関して、我々教員はこのような服装にせよという規定は特にない。
規定はないものの、あまり派手な服は無駄に反感を買う可能性がある。
暗黙のルール、というやつである。
そこでやはりスーツが無難であろうと考えたのである。
しかし普段であればブランド物を買う事はない。
正直言って、私はブランドには全くもって興味がない。
質やデザインが優れているのかどうかは知らないが、値段が高過ぎである。
別に誰が見る訳でもない、そう思ってこれまで買う事は無かった。
しかし、『さりげなくブランドを身につけるべし!』とあの本に書いてあったので、一応実践してみる事にしたのである。女の子は皆ブランドに興味があって、身に付けているだけでモテるという。
夢の様なアイテムである。
まぁ、スーツではさりげなくはない様な気もするけれど、そんな事は気にしない。

店に入るとすかさず男性の店員が声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ!何をお探しですかー?」
「いや、ちょっとスーツを探しにね…」
「それでしたら、こちらにございますー!」

その店員に連れられ、店の中を歩く。
見るからにおしゃれ(っぽい)ものが店の中にたくさん並んでおり、そのどれもが私の金銭感覚より0がいくつか多い値段であった。
私のベルトなんて1500円だというのに、ここで売っているものは5万円である。
そういう世界だとは分かっていたけれど…。

「はい、こちらになりますー!どうぞ気になったものはそこの部屋で御試着してみて下さいねー」

確かに私の目の前にはスーツがあった。
しかし、どれが良いのか見当もつかない。
とりあえず、適当に手に取ってみた。
本屋と同じ状態である。
しかし、ブランドで値段も高いだけあって、触り心地も良く、質の良さが私にも伝わってきた。
それでも自分に似合うかどうかは分からない。
まぁ、一度試着してみるか。
手に取ったスーツを持って試着室に入り、着替えてみた。
似合っているような、似合っていない様な。
正直、いつもの服と同じ気さえする。
そう思っていると、外から声がした。

「お客様、いかがでしょうか?」

そうだ、店員に聞くのが1番だろう。
私はカーテンを開き、自分の姿を見て貰った。

「わぁ、お客様お似合いですよー!」

ちょっとわざとらしい。
でも、きっと決まり文句なのだろう。
その後4,5回スーツを変えて試着してみたけれど、最初の言葉は全て同じだった。
回を増す事に店員の元気が無くなっていった気もするが、それは気のせいだろう。

いろいろ試着した結果、着心地も良く、店員によると一番似合っているというスーツを選ぶ事にした。
値段は…高かった。
こんな高い服を買うのは初めてかもしれない。
値段については省略する。
出来るだけ意識したくない。
しかしまぁ、これも必要経費である。
イメージアップ、ひいては楓くんに良く思われる為でもある。
そう思えば、あまり高くない様な気さえする。
これはある意味では危険な考え方である。
気を付けなければ。
これで大金を失った男がこの世にどれほどいる事だろうか。
恋とは恐ろしいものである。



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