2-5
出来る事は一生懸命やった。
髪や髭も整えたし、服装にも気を遣ってみた。
慣れない事ではあったが、案外楽しかったような気がする。
プロセスは良好。
後は、結果である。
いつものように誰よりも早く学校に来た私は、外の風景を眺めながらそう振り返る。
空は青く、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
思えば長く…もなかったが、それなりに苦労したものである。
いやはや頑張った、うん頑張った。
まるで長距離マラソンを完走したかのような気分である。
爽快感がある。
と、そこで部屋の扉が開き、
「おはようございますっ、先生」
彼女の透き通るような声が私に向かってくる。
「おはよう。今日は良い天気だね。実に気分が良い。どうかね、コーヒーは要るかな?」
「あ!ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」
今日の彼女は赤のワンピースを着ており、それが背の低い彼女に非常に似合っていて、とても可愛らしい格好であった。
彼女こそが、おしゃれさんである。
私のように付け焼刃ではない。
彼女は自分の鞄の中からお菓子を取り出して机の上に並べ、良かったら一緒に食べませんか?と、にこやかな顔でそう言ってくれた。
両手にコーヒーカップを持った私もそれに笑顔で応え、小さな机を挟んでお互いに向かい合った。
小さなお茶会の始まりである。
こうしたお茶会は割と頻繁におこなっており、昼の3時頃にする事もある。
私がお菓子を用意したり、コーヒーではなく紅茶を入れたりもする。
紅茶も割と好きなのである。
というか、何でも好き。
「このお菓子、美味しいね」
「ホントですか!良かった、お口に合って」
「ありがとう、私も何か探しておくよ」
「あ、いえいえ!お気遣いなく。いつも美味しいコーヒーを頂いているお礼です」
この子は見た目だけでなく、性格も良い子なのだと思う。
少なくとも計算でやっているようには見えない。
とても自然な感じなのである。
「そう言えば、先生。髪切りました?」
私の中でゴングが鳴った。
試合開始のお知らせである。
「ああ、うん。休みに行きつけの美容室に行ってね。もっと若者向けな感じにしようと思ったんだけど、やっぱりこれに落ち着いたよ」
「とってもお似合いです。服装も変わったような…?いつもの服とは違う感じですね」
良い流れだ!
正直ここまで道筋通りにいくとは思っていなかった。
努力の成果が出ている!
「そうなんだよ!これはルマーニアのスーツでね、まぁまぁ良いものなんだよ!」
「そうなんですか!確かに高そうですもんね…。先生、とても似合ってますよ」
これこれ!これだよ!
私が待っていたものは!
あぁ良かった、買って良かった!
ちょっと後悔してたから!!
「ただ、私はブランドとかあんまり興味がなくて…。学生には高過ぎて買えないですし…」
え?
興味無い?
「なので、どのブランドが良いのかよく分からないんですよ…」
………。
私はゆっくり立ち上がり、そしてゆっくり窓際に行き、最後にゆっくり外を眺めた。
「先生…?」
今日は本当に良い天気で太陽の明るい日差しが降り注いでいる。
「いかん、雨が降ってきたな」
「雨なんか降って―」
「いや。雨だよ…」
「…?」
大雨である。
ハンカチを用意せねば。
ふきふき。
よし。
「楓くん」
「はい…」
私は振り返って、精一杯の笑顔でこう言った。
「私もブランドに関してはサッパリだよ」
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