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考えている内に時間は瞬く間に過ぎて、地平線に夕日が沈もうとしていた。
楓くんは昨夜ほとんど眠れていなかったせいか、隣ですぅすぅと寝息を立てながら眠っている。
私は楓くんの肩をトントンと叩き、彼女を起こした。

「…にゃ……おはようございます………」
「おはよう、そろそろ出発だよ。起きれるかな?」
「はい…だいじょぶです…」

まだ眠たそうに目を擦っている。
しかし、もう行かなくては。
完全に夜になってしまう。

荷物を片づけ、それらを車に積み、また3台の車は走り出した。
車内は皆、遊び疲れたのか運転手と助手席の人以外寝ているようだ。
私に関してはただ座っていたりしていただけだから、あまり疲れていない。
楓くんも同じらしい。
私達は特に何も言わず、目が合えばお互い微笑むだけだった。

海を出て30分ほど経っただろうか。
車は今晩泊まるホテルへと到着した。
思っていたよりも綺麗で豪華な印象を受ける。
チェックインを済ませた後、各自部屋に向かった。
私の部屋には他に2人の男子生徒がいる。
教授だからと言って個室と言う訳ではない。
これは毎年の事で、むしろ私自身、生徒と一緒の方が良い。
旅行先でも1人なんてまっぴらである。

晩御飯まで時間があったので、男子生徒らと一緒に大浴場へ行く事にした。
裸の付き合いというやつである。
露天風呂からに入って夜景を眺める。
100万ドルとまではいかないが、私にとっては十分に価値のある景色だった。
私は生徒達と湯船に浸かりながら、いろんな話をした。
普段とは違う環境で話すのは新鮮で、やっぱり楽しいものである。
これも最後かと思うと、少し感慨深くなる。
何も言わず、気付かれないように私は何気なく温泉で顔を洗った。

温泉からあがり、温もった身体を備え付けの浴衣で包む。
もうそろそろ晩御飯の時間に近い。
部屋に脱いだ服を置いた後、男子みんなで食堂に向かった。

食堂では女子はもうみんな揃っていた。
女子も全員浴衣姿であり、もう温泉に行ってきたようだった。
皆、すっぴんである。
何も化粧をしていなくても、どの子も可愛らしい。
ナチュラルが1番である。
ちなみに楓くんはと言うと、普段と殆ど変わらず可愛らしい。
いつもあまり化粧していないのかもしれない。

晩御飯は海鮮類が中心でとても美味しかった。
酒も入り、みんなで楽しく時間を過ごした。

それから時間は過ぎ、11時頃。
肝試しの時間である。
これも毎年恒例である。
卒研生が参加させられる事になっている。
あくまでも強制ではないのだが基本的には例年皆参加している。
私はもちろん、参加する訳ではない。
見守るだけである。
まぁ、参加しても驚く事はないだろう。
ポーの小説を読む私にとって、幽霊や暗闇など怖くない。
全く平気である。

楓くんの方を見ると少し不安そうにしている。
大丈夫かな…?

進行役の生徒が声を上げる。
他の生徒は驚かせる側に回っているはずだ。

「今回の肝試しは目的地まで行ってそこに置いてある紙を取ってくるというシンプルなものです!道中は1本道なので迷う事は無いかと思いますが、間違えて横道に入らないように気を付けて下さい。この道を通ってまっすぐ進んでいくとお寺があり、その建物の裏に白い箱を設置してありますのでその中に手を突っ込んで紙を取って下さい。その後、来た道とは別にもう1つの道があるのでそこを通って帰ってきて下さい。その道もこの場所に通じているはずです。内容はそれだけです」

ふむ、シンプルながら結構怖そうだ。

「それでは振り分けなのですが、2人1組で行動して貰います。ただ、それでは1人余るので…。中津川先生、先生も一緒に入って下さい」

え?

………私?

「はい!先生は今年度で退官されてしまいますし、思い出作りだと思ってよろしくお願いします!」

お、おう…。
ま、まぁ、全然怖くないから大丈夫なんだけど!

大方見当がつくかもしれないが、私は楓くんとペアである。
順番は4番目。
つまり最後である。
それにしても今日の私の運は留まる事を知らない。
実際、男女で振り分けるとそうなったらしい。
私としては嬉しいばかりではあるが、楓くんには少し申し訳ない思いだ。
もっと若い、イケメンの方が良いに決まっている。
それでも楓くんは何1つ嫌な顔をせず、宜しくお願いします、と声を掛けてくれた。
どこまで良い子なんだ、この子は。
先生、ちょっと心配です。

ともかく、予想外ではあったが参加するとなれば楽しんでやろうじゃないか。
楓くんに頼もしい所を見せるチャンスでもある。
大丈夫。
怖いものなんてありはしないのだから。



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