3-5
私は一生懸命走った。
前にも述べた通り、私の腰はあまり良くない。
しかしながら、この時は必死なあまり痛みを感じなかった。
ただ、私の走るスピードにも限界があり、追い付くまで結構時間がかかった。
しかも、結構中に入ってしまっていた。

「はぁはぁはぁ…もう、落ち着いたかな…?大丈夫、大丈夫だよ」
「ごめんなさいごめんなさい!私、怖くて…」

楓くんは泣きながら小さな声でそう謝った。

「先生、大丈夫ですか…?本当に私ったら…」
「うんうん、大丈夫。だから、落ち着いて。ね?ほら」

私は軽快に立って見せた。
しかし、私のカラータイマーはもう既に時間を超えていた。

ゆっくりと膝から地面に座り込んだ。

「ごめん、やっぱりちょっと疲れたよ…。少しここで休もうか?」

楓くんは鼻をすすりながら、こくんと頷いた、ように見えた。
真っ暗で何も見えないのである。
恐らく、懐中電灯も落としてしまったのだろう。
ううむ、どうしたものか…。

どれくらい時間が経っただろうか。
私の腰も、何とか歩ける程度には良くなった(気がする)。
早く帰らなければ…。

どちらへ向かえば良いかも分からず、私達は歩き始めた。
夜の鬱蒼とした森の中はそこに居るだけでも相当に怖い。
楓くんも少し震えている。

すっと私が手を伸ばすと、楓くんはその手を握ってくれた。
ちょっと嬉しい。
怪我の功名である。

10分ほど進んでも景色は全く変わらない。
どうしようかと悩んでいたその時、向こうに明かりが見えた。

「行こう、楓くん!」
「はい!」

近付いてみると、それは白いワンピースを着た可愛らしい小さな女の子であった。

「あれ?おじちゃんたち、どうしたの?」

首を傾げて、こちらを見上げる。

「道に迷ってしまってね、ホテルシャングリラはどっちに行けばいいか分かるかい?」

女の子は少し考えるようにして、こっち!と、ある方向を指さした。
進行方向から80度右にそれた向きである。

「あたし、かえらなくちゃ!おじちゃんたち、またねー!」
「お!そうか、気をつけるんだよー!」

すぐに駆けていって、見えなくなってしまった。
楓くんは少し戸惑っている。

私達はさっきの女の子を信じて、彼女が示した方向へと歩き続けた。
時々、木の枝を踏んで折れる音に楓くんがビクッと怯えている。

それから10分ほど歩くと、遠くに森の出口が見え、そこは最初のスタート地点だった。
隣では緊張の糸が切れたのか、楓くんがちょこんと座りこんでいた。

「先生、本当にすみませんでした…。あと、ありがとうございます…」
「いやいや、気にする事は無いよ。何とか出れて良かった。それにこんな可愛い女の子と手を繋いで歩けたなんて、ちょっとした自慢だよ」

楓くんは、顔を赤らめて、首を横に振るだけだった。

スタート地点では皆が心配して待っていた。
驚かせた側は少しやり過ぎてしまったと謝り、私達は心配をかけてしまった事を謝った。
お互い様、である。
最後にその場で花火をして、そして皆すぐにぐっすり眠ったのであった。



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