5.
5-1
それは1本の電話からだった。
寒い寒い、雪の降る日の出来事である。

「父さん?僕だよ、刻。一人息子の事を忘れちゃったの?」

いきなりの息子からの電話だった。
親が子の事を忘れる訳がない。
ただ、最後に話したのが5年くらい前だったから。
声は少し忘れていた。

息子の話によると、母さんの、つまり瞳と私の写真を出来るだけ多く送って欲しいとの事である。
何をいきなり。

「いやぁ、だってなかなか会えないからさ。どうしても見てみたくなってね」
「それじゃ今すぐにでも顔を見せに日本に来れば良いだろうに」
「そうしたいのは山々なんだけど、そういう訳にもいかないんだ」

息子の声には少し深刻な声色が感じられた。
想像は出来る。
ニュースは常に、人間同士の争いによる惨状を報じている。
たった今も。
息子はそういう所で働いているのである。
日本へはそうそう帰れない。

「だから、息子の為にどうか写真を送ってやってよ。この通り!」

どの通りなのだろう。
ま、しかし。
愛する息子の頼みである。
拒む訳にもいかない。

「多分、写真類は母さんの部屋にある筈だから、探してみて!」

私は、あぁ分かったよと返事をして、息子との電話を終えた。
久しぶりに話した割には何ともそっけない。
まぁ、元気で何よりだ。

しかし、刻に言われた事は私には少し勇気の要る事であった。
前にこう言ったと思う。
“私は―未だに恥ずかしい限りだが―ずっと瞳の部屋にも入れなかった。”
これには語弊があるかもしれない。
むしろ、誤りかも。

私は、“今でも入れない”のである。
いや、どちらかといえば“入らない”の方が近い。

確かに私の中で、当時の悲しみは大分薄れてきている。
しかし、もしまた辛くなったら?
耐えられなくなる程、悲しくなったら?
そう思うと、怖くて入れなくなるのである。
だから私は入らなかった。
その必要もこれまではなかった。
これまでは、である。

異国の地で、その国の人々を助ける為に戦っている、刻への思い。
しかし、未だに私の中に残っている、傷付きたくない、という思い。
2つの思いが私の心の中で葛藤していた。

葛藤が続いている内に深夜になっていた。
普段ならもうとっくに寝ている時間である。
とりあえず今日は寝ようかと思った、その瞬間。
ある言葉を思い出した。

“結局はやらずに怖がっていただけ”
“出来る事なのに出来ないって勘違いする”

秋頃だったか、楓くんに言った言葉である。
まったく、私と言う奴は。
人に偉そうに言っておきながら、自分が出来ていないじゃないか。

よし、やろう。
今の自分になら、出来る。
悲しむ事なく、傷付く事なく。
出来る筈である。



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