5-2
瞳の部屋の扉の前に立つ。
部屋に入るだけなのにこんなに緊張するとは。
我ながら臆病者である。
でも、私もこのままでは終わらない。
70歳手前の根性を見せてやる。
ドアノブに手を掛ける。
手に金属の冷たさを感じる。
それを掴んで、そして。
そして、とうとう扉は開かれた。
電気が付くかどうか不安であったが、どうやら大丈夫らしい。
ほぼ20年ぶりに見る、妻の部屋である。
多少整理がされているが、当時と殆ど変わらない。
あの時のまま、である。
私は何も感じないように、出来るだけ無心でいようと心掛けた。
無心を心掛けるとは何とも滑稽な戯言である。
私は写真がありそうな、部屋の奥の棚へと歩みを進めた。
部屋の中は時間が可視化されたかの如く、埃がびっしり積もっている。
それらを撒き散らさないよう出来るだけゆっくり歩いた。
奥の棚の前に来た。
棚には瞳の本がいっぱい並べられていた。
何冊か取り出してみて中身を調べたが、料理のレシピであったり家計簿であったり、今探している物とは特には関係の無いものばかりであった。
ここじゃない、か…。
次にあるとすれば、机の引き出しの中だろうか…。
そう思って机の前まで行き、引き出しを開けた。
引き出しの中には同じ表紙をした分厚い本が何冊か入っていた。
これは…?
本を開いてすぐに、これらの本が何であるか分かった。
これは、日記である。
これも私が探している物とは別である。
しかし、さっきとは違って気になった。
瞳はどう思っていたのか。
どう思いながら生きていたのだろうかと。
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