三つのビー玉


 窓から夕日が射し込んでくる放課後の教室に、僕と美羽はいた。
 美羽は自分の席に座って、目から溢れ出るものを頻りに手で拭っている。僕はその横の席に座っている。不思議と美羽の席と僕の席の間には微妙な距離があった。
「美羽……ごめんな」
 僕は美羽に優しく声をかけた。
 美羽はしばらく泣き続けると、顔を机に伏せてしまっていた。
 別にこれが初めてってわけじゃない。美羽を泣かしたことは、過去にも二度あった。一度目も二度目も次の日にはケロっとしていたけれど、果たして今回もそう簡単にいくだろうか?
「怒ってんの?」
 僕はそんなことを机に突っ伏している美羽に聞いた。
 聞いてすぐに自分の問いに腹を立てた。怒っているに決まってるじゃないか……。それに、こんな問いに美羽が答えるわけがないじゃないか。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
 しかし、美羽は僕の問いに答えてくれた。
「怒ってないよ」
 顔は伏せたままだったが、声は震えていなかった。
 やっぱり僕を困らせようとしていたのだろう。と、僕は思った。いや、思おうとした。でも、次に発した美羽の言葉に、僕はショックを隠しきれなかった。
「あのビー玉ね……。手塚くんがくれたの」
 意味がわからなかった。手塚が美羽にビー玉をあげた? なぜ? いつ? なんのために?
 何よりも、手塚があげたビー玉を、美羽が大切にする理由が分からない。だが、しばらく考えてみると、僕の安物の思考回路でもその理由は容易に想像することができた。

 美羽は手塚のことが好き?
 
 僕と手塚は仲が良い。一年生の頃から今までの四年間ずっと同じクラスだった。三クラスの学年だから四年連続っていうのは、結構珍しいことだと思う。
 手塚とは、何かと張り合うことが多い。去年の運動会も同じクラスなのにアンカーで一、二位を争ったし、算数テストの点だっていつも勝負してた。まぁ、算数が一番できるのは美羽なんだけど……。
 その美羽とは、二年生のときに別のクラスになってしまったが、それ以外は同じクラスだった。それに、美羽とは幼稚園も一緒だったし、家も近所だったから小さい頃からよく遊んでいた。幼馴染ってやつだ。
 友達の友達というのは、知らない間に仲がよくなるもので、手塚と美羽もいつの間にか仲良くなっていた。
 手塚が美羽のことを「美羽」と呼び捨てにするのは、かなり気に食わないことだったが、それはそれで慣れてみたら自然なものだった。そういうわけで、いつの間にか僕らは仲良し三人組みたいになっていた。
 いや、実際に三人で集まって遊んだり、話したりすることは普段はあまり無かったのだけど……。
 なぜか僕らは二人組みでいることが多かった。男子二人と女子一人じゃ、なんだか美羽が可哀相な気がしていたからだと思う。手塚もそれを気にしていたのか、あまり三人で帰ったりすることはなかった。
 ようするに、それは僕の知らない話を、美羽と手塚がしていたということだ。
「なんで、手塚がくれたビー玉がそんなに大切なんだよ?」
 僕は顔を伏せている美羽に聞いてみた。
 心臓がいつもの三倍くらいのスピードでドクドクと脈打っている。
 僕は緊張しているのだろうか? あの、美羽に話しかけるのに緊張しているのだろうか? 認めたくなかった。僕と美羽が今まで築いてきたものが一気に崩れようとしている気がした。
「だって、あれは手塚くんが大切にしてたビー玉だったから……」
 美羽は、伏せていた顔を上げて、僕の目を見て言った。目が赤くなっていた。そんな美羽の顔を見て、僕はなぜか今まで以上の大きな罪悪感を抱いてしまった。
 僕が美羽を泣かせてしまった。僕のせいで美羽は目を真っ赤にしているんだ……。女の子を泣かせるなんて、僕は最低じゃないか。
 でも、そんな感情を抱いている僕の口から出た言葉は、その感情とは正反対のものだった。
「そうかよ! 手塚が大切にしてた物が、お前にとってそんなに大切なのかよ!!!」
 あぁ、言ってしまった。そんな言葉が自分の口から出てしまったことで、なぜか僕の目にも涙が浮かんできた。


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