手塚と美羽が仲良しになったのは、いつからだろう? 別にいつからって区切りがあるわけじゃないのかもしれない。僕だって分かっている。人の仲なんてそんなものだ。
でも、仮に線を引くとすれば、それは四年の校外学習のときになるだろう。
「美羽が班長なー。俺は絶対嫌だからなぁ!」
先生が教室で、校外学習の班で集まって話し合いをしなさい。と、言ったと同時に手塚は美羽にそんなことを言った。
手塚と美羽の入っている六人班の中で、美羽は一番しっかりしていたし、普段の校外学習でも美羽は班長になっていた。
普段班長になっているのは手塚も同じなのだが、手塚は自ら「班長をやりたい」なんてことを言ったことは一度も無い。めんどくさいことが手塚は駄目らしい。
「えー! 手塚くんと同じ班だから手塚くんが班長してくれると思ったのにー」
美羽はわざとらしい口調で、手塚に言い返した。
手塚は少しの間「う~ん」とか言いながら腕を組んで悩んでいたが、すぐに美羽を指さして
「やっぱ美羽が班長!」
続けて自分を親指でさして
「んで、俺が副班長! それでいいだろ?」
と、気障なポーズを決めて言った。
手塚は気障な台詞を多く吐くし、突然カッコイイことを言ったりする。
でも、それに対する美羽の反応はいつも冷たい。今回もいつもと同じように
「気持ち悪い……」
と、手塚に聞こえるか聞こえないかの絶妙な声で呟いていた。
美羽はいつも毒舌だ。突然、人を馬鹿にした口調で喋りだすし自分が負けそうになったら「男のくせに熱くなっちゃって」とか、言い返せないことを平気で言ったりする。それには僕も手塚も参っている。でも、そこが美羽の良い所というか、面白いところなんだけど……。
小声で馬鹿にされた手塚は
「えっ? 今、美羽なんか言った?」
とか白々しく聞いている。いつも見る光景だ。
「手塚くんはいつ見てもカッコイイなーって言ったの」
美羽も手塚をまともに相手していない。いや、美羽にとっては、これが手塚に対する真っ当な態度なのかもしれない。
そんないつもの態度を取られた手塚は
「あぁ……そう? 美羽もいつ見ても可愛いよ」
こんな気障な台詞を堂々と口にできるから手塚は恐ろしい。
たまに先生が手塚のことを見て、驚いた顔をするのだが、そんな先生の気持ちも分かる気がする。
しかし、可愛いと言われた美羽は、頬を赤く染めて俯いたりしない。いや、するわけがない。気の強い美羽がそんな顔を大勢の前で晒すわけがない。実際、このときの美羽は
「はぁー」
と、大きく溜息をついてから
「死ねっ」
と、手塚から目を背けながら言った。
僕らにとっては「死ね」なんて言葉は日常茶飯事で使われる言葉だから、そんなに重たい言葉ではない。
死ねと言われた当人も
「はぁー。可愛いくないなー全然可愛くない」
と、さっきと真逆のことを美羽に向かって呟いている。
さっきから会話を黙って聞いていた僕も、手塚のその台詞にはさすがに苦笑いした。
でも、美羽は意外と……いや、思ったとおり
「どうせ、あたしは可愛くないですよー。イーーーーっだ!」
と、攻撃的なことを口にした。ちなみに、美羽はこの「イーーーーっだ!」ってやるのが癖だったりする。
「あぁ、可愛くないね!」
「うるさいなぁ! 気障なことばっか言いやがって!!」
「あぁ? どこが気障なんだよ? 言ってみろよ!!」
「そうやって、いちいち手振りで言葉を表現するところとか、普段の喋り方とか、服の着方とか、平気で人に媚びるところとか、思っても無いお世辞を平気で口にできるとことろか」
ここで一度、美羽は大きく息を吸って
「授業中に発表し終わったあとの表情とか、授業中の寝方の癖とか、ランドセルの背負い方とか……」
物凄い勢いで美羽は喋り続けてた。
僕は思わず笑ってしまっていた。その台詞を吐いている美羽も面白かったが、その台詞を黙って聞いている手塚の姿が物凄く滑稽に思えたからだ。
僕がクスクスと笑っているのに気がついた手塚は「なんだよ?」とか攻撃な言葉を僕にかけたりはしない。それどころか
「ホント、美羽は口悪いよな」
と、僕に話を振ってきた。分かりやすい苦笑いを浮かべていた。
手塚の言ったことは事実だったけど、僕は特に何も答えず笑っておいた。
僕らはそんな仲だった。悪くないと思ってた。本当に悪くないと思ってたんだ。
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