「7時30分になりました。起床の時間です」
「おはよう、アイ」
「おはようございます」
「今日もいい天気だね」
「一週間の予想天気はずっと晴れでした」
「そうか。クリスマスパーティまでこの天気が続くといいんだけどね」
「そうですね」
「教えてくれてありがとう。好きだよ、アイ」
「ありがとうございます」
 今日の寝起きはばっちりだった。すぐベッドを降り、立ちあがって伸びをする。窓の外には昨日と変わらない快晴が広がっている。
 クリスマスパーティまであと一週間。
 いつもとは少し違う日常の始まりの予感を感じる。
 そういえば、アイをクリスマスパーティに誘うのを忘れていた。僕自身が少しは緊張しているのかもしれない。アイは結局いつもの表情で答えてくれるのだろうけど。


 その日の放課後。学校の空き教室に、ほぼ一クラス以上の人数が集まってきていた。
 正直他のクラスに知り合いなどいないので、隅の方の席に座っていることにする。
「みなさんよく、集まってきてくれました。クリスマスパーティ運営委員長を任された2年1組の牧野日向です。どうぞよろしく」
 壇上に立ち、凛々しく自己紹介したのは僕の組の委員長だった。ぱちぱちと拍手の音が鳴り、それに応じてすっと頭を下げる。なんというかいつもの委員長らしい姿だった。
 でも、そんな委員長のきちんとした姿に恐縮してしまったのか、パーティだというのにみんな表情が硬い。
「みんな、そんな堅苦しくならなくていいって。どうせみんな、彼氏とか彼女とか連れてくるんだろ~。これはパーティなんだから、みんなで楽しんでがんばって盛り上げていこうぜ!」
「じこしょうかい!」
「あ~あ~、わりぃわりぃ。俺は副委員長をやることになった保志弘明だ。みんな馴れ馴れしく弘って呼んでくれよな」
 委員長に代わるようにして壇上に上がったヒロはそんないつも通りの態度で自己紹介を済ませる。
 集まった生徒もそれで少しは和んだようで、一緒に来た友達なんかと笑い合っている。それを確認して、ヒロも笑っている。隣にいるヒナタがすぐに突っ込みを入れていたけど。
「このクリスマスパーティはこの学校でずっと続いている伝統行事です。3年生は受験も近いので実質、2年生と1年生のための行事だと思ってください。なので、この行事をしっかり行うことで、きちんと引き継ぎができるんだと先輩方や先生方に証明することができるわけです。その点をしっかり――」
「要するに! 去年よりみんなで盛り上げることができたら俺たちの勝ちってわけだ! 去年は俺たち1年だったから、何も分からないままに参加してたけど、ちゃんと楽しめただろ? それを1年の後輩たちに味わわせてやろうぜってことな? 分かったか、お前ら!」
「「「おっしゃああああ!」」」
「なんでこうなるのかしら……」
 パーティということで、それなりに盛り上げてくれる生徒たちを誘ってきていたらしい。
 その中で、なぜ僕が呼ばれたのかが分からないのだけど、盛り上がっているみんなの輪に入りづらいことこの上ない。それぞれに役割というものがあるんだと、自分に言い聞かせて納得することにしとこう。
「ごめんね、伊織君」
「あれ? こんなところにいてもいいのヒナタ?」
「もうあいつらは手に負えないわ。とりあえず弘に任せとく」
 そう言って、前の席の方で盛り上がっているヒロたちを眺めながら、疲れた表情で僕の隣の席に座る。
「どう? 少しはやる気になってくれた?」
「正直なところ、僕が誘われた理由が分からないんだけど」
「う~ん、みんながみんなあんなやつらじゃ成り立たないのよ。こういうのは――」
「おーい! 日向、これどうすればいいんだ? てか、どこまでやっていい感じ?」
「……そうみたいだね」
「あぁ、もう! とりあえず適当に意見をまとめておいて。あと時間はそんなにないんだから、ある程度簡単に用意できるものを考えてよ!」
「りょーかい!」
「もう、あのバカどもは……」
 ヒロたちを見て呆れているようだけど、それでも楽しそうに見えるのは僕だけではないだろう。パッと見真面目そうに見えるけど、ヒロと長くつるんでいることもあるし、こういう行事が好きなんだと思う。
「ヒナタも楽しそうだね」
「え、そ、そう?」
「やっぱりヒロに似てるんじゃない?」
「もう、あんなバカと一緒にしないでよ!」
「別にいいじゃん。ああやってみんなを盛り上げれる人ってすごいと思うけど」
「それは、そうなんだけど……」
 僕は、正直にヒロの事をすごいと思っている。
 クラスで浮いていたり、友だちがいなくて一人の人にも積極的に関わっていくし、ヒナタのストッパーがあるといっても、そこら辺の機微も実はしっかり読める。いつもあんな調子だから、ただ明るいやつという印象が強いけど、一緒にいるようになってそういうところも見えるようになってきた。
 二人の息があっているのは、ヒナタもそんなヒロの凄さがよく分かっているからだろう。そういう二人の姿を見ているとみんなの思うところも分かる気がする。
「やっぱり二人ってお似合いだと思うけど」
「伊織君までそんなこと言うの? やめてよ、私たちはなんていうか兄弟みたいなもんなのよ。だ・か・ら、そういうのとは違うの」
「そうなのかなぁ」
 なんていうか、結構何度も言われてきているからなのか、受け答えに迷いがなくいつもの会話の調子で答えられてしまった。ヒナタの方にそういう感情は全くないみたいだ。
「あ、でもいろんな人からの告白を断ってるって聞いてるけど」
「あ、あんなのただのクリスマスパーティの雰囲気でしょ! きっとみんな本気じゃないわ。それにこの仕事で忙しくなるし!」
「おーい、日向! こんなもんでいいのかー?」
「はいはい、今行くから! じゃあ、呼ばれたからいくね。ちゃんと作業の時は手伝ってよ」
「うん、作業の時は任せてよ。がんばってヒナタ」
「あ、ありがと。じゃあね!」
 ヒナタが行ってしまってから本格的にすることがなくなってしまった。裏方の細かい作業は比較的得意な方なので、そういったことは苦じゃないけど、意見を出したりとか、自分で考えたりするのは苦手だったりする。
 とりあえず、どういったクリスマスパーティにするかはヒナタの言っていたバカどもとやらに任せておくことにしよう。


「それでは、今年は大型クリスマスツリーの設置と打ち上げ花火をメインに考えていきましょう。異論はありますか?」
「俺たちのフィーリングカップル……」
「はいはい、分かった分かった。じゃあ、ちゃんと人はそっちで集めなさいよ!」
「よっし、分かってるって」
「じゃあ、俺たちは部活の方の準備に戻るから、弘、ちゃんと可愛い人集めておいてくれよ」
「任せろ!」
 ヒロはぐっと親指を立てて笑顔で答える。やけに人が多いとは思っていたけど、部活に入っている人も集まっていたらしい。
 クリスマスパーティは、組ごとの出し物ではなく、部活として出し物をするということになっている。各部活にも伝統があったりするので、することをわざわざ考える必要があまりないから、こうしてしたいことの提案をしてもらったんだろう。
「それじゃ、今日はこれくらいにしましょう。明日から本格的に作業を始めるから、各自必要だと思うものを持ってきといてね。じゃあ、解散」
 みんな、ぞろぞろと部屋から出ていく。
 僕も一番後ろについて出ようと思ったとき、ヒロに呼ばれる。
「ちょーっと待ってくれよ。伊織君には特別に頼みたいことがあってだね」
「どうしたの?」
「いや~お前部活にも入ってないし、趣味とかもないって言ってたからさ、こう言っちゃなんだけど暇だろ?」
「そうだね。結構毎日暇してるかな」
「だろうな~。だと思ってたけど、それだったらさ、俺たちを全面的にサポートしてくれないか?」
「うん、いいよ」
「おおっ!話が早いな」
「まぁ、断る理由もないしね。それで、サポートって何をすればいいんだろう」
「あぁ、そうだなぁ。とりあえず――」

 結局僕らは3人で、買い出しに行くことになった。家の近所にあるホームセンターに寄って、必要なものを買い揃える。
 そこらへんはさすが委員長というべきなのか、てきぱきと必要なものを見繕っていく。ヒロはそこら辺を適当に歩き回っていて、その度にヒナタにたしなめられていた。
「これくらいでいいかしら?」
「あぁ、いいんじゃね? 他のやつらもいくつかは買ってるだろうし」
「他にすることはあるの?」
「う~ん、今日来てた人たちだけでも役割分担考えとこうかなって思ってるんだけど……」
「すっかり遅くなっちゃったかな。二人とも親とかは大丈夫?」
「あ~、大丈夫大丈夫。行事がある時、よくこういう役割をするって親も分かってるから」
「そう……なら僕の家に来て考える? ここからならすぐ近くだし、二人とも体が冷えちゃうでしょ」
「い、家!? い、今から、い、伊織くんの……」
「おー、いいのか! なんかお前ん家とか何もなさそうなんだけど」
「いや、期待はしないでほしいんだけど。ホントに何もないから。二人ともそれでいいのかな?」
「い、伊織くん家……親に挨拶……」
「ん~大丈夫だと思うけど、おーい日向ー!」
 突発的に、二人を誘うことにしたのだけれど大丈夫だろうか。家で待ってるアイを驚かせることになるかもしれない。
 でも、やっぱりずっと家にいて家事をするだけではアイも感情を覚えないかもしれない。
 もちろんアイにも感情はあると思うのだけど、アイをこの二人に会わせることで外的な変化が多少は起こるかもしれない。


「ここが僕の家だから、入ってきていいよ」
「お、お邪魔します」
「邪魔するぜ!」
 ヒナタはいつもと違いおどおどと、ヒロはいつもと変わらない調子であいさつをして僕の家に入る。僕の家は一応高級マンションの一室なので、そこら辺生真面目なヒナタは恐縮してしまったのかもしれない。
「別に親もいないし、気にせずくつろいでくれていいよ」
「親……いないの?」
 気にするようなことを言ってしまったかもしれない。さっきとは一変して、ヒナタは本当に心配そうな表情で僕を見ていた。ヒロもいつもの明るさは消えて、真剣な面持ちになっている。
 そこまで本気になられても困るのだけど、この切り替わりも二人らしいといえるのだろう。
「いや、別に――」
「おかえりなさい、イオリ」
 夕食の準備をしていたのか、エプロンをつけたアイが出てくる。さっきまでの真剣な空気はどこに行ったのか、二人ともアイの姿を見て固まってしまった。
 しかし二人にはどう説明しようか。アイがロボットだということを、そのまま伝えてしまって大丈夫だろうか。
「えっと、伊織の姉ちゃんっすか?」
「いや、僕の彼女だよ」
「かかかかか、かの、彼女!?」
「いいえ、私はイオリの姉ではなく、この藤崎家のメイドロボット、アイと言います」
「……ロボット?」
 そうだ、アイは嘘をつくことができないんだった。適当に言って合わせてもらおうと思ったんだけど、やっぱりアイに二人が来ることを伝えておいた方が良かったかもしれない。
 あっさりと事実を言ってしまったアイに、二人はまた固まってしまう。僕の家に来てから二人を驚かせてばかりだ。
「……へぇ、ロボットって俺初めてちゃんと見たかも」
「あ、わたし伊織君と同じクラスで、牧野日向っていいます。ほら、あんたも!」
「俺は、保志弘明って言うんだけど、弘って気軽に呼んでくれていいからな」
「マキノヒナタにホシヒロアキですね。記憶しました」
「だから弘でいいって」
「はいはい、別にこれはアイさんの呼びたいように呼んでくれて構いませんからね」
「では、イオリと同じようにヒナタ、ヒロと呼ばせていただきますが、構いませんか?」
「別に、そんなことわざわざ確認しなくてもいいんですよ」
「了解しました」
「ちょっと堅苦しすぎねえかぁ、伊織? どんな調教してんだよ」
「ちょ、調教って何よ! 伊織君がそんな――」
「私は朝から晩までイオリに奉仕しています」
「――――――」
「おーい、日向ー戻ってこーい」
 心配するまでもなく二人ともすっかり打ち解けていた。この二人にはすっかりお世話になってばかりだ。いつも感謝してはいるのだけど、形として示したことはなかったから、今日家に招いたのはいい機会だったかもしれない。
 そのままアイはヒロとヒナタを居間に招いていく。まだまだぎこちなくではあるが、二人と会話を交わしていくアイを見ていると、なんだか胸にこみ上げてくるものがある。
 きっとアイにはこんな場が必要だったのだろう。感情というものは外に出す場がないと、はっきり目に見えるものではないから。
 僕がいるこの家という閉ざされた環境ではきっと、ずっとアイは同じプログラムにそって行動するロボットにすぎなかったのかもしれない。僕がアイをそんなロボットにしていたのかもしれない。
 ロボットにも感情はあるんだ。強くその事実を頭の中で繰り返す。自分に言い聞かせるように。
 ヒロとヒナタには感謝しなければならない。僕は改めてそう思った。


「じゃあ伊織、また明日な」
「伊織君、明日から本格的に忙しくなるから覚悟しててよね」
「肝に銘じておくよ」
 役割分担自体は思いのほか早く終わった。というのも、二人とも作業の前は散々アイをからかって遊んでいたのだけど、作業を始めた途端、人が変わったように働きだしたのだ。
 ヒロも所々ふざけはしていたが、それでも効率的に作業を進めていた。
 この切り替えの早さが二人の状況対応能力を表しているのだろう。ロボットにもすぐ順応してみせた二人には僕も驚いてしまうばかりだ。
 そんなこんなで早くに作業が終わった二人をすぐ帰らせるというのもなんだったので、夕食を食べてもらうことにした。
 いつもは二人で食べていたので、二人以上で食べる夕食というのがとても新鮮で、アイの作った夕食はいつも以上においしく感じられた。
 ちなみに、ロボットも普通の人間と同じように食事をするという事実に、またもや二人は驚いていたけど。
「アイちゃんもまたな」
「そのちゃん付けは馬鹿にされているようで不服だと何度言ったか分かりませんが――」
「はいはい、分かってるよアイちゃん」
「弘~、いい加減にしなさいよ。アイちゃん泣いちゃうでしょ」
「ですから――」
 少し怒ったような表情をするアイ。そんなめったに見せることのない表情に僕の心は満たされる。
 本当に、この二人を呼んで良かった。
「それくらいにしてやってくれよ、二人とも。目からビーム出すぞ?」
「……マジで?」
「冗談だけど」
「ま、まぁ、そうだよなぁ。安心した」
「すべてのエネルギーを眼球に集中。熱光線ビーム発射まであと――」
「伊織君! な、なにかやってるけどあれは何!?」
「冗談です」
「お前らの冗談は笑えないんだよ!」
 みんなで笑いあう。その風景の中にアイがいるというこの非日常的な状況に、知らず知らずのうちに楽しさを覚えている。
 それは、きっとアイも同じなのだと信じたい。
「じゃあ、二人ともまた明日、学校で」
「おぅ、じゃあな」
「お邪魔しましたー」
 明るく手を振りながら二人が玄関を出ていく。それを見送る僕とアイ。
 玄関のドアが閉ざされ、人と話すという緊張感が解けた後、自分の内に残る充足感と寂寥感。
 今日は楽しかったと思う。この満たされた感じというのは人とのつながりによって生まれるものなのかもしれない。
 でも、この部屋には僕とアイの二人しかいない。これがアイの世界なのだ。いろいろ考えていたつもりだったのだけど、改めて思うと僕はアイのことをきちんと考えていなかったのかもしれない。
「今日はどうだった、アイ?」
 二人とも帰った後、夕食の後片付けをしているアイの背中に問いかける。パッと見何も変わっていないように見えるが、いつも一緒にいる僕にはアイの微細な変化が見て取れた。
「はい。とても、良い経験になったと思います」
 そのいつもと変わらない顔に秘められた明るい表情に、僕は胸を苛まれる。
 きっと僕がアイを閉じ込めているのだ。アイはまだそんなこと考えていないのかもしれないけど、二人と出会って話しをしたことでより外の世界への興味が生まれて、アイの心にも変化が訪れるかもしれない。
 そうなった時、僕はどうなってしまうのだろう。僕にはどんな変化が訪れるのだろうか。
「イオリ? どうしたのですか?」
 心配そうな顔で僕を覗き込むアイ。
 それでも僕は……
「……いや、なんでもないよアイ。今日は楽しかったね。またいつか二人を呼ぼうか」
「では、今度はきちんとした夕食をご用意させていただきます」
「そうだね。ありがとう」
 僕は……
「好きだよ、アイ」
「ありがとうございます」
 ずっとアイの事を愛していられるだろうか。

 そしてアイは僕の事を……



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