それからの日々は駆け足で過ぎていった。忙しいと時間が過ぎるのが早く感じるというのを聞いてはいたけど、そんな感じで気付いたらもう明日がクリスマスパーティだった。
「今日が最後の作業なので、みんな気を引き締めて頑張りましょう!」
 ヒナタの号令でみんなが作業を開始する。けど、もう大半の作業は終わっているので今日はその確認だったり、完成したものを移動させる作業ばかりだ。
 最近僕はヒナタと一緒に行動することが多い。ヒロに言われたこともあるのだけど、単純にヒナタと一緒にいるのが楽だと感じているのだと思う。
 ヒナタとだったら黙々と作業していても苦を感じることはないし、周りに気を使えるタイプということもあって、人との距離感をつかむのがうまいと思う。それぐらいヒナタのことを言えるぐらい、この一週間ヒナタを見てきた。
 ちなみに、ヒロは違う役割系統として指示を出しているから一緒にいる機会はめっきり減ってしまった。それでも作業が終わった後、委員長として集まってから解散だから、いつも一緒に帰っているのだけど。
「それにしてもこの雨、何とかならないのかしら」
「天気予報では明日は晴れるらしいけどね」
「晴れてくれないと困るわ。花火をメインの出し物として考えてるのに……」
 本当に困った表情でヒナタは空を見上げる。何とかしてあげたいのは山々なのだけど、こればっかりは僕の力でどうこう出来る問題ではない。
 そして結局、アイをまだクリスマスパーティに誘えていないことに今更ながら気づいた。

「じゃあこれで準備は終わりです。みんな今日までありがとうございました。あとは――」
「そんな堅苦しいことはいいんじゃないかな。もう後は明日を楽しむだけだよ」
「そ、そうね。ごめんね、伊織君には何から何までサポートしてもらっちゃって」
「委員長、そういうのは二人の時にやって下さいよー」
「そうだ、そうだー!ただでさえ俺たちは独り身が多いってのに!」
「な、何言ってんのよ!」
 あたふたと慌てながらも表情が緩んでいるヒナタと、そんなヒナタをいじるみんなを眺める。一週間前まではこんなことに自分が関わるなんて想像できなかったけど、こういうのも悪くないかもしれない。
「ヒナタとは後で二人っきりで話すから、とりあえずまとめてくれる?」
「ちょ、ちょっと伊織君! もう、とりあえず明日、みんなは何も気にせずただクリスマスパーティを楽しんでください!
 あと一応、みんな家に帰ったらてるてる坊主、作っといてね。じゃあ、解散ということで、みんな今日までホントにありがとう!」
 顔を真っ赤にしながらも委員長の役目を果たそうと必死なその姿に、惹かれる人が多いのも確かに頷ける。このクリスマスパーティ作業中にも何人かがヒナタに告白しているのを見たことがある。
 そういえば、ここ最近ずっといたのにヒナタがクリスマスパーティの自由時間をどう過ごすのか聞いていなかった。
「じゃあ、そろそろ私たちも帰りましょう」
「あれ、ヒロは?」
「うん。少し伊織君とお話ししようと思って」
「二人っきりで?」
「二人っきりで」
「顔真っ赤だよ」
「言わなくていいの!」
 人のいない校舎内を歩く。いたるところに装飾がされていて、こうして歩いているだけでも少しだけ明日の雰囲気を味わえる。
 そもそも明日の準備でみんな残っていたとはいえ、自分たちは委員長として最後まで残っているから、もう校舎にはあまり生徒が残っていないのだ。意識してみると、何もせずにただ二人でいるということは今までなかったかもしれない。
「それで、話っていうのは――」
「明日! 楽しみだね!」
「うん、そうだね。僕は今までこんなにいろんな人と関わったことがなかったから、すごく貴重な経験をしたと思うよ。誘ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
 そして無言。いつもとは違い、なんというか気まずさを感じるのは気のせいだろうか。
 それにしても話というのはなんだろう。作業のチェックは全部終わっているはずだし、明日の時間確認もさっき済ませたはず……
 ちなみに、ヒナタとヒロは明日もそれなりに確認の仕事をしなければいけない。パーティを楽しむことができるのは、時間的にほんの少しになるだろうと思われている。
「あ、あのね!」
「うん」
 静まり返っていた校舎内に響くヒナタの声。僕たちは立ち止まり、見つめあう。
「もしかして告白?」
「……そう。そうだよ、私は今から告白をするの」
 冗談だよ。
 いつものそのセリフを挟む余地はどこにもなかった。
 こういう肝心なところでヒナタはぶれない。そこがヒナタの、僕がここ一週間で知った強さだった。
「すぅー、はぁー。……よしっ!」
 正面から僕を見つめる、強い意志を持ったその目に怯んでしまいそうになる。
 でも、きっとここで目をそらしてはいけない。そんな気がする
「落ち着いた?」
「うん、ふふふ。告白するって言っても伊織君はいつもの伊織君なんだね」
「少しは動揺した方が良かったかな」
「そしたら、私も動揺してたかも」
 二人で笑いあう。告白する前の状況としてはおかしいのかもしれない。
 でも、こんな空気感がいつもの僕たちだったから。
「じゃあ、言うね」
 一通り笑い合って切り出したのはヒナタだった。
「どうぞ」
「うん。あのね、回りくどいことはあれだから率直に言うね」
 それでもやはり緊張しているのか、少し俯いて手を開いたり閉じたりする。いつもの凛とした委員長然としたヒナタの姿はそこにはない。

「あなたの事が好きです。明日、私と一緒にクリスマスパーティを過ごしませんか?」

 そこにいるのは、好きな人への告白の返事を待つ一人の可愛いらしい女の子だった。
 それでもヒナタらしいというべきなのか、気持ちを伝えた後、僕から目をそらそうとしない。
 僕はこの告白に……
「ごめんなさい」
「……やっぱりかぁ。なんとなく分かってはいたんだけどね」
 どうしても答えることはできなかった。
「一応、理由を聞かせてもらってもいいかな? 今後の参考にでもするから」
 そう言って力なく笑うヒナタの姿は、今にも泣きそうで、儚げで、こんな姿に僕がさせてしまったんだと思うと、足が崩れそうになってくる。
 それでも僕は答えなければいけない。
 僕にもそれだけの思いがあるのだと、伝えなければいけないから。
「僕には、好きな人がいるんだ」
「……アイさん?」
「そう。僕はアイの事が好きなんだ」
「……ロボットなんだよ?」
「そうだね」
「……ドラマじゃないんだよ?」
「そうだね」
「……じゃあ……じゃあさ、ロボットを好きになるってどんな感じなの?」
「それは……」
「だって……いや、ごめん。うん、そっか……はは、みっともないとこを見せちゃったかな」
「そんなことない――」
「いや、うん。伊織君もだけどね。弘、いるんでしょ?」
「ははは、いやーすげぇタイミングの悪いところに出くわしたもんだなー、なんて」
 本当に気まずそうに廊下の曲がり角から出てくるヒロ。
 その顔にいつものような軽い笑みはなく、真面目な表情を浮かべていた。ヒロにもなにか思うところがあるのだろうか。
「じゃ、帰ろうぜ。話も終わったとこだしな」
「あっさり言ってくれるじゃない。まぁ、でも、そうね、帰ろっか」
 みんなにそれぞれの思いがあるように、僕にも思いがあることを伝えたい。特に、この二人には。
「僕からも二人に打ち明けたいことがあるんだ」
「なんだ? お前がアイを好きなことは分かってるぞー」
「うん、それはそうなんだけどね。驚かないで聞いてほしいんだけど……」
「もう、今なら何聞いても驚かないかも……」
「実は……」
 この事は誰にも言ったことはなかったし、これからも言う事はないと思っていた。
 何より僕自身がその事実を、認めたくないのかもしれない。

「僕もロボットなんだ」

「へぇ…………え?」
「ロボット……?」
「うん。型番とか詳しいところまで言った方がいいかな」
「え、いや、あ……」
「いや、それを言われたところで俺たちはさっぱりだと思うからなぁ」
「そうだよね」
 ヒロはそうでもないというか表に出してないだけなのかもしれないけど、まだ余裕のある表情を浮かべていた。
 しかし、ヒナタのショックは大きかったようだ。告白する前の強い意志を持った目などもう見る影もなく、ただただ言葉を失い僕を見つめている。
 なぜ言ってしまったんだろう。別に言わなくても良かった気もする。
 ……それでもこの二人にはやっぱり伝えておきたかったんだ。
「ごめんね、ヒナタ」
「……何で……どうしてお前が謝ってんだよ」
 突然、ヒロに詰め寄られ襟をつかまれる。
 普段あんなに人を笑わせようとするヒロがすごい剣幕で怒っていた。その真剣な表情に圧倒され何も言えなくなる。
「別にそれはお前が謝ることじゃないだろ。ロボットだからそうやって謝るってんなら、ヒナタの気持ちは、心はどうなるんだよ!」
「心……」
 僕は自分がロボットだと知っていながら、自分に心があると思っている。そう思いたがっているのかもしれない。
 だからこそ毎日のように、自分に、アイに言い聞かせるように、好きだと同じ言葉を言い続けていたのかもしれない。
 心は目に見えない。だから口に出して確認しているのかもしれない。
 毎日、毎日同じ日常の繰り返しの中で。
「俺はここ最近、ずっとお前と一緒にいたけどお前がロボットだなんて気付かなかった。気付けなかったんだよ!」
 ヒロは僕に対して必死に語りかけてくる。ロボットだと知っているのに、それでも変わらずに。
「そう考えるとさ、ロボットと人間に大した違いなんてないんだよ、きっと。
 だって、ここにロボットに恋した人間もいるくらいだしな」
「なっ! なによ、いいじゃない。別に伊織君がロボットだろうと、宇宙人だろうと、伊織君だから私は好きになったんだから!」
「おー、言うねー。振られたくせに」
「だ~か~ら~!」
「わりぃ、わりぃ」
 さっきまでの真剣な空気はどこに行ったのか、一転して和やかな空気が戻ってきた。
 まだ少し涙目のヒナタをヒロがからかう、そんなよくある日常のような風景。
「ふふっ、はははははははっ!」
 そんないつもの光景に自然と笑いが込み上げてきた。
 僕の心はこんなつまらない事に怯えていたのか。
 この二人なら大丈夫だと信じていたのに。いつの間にか疑心暗鬼にとらわれていたのかもしれない。
「すげぇ、人間っぽいと思うぜ、そーいうの」
 すべてを見透かしたかのように、そう何気なく言ったヒロの一言が僕の心にしみわたる。
 人間っぽい。
 僕は人間として認められたかったのかもしれない。
 それでも僕はロボットなのだ。そこを認めなくてはならない。
 今までの僕は日々の暮らしの中で、人と深く関わることを無意識的に恐れていた。
 それはなぜか。
 きっとアイがいたからだ。
 もちろん、全ての問題をアイのせいにするわけではない。
 でもきっと僕はアイに対して、罪悪感があったのかもしれない。
 僕は学校で人と関わることができるのにアイは、あの部屋で独り僕の帰りを待っている。
 その事実が、僕を人と深く関わることに対しての恐れを生んだのかもしれない。
 ロボットであることをしっかり認められた今の僕には、そんなこと些細な問題のように思える。
 この気持ちを、僕はアイに伝えたい。そう僕の心は思っている。
 たとえそれが作られたプログラムにすぎないとしても。
「さ、帰りの時間だぜ」
「僕は――」
「いいよ、アイさんのところへ行っても」
「ヒナタ……」
「それくらい言えなきゃ、伊織君を好きになった女として情けないでしょ」
「振られて泣いてるんだけどな」
「ひ~ろ~?」
「伊織! ここは俺に任せて早く行け!」
 ヒロとヒナタを残して僕は走り出す。
 あの二人には本当に大切なことを教えてもらった気がする。前から感謝してばかりだけど、感謝してもしきれないぐらいだ。
 走り出してすぐ、廊下を曲がったそのすぐ先の靴箱にアイが立っていた。
「え……アイ?」
「はい。なんですかイオリ?」
「どうして……ここに?」
「イオリが傘を忘れていたので届けようと思って学校まで来たのですが、
 もう生徒が誰もいないようなのでまだ校内にいるか確認しようとしたところで、
 聞きなれた声が聞こえてきたのでそちらに向かったところ、
 興味深い事を話していたので聞いていたら、
 急にイオリが走ってきました」
「……分かりやすい説明、ありがとう」
 完全に拍子抜けしてしまった。この調子だとさっきのやり取りなどは、完全に聞かれていたと思った方がいいだろう。
 あんなに勢いづけて走り出した手前、すぐに二人に会うということはなんとなく避けたい。
 特にヒナタは強がっていたと思うけど、まだ心の整理がついてないと思うから。
「じゃあ、ここにいても仕方ないし一緒に帰ろうか」
「はい」
 

 二人とも無言で歩く帰り道。なぜかアイは一本しか傘を持ってきていなかったので、世間一般で相合傘と呼ばれるものを体験している。
 さっきの事を強く意識してしまっているせいか、アイの事をちゃんと見れない。
「ヒナタは……」
「ん?」
「ヒナタは泣いていたようですが、イオリはそれでいいのですか?」
「どうだろう。まだヒナタに告白されたっていう実感もないんだけどね。それでも、認めてもらうしかないかな」
「そうですか」
 アイもアイなりにさっきの事に興味を惹かれたのだろうか。もしかするとあのドラマと重ねてみているのかもしれない。
 でも、もしかしたらアイはまだ好きという感情がよく分かっていないかもしれない。
 僕が毎日言っていることもただの挨拶ぐらいにしか思っていないのかもしれない。
 アイの事を好きだという僕の気持ちは理解されないのかもしれない。
 それでもいい。
 まだこれから分かっていけばいいのだから。
 これから、いろんなことを経験していけばいいんだ。
 来年からはアイを学校に行かせてみるのもいいかもしれない。
 僕たちロボットには寿命なんてないんだし、これから先もずっと一緒にいるだろう。
 僕たちの命はここから始まるんだ。
 というのは過言かもしれないけど、まずは明日のクリスマスパーティに誘うところから始めてみよう。
「ねぇ、アイ?」
「なんですか」
「明日暇かな?」
「私は基本的にいつも暇ですが」
「そうだよね」
 いつもはこんなことなかったのになぜか今は少し緊張してしまう。
 はっきりとアイへの気持ちを自覚したからだろうか。
「明日、学校のクリスマスパーティ一緒に行かない?」
「それは、私のようなものが行っても良いのでしょうか」
「大丈夫だと思うよ。僕みたいなのもいるわけだしね」
「そうですか。では、お供させていただきます」
「ありがとう」
 いつも言っている言葉。
 気持ちを言葉に出して伝える。
 それは、当たり前のようで難しい事なのかもしれない。
 でも、今の僕はちゃんとした思いを持って、口に出して伝える事ができる。
「好きだよ、アイ」
「ありがとうございます」
 そんないつものやりとり。
 今はこれでいいんだ。
 でも、アイもいつかは……
「私も……」
「え……」
「私もイオリの事が好きです」
「……ありがとう」

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