喫茶店でお茶をしていると有紀が改まった様子になって結婚することを
伝えられた。春香は何も考えられなくなった。頭の中が真っ白になる
という言葉がよく当てはまる。結婚はしないだろうと高を括っていた。
どれぐらいたっただろうか、しばらくしてからはっとなり。
目眩がしたと言い、祝福の言葉を有紀に伝えた。しかし今回は心からお祝いは
できなかった。自分でうまく話せているかどうかわからなかった。
頭がうまく働かない中、有紀から恋の話を振られた。そのことが春香にとっては
さらに堪えるものであった。ここで有紀のことを好きだと言えたらどれだけ楽だろうか。
有紀を困らせることはできない。春香は取って付けたような言葉で返答をした。
「やっぱりちょっと体調が良くないみたい。今日は帰るね。」
喫茶店を出てから有紀にそう告げた。
「大丈夫?家まで送っていくよ」と有紀は言ってくれたが、それを断り
一人で帰路についた。今日は仕事も休みで有紀とお茶をしただけだが
家に着くと一日中仕事をしたぐらいの疲れが有紀に襲いかかった。
ショックだった。有紀の前で隠せないほどの出来事だった。
ちゃんと祝福してあげられなくて有紀が悲しんでないといいが。
一番の友人がしっかり祝福してあげられなきゃダメだなぁと春香は感じていた。
疲れた体を起こし、飲み友達である裕一に春香は電話をかけた。
裕一とは大学の頃にした合コンで知り合った。
そのときに春香からホテルに裕一を誘った。しかし春香と裕一はSEXをしなかった。
「もっと自分を大事にしなよ」
裕一からそう言われた。こんなことを言う男は初めてだった。
大抵の男はホテルに誘うと喜んで着いてきたが、裕一は違った。
その時につい裕一に自分がレズであると言ってしまった。
自分がレズであるということを人に言うことは初めてだった。
しまった、と春香は思った。それを聞いた裕一は驚いていた。驚いたあとに
笑いだしたのだ。有紀は呆気にとられていた。
「何で笑うの?」ひとしきり裕一が笑った後に尋ねてみた。
「レズなのに男をホテルに誘うなんておかしなやつだなと思って。」
まだ裕一は少し笑っていた。それから春香は裕一に全てを話した。
有紀のこと、合コンをする理由。どんな話でも裕一は親身になって聞いてくれた。
この日から裕一と春香は度々飲みに行くようになったのだ。
有紀から結婚の話をされたことなどを裕一に話した。話してる途中で春香は
泣き始めていた。裕一はずっと優しく話を聞き続けてくれた。
話したいことを言い終えた春香は半ば自棄になり酒を飲み続けた。
裕一に解放されながら店を出る。足もとも覚束ないほどに飲んだのは久しぶりだった。
「なぁ春香、今からホテル行かないか?嫌だったら別にいいんだけど。」
意外な言葉を裕一から言われた。
「え、いいけど、突然どうしたの?裕一から誘うなんて。」まさか裕一から
誘ってくることがあるとは思わなかった。
自分を大事にしなと言った裕一にどういう心境の変化あったのだろうか。
「いやなんとなくさ、春香の気分が少しでも晴れたらなーと思って。」
「SEXで気分を晴らすってのも不思議な話だね。」
春香はつい笑ってしまった。裕一なりの気遣いだったのだろう。
このまま裕一を好きになれたらどれだけ楽だろうか。裕一とSEXをしてもいいと
春香は思った。しかし好きという感情は全く生まれなかった。
もしかしたら裕一は自分を好きになっているのかもしれない。春香は今の関係を
ずっと続けていたかったからそんなことはないと願っていた。
裕一とホテルに行き、別々にシャワーを浴びる。
「春香は俺といて楽しい?俺は楽しいよ。春香といるときが一番楽しい。」
髪を乾かしていると裕一から言われた。裕一なりに告白しようとしていると
春香は感じた。
「楽しいよ。でも友達としての楽しさ、それは今も昔も変わらないかな。」
裕一に思っている通りに伝えた。裕一は優しい笑顔のままだった。
「そっか、やっぱり俺じゃ有紀ちゃんの代わりにはなれないか。」
やはり告白のつもりだったようだ。裕一とはこのまま友達としてやっていきたい。
「これからも今まで通り友達でいようね、私には裕一が必要だよ。」
体のいい言葉になってしまったかもしれないが素直にそう思っていた。
「それはできないよ。俺はもう今まで通りにはできない。春香を好きになってしまった
俺は今まで通り相談に乗ったりすることはできない。今日でお別れかな。」
予想外の言葉だった。春香は大事な友人を失いたくなかった。しかし
裕一はもう元の関係に戻れないと言っている。春香にはどうしていいかわからなかった。
「勝手なこと言ってごめんね、でもこのままでいることはできない。
俺なりのけじめを付けたいんだ。」春香はなにを話せばいいのかわからなかった。
何もせずにホテルを出る。じゃあね、その言葉だけをいい二人は別れた。
春香は涙を止めることはできなかった。



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