そして帰路についた俺は、駅まで歩き、電車に乗り、とぼとぼと家まで歩いていた。

そこなんだ。そこで突如、死神と出くわしたんだ。

最初に彼女が死神だと思ったわけではない。大概の人間は生涯に一度も死神なんて見たことがない、見てもわかるはずがない。

彼女は高校生の格好をしていて、団地の通りの向こう側から彼女はこちらの方向に向かって歩いていた。

だが、彼女は明らかに雰囲気が「普通」とは違っていた。まるで彼女の体の輪郭と回りの風景が合致しないような、そういった不可思議な違和感を憶えたんだ。彼女はこちらと同じ高校の制服を着ており、バッジを見たところ学年も一緒だ、顔は見かけたことはない。そしてなぜかウサギ耳をつけている。意味不明である。ただそれは一瞬の印象の話であって、無論見知らぬ他人である彼女に俺から話かける道理なんてない、彼女には特別な関心を持たずに、通り過ぎようとした。

そこで彼女は俺に話しかけた。

「あの・・・すみません、沢田京之介さんでしょうか?」

俺は最初戸惑う。なぜ見知らぬ彼女は俺の名前を知っているんだ。

だが質問されたからにはとりあえず答える。

「あ・・・はい、そうですが」

彼女はこう続く

「どうも、初めまして、私はこういう者です」

名詞を渡される。

「小地獄証券株式会社(Pty,Ltd.) 営業部 ルシクサ・スブネツカ・ゲシュトファウレン (小野田彩香)」

俺はこれを読んだ瞬間、まったく意味がわからず、本物のマジキチと出会ったのかと思い、一瞬心が躍ったが、それと同時に危険を感じるなら即座に逃げ出そうという勢いで身構えた。

「我々、「コジゴクショウケンカブシキカイシャ」では、生から死への転移を無条件に承っております。」

「緊張なさらずに落ち着いて下さい。あなたにとって重大な話を今日、持ってきました。」

「え~っと」

このルシクサという女は手元にある分厚い資料のような物を捲る。


そして探していたページを見つけたようだ。

「あなたは明日の朝、4:33に心臓発作で死にます、これは確実に避けることのできない事実です。
あなたはなにもできないまま、一人寂しく誰からも見守られることなく、短くて無意味だった人生を終えます。」

「私、実は地獄界から日本に来て滞在している者でして、新入社員としてこの会社に勤めています。新入社員の研修として、私は各国で5人の健全な人間のサンプルの死を見届けます。あなたはそのサンプルにランダムで選ばれました、オメデトウ御座います。本人には来るべき死を事前に告知し、その反応や対応を観察するのも研修の一貫です。その後に死んだ後の魂の処理を地獄界まで承ります。その後に、あなたには直接関係はありませんが、2500字のレポートも書きます。」

あまりにもスピーディーに決まり文句を捲くし立てて語るので、俺は反応する機会を失ってしまった。唖然とする。そしてそれと同時に彼女の妖艶さに見とれてしまっていた。

周りには誰もいない、普段から歩く通り道がたちまち日常とかけ離れた空間となってしまった。

しかも、彼女は俺より背が低いから上目遣いで俺の目を直視してくる、それが妙にエロかわいいんだ。

華奢でスリムな体躯、出来上がった体つき、童貞力マックスな俺は、普段は女子に目を見て話しかけられるだけで「この娘、もしかして俺のことが好きなんじゃね?」と思ってしまうぐらいなのだから、理性で警戒している一方、もう俺はこの死神に恋に落ちかけている。

「え~まず、一つお聞きしていいでしょうか。どうでしょう?あなたの生が唐突に終わると聞いて。なにか最初の印象等あれば、お聞きしたいです。」

すごい質問が来たな。彼女は死神か、マジキチか、答えはわからないが、なにか面白そうなのは確かだ。

死ぬ、死なない、それは今さほど重要じゃない。問題なのは、俺の意思とは無関係に、今この場で非日常が訪れたということだ。それは自分が死ぬと言われて、気味が悪いのは当たり前だ。だけど、なにもせずに、この日常に終わりが来るというのは、さほど悪くない、直感的にそう思ってしまった。

どちらにしろ、俺はその問答に乗ってやることにして、こう答えた。

「うーん第一印象かー、それは、まぁ、そんな風に突然死ぬのは嫌だな、ぐらいかな、実感が湧かない。なんとか防ぐ方法はないのか?悪魔との契約とかして」

うさぎ耳が喜びを示すかのように70度ほど左右に動く。

「ありがとうございます。いえ、すでに地獄採死統計所の生死決定リストで決まったものですから、変えることはできません。この事項は永劫的に決まっておりまして、過去、未来、世界線、いかなる角度から介入し、この出来事を変えようとも、我々がブロックします。逃げ場はありません。」

「マジかー、絶望的じゃないか、成す術は無しかよ、っというか仮にあなたが死神だったとして、なんで俺にこんなことを伝えるんだ?抵抗とかして無駄に面倒が増えるだけじゃないか。」

「はい、私共は普段はなにも言うことなくこの釜で死ぬ人間を、指定時間に心臓に一突きして殺しております。しかし、これは研修であります。個々人の人間の、死に対する考え方と固執は様々であり、我々にとってそのデータの採取が非常に興味深く、有益なのです。」

ほう・・・それなりにできた設定だ、とうなずくが、会話のリズムがどうにもおかしい。所々で日本語が片言になる死神、人間の言葉に慣れていないのか。そこがまたかわいい。

そこで彼女は最後の質問をする。

「では、あなたは今、明日死ぬという現実を見据えました。あなたはどうしますか?最期はどのように過ごしますか?」

そこで俺は考えた・・・そして迷うことなくこう答えた。

「俺は・・・配信をする」

「配信とは一体なんでしょうか?」

「俺が今、言葉で説明してもわからないだろうな。俺の考え方やら死に際の研究でもしたいなら、直接見ればいいさ。インターネットってわかるか?今夜の9時にこのアドレスを打ち込んで開いてくれ」

そうやって俺はノートから紙を引きちぎり、自分の配信URLを綴る。もちろんのこと、自分のチェッカーの、配信者IDは暗記済みだ、脳裏に刻まれている。

「もちろん下界についての習慣は把握しております。なるほど。普通、人は死ぬ目前になると、家族やら友達やらと過ごしたがりますが、「配信」をしたいと返答したのは、データベースの中でもあなたが初めてです。 あなたは非常に面白い研究対象です。あなたの最期、最後まで見届けてあげましょう。今日は真にありがとうございました」

そう言って、ルシクサという女は霧のように消えていなくなった。

超自然的現象が目の前で起こった。どうやら死神なのは本当らしいな。

そして俺は何事もなかったかのように帰路に着く。

あまりにも唐突で愚直に言われたもので、死の実感がまったく湧かない。

しかしいったいなんだったんだ。あの不思議な対面。変な魔力のような引力によって、俺のヒキコモリ精神とは裏腹に、配信者としての素性をそのまま明かしてしまった。


そうか、俺は明日死ぬ、そう宣告された俺は奇妙な気分で再び帰路に着いた。マジキチを志すが故に、生への執着が足りないのかもしれない。

帰宅して部屋に戻ると気が抜けたのか、俺は深い眠りに就いた。



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