6.



後日。

家から自分の荷物を全部運ぶのに、そんなに時間はかからなかった。
そもそもあまり荷物が無かったっていうのが理由だけれど。
それでも机やPCなどを運ぶのは大変だったので、父さんやハルにも手伝って貰った。

僕が住むことになった離れは1階建てだけれど、中は十分に広い。
っていうか、一人で住むにはちょっぴり広すぎるかも。

部屋の中は荷物があまりない為か、からっぽというか、少しさみしい感じがする。
これから家具とか足していけば良いだろう。

あと、意外な事にネット環境は既に万全だった。
ちゃんと離れにもそれが整備されている。

一鐵さん曰く、


「この世の中、インターネッツぐらい出来んでどうする!」


という事らしい。
もちろん、ツッコミは入れていない。
怖かったし。

ハルが部屋の真ん中にテーブルを設置し終わって、


「よしっ、これで最後か。結構いい感じになったな」
「うん、僕もそう思うよ。手伝ってくれてありがとう、ハル」


ハルは手を横に振りながら、


「俺は大したことしてねぇよ。重いやつは御空の親父さんが全部運んでたし。あの人やっぱ力凄いんだな、見た目通り」
「確かに父さんは力持ちかもね。まぁ、仕事柄じゃない?」
「そうかもな。って、親父さんは何処に行ったんだ? さっきまでいたと思うんだけど」
「父さんは借りてた軽トラ返しに行ってるよ。さっきメールが来て、そのまま家に帰るってさ」
「親父さんらしいな。当分会えないってのに、特に何も言わないところ」
「うん、まぁね。父さんなりにいろいろ考えてるんだよ、きっと」


背が高くて、がっしりしてて、力持ちで。
家族思いなのに全くそれを表に出さない、無口な僕の父さん。

案外、車の中でこっそり寂しがっているのかもしれない。

と、母さんが部屋の扉を開けて入ってきた。
飲み物を運んで来てくれたらしい。


「あらー! 随分綺麗になったわねぇ! まーちゃんも手伝ってくれてありがとね」


母さんはそう言って、持ってきたお茶をテーブルの上に置いた。
そして、改めて部屋全体を大きく見渡した。

母さんは僕に背を向けながら、


「今日から、みーちゃん念願の一人暮らしが始まるのね」


母さんの声には、しんみりとした寂しさが含まれていた。


「私の大事な大事な小鳥も、とうとう巣立ってしまうのね」


母さんはくるっと振り返って。


「そりゃあ、私もおばさんになっちゃう訳よね! 時間って怖いわ!」


僕に笑顔向けて、そう言った。

僕は何か言おうとしたけれど、何も言えなかった。
母さんの気持ちを考えると、思いが言葉にならなかった。
後になって考えると、僕はこの時、こう言いたかったのかもしれない。


ごめんなさい、と。



「さぁて、と。私ももう帰らなきゃ。パパがお腹を空かせて待ってるわ!」


母さんは自分の荷物を持って立ち上がった。
そして、僕とハルは母さんを玄関まで見送った。


「まーちゃん、これから何かとお世話になると思うけど、みーちゃんのこと、よろしくね」
「了解っす! 御空は俺がちゃんと面倒見ますから、安心して下さい」
「ふふ、頼もしいわね。それじゃ、お願いね。あと、みーちゃん」
「ん、何かな?」
「一生懸命、これからの生活を楽しみなさい」
「……うん」
「返事が小さい! もう1回!」
「はいっ!」
「よろしい。あと、前にも言ったけど誰か連れ込んだりしちゃダメよ?」
「もう! しないってば!」
「それならOK! それじゃ二人共、またね」


母さんは右手を振りながら、左手で扉を開こうとした。


「母さん」
「んー?」
「僕がいなくなったって、泣かないでよ?」


母さんの顔が一瞬固まったように見えた。
ただ、それもすぐに笑顔に戻って、


「大丈夫よ。母さんは強いもの」


それじゃあね、と母さんはそう言って扉を閉じた。


「御空のお母さんは良い人だな」
「あぁ、自慢の母さんだよ」


僕は自信を持って、そう答えた。


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