次の日も、その次の日も、康介は私とヌイを部屋に残して仕事へ出て行った。枕元に置かれた包丁が恐ろしくて、しかしそれを康介に問い質すこともできず、ベッドで寝付けない日が続く。その結果、昼はヌイとともに瞼を擦ることになる。うとうとしているだけで勝手に時間は過ぎて、帰宅した康介と夕飯を食べ、一緒にテレビを見たりゲームをしたり、下らない会話をしてから布団に入る。
 康介のいない間に出て行ってしまおうと、何度も考えた。しかし、鍵のかかった扉を見るたびにその思いが揺らぐ。通報されることを懸念する以上に、逃亡した私を康介はどこまでも追いかけてくるのではないかという恐怖が胸を占める。私を警察に引き渡さないという言葉は、おそらく嘘ではないように思う。けれど、私を殺さないという言葉はどうしても信じられなかった。この部屋から逃げた私を、康介は絶対に許さないだろうという確信がある。理解できないものはどうでもよかったはずなのに、どうして今、私はこんなにも怯えているのだろうか。ならばいっそ殺してしまおうと考えても、深夜の公園で掴まれた手首の痛み、縛られた身体が軋む痛み、切り裂かれた指先の痛みがそれを踏み止まらせた。
「……ねえ、ヌイ。私はどうすればいいんだろう」
 寝転がった鼻先で、同じく伸びているヌイに話しかける。真昼の光を反射する澄んだ瞳が、真っ直ぐに見詰めてきた。
「まあ、殺したのは申し訳ないなぁとは思うよぉ? 偶然あんなところにいただけだもん、可哀想だなぁとも思う。でもさ、やってみたかったんだもん、仕方ないじゃん。純粋な探求心だよ、何事も経験って言うし」
 ヌイの長い長い胴に頬を寄せて、指で毛をいじる。むずがったヌイは、ぶるぶると身を揺らした。
「悪いことをしたのにさ、何にもないのが気持ち悪い。人を殺した後って、殺した相手のことで頭がいっぱいになってもっと罪悪感に苦しんだり、いつ逮捕されるんだろうって怯えたりするものだと思ってた。なのにこんなところで、あったかいご飯を食べて、康介に優しくされて、ヌイと遊んでいる。気持ち悪いけど、辛くも苦しくもないんだ」
 キャウンと声を上げて、唯一の話し相手はお気に入りの毛布のところへ行ってしまった。
「……私は、何をすればいいんだろう」
 軟禁とも呼べないようなぬるい拘束の中で、私は暇を持て余していた。





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